色無き世界の赤
「蠍の心臓」
褪せた金の細工でつくられた蠍の指輪。小指用。
蠍の心臓に赤い石が嵌っており、
尾の部分がくるりと輪になっている。
毒針の部分を意中の人に刺すと、その者は毒に侵されるように、
持主のことしか考えられなくなるという。
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触れた赤は、燃えるように熱かった。
別に、その効果を信じていたわけじゃない。
だけど、そう。たまたま。
何気なく目覚めたその日は色がなくて、ツマラナイと思ったから。
ほんの少し、刺激を求めたんだ。
「ノア、どうしたんだ?」
"いつものように"僕は彼の部屋を訪れる。僕は笑みを浮かべて「なんとなく」とだけ返した。
すっかり定位置になった彼の背に、凭れるようにして座る。
背後からくすくすと笑いがこぼれて聞こえた。
きっとばれていないのだろう。ここの空気はあまりにも"いつも通り"で、そして、いつもと違って色が無かった。
小さな金色が、赤を主張して小指の上にいる。
例えば、これを、君に向けたなら。
君はどんなものを見せてくれるんだろう。
好奇心と言えばそれまでで、だけど深い思考をするような気分でもない。
だから気が向くままに、その毒針を彼に向けようとして、
その腕を、つかまれた。
一瞬、何が起きているのか頭が追いつかず、呆然としていた。
気づけば黒い瞳がこちらを見つめていた。
「オレが分からないとでも思ったのかな」
彼は目を細める。
見慣れたはずの表情で、だけど"僕"はその表情が理解できなくて。
「いつもなら気配を消したりしないだろう。さて……ノア、」
これで何をしようとしたんだい?
指輪を指し、ゆるやかに問われて、僕は回答を失う。
ちょっとした悪戯心だった、それだけのはずなのに。
彼の猫のような瞳で見られて、どうして僕は逃げ場を失ったように感じるんだろう。
「怒っているわけじゃないさ」
優しい声音とともに僕を撫ぜるその手が、どうにも嫌で。
あぁ、"理解できない"。
僕は反射的にその手を振り払って、部屋を飛び出した。
それは何でもない、色あせた世界の日。
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[人で無し]が赤を"見て"しまったおはなし。
character(敬称略)
ノア
レサト(千穂様宅)
後日談