病んだ忠犬。監禁ネタ

トモミさんトモミさん、と。
やたらと愛おしそうに自分の名を呼ぶ青年の声に応えながら、ゆるゆると考えを巡らせる。
潜在犯ではあったが、ずいぶんとよく出来た人となりをしていたこの青年が、どこから、いつから、何がどうして、狂ってしまったのか。とっくに解って居るはずの問いを反芻して何度も解いて、結局答えが一つしかないことが、酷く悲しく思えた。

槙島を追い詰め捕え、しかし仕事よりも情をとって逃がしてしまったあの日、ずたぼろになって帰還した俺を見た青年は瞬時に蒼白になった。普段から慕ってくれていた彼がそんな反応をすること自体は、一係のだれもが予想していたし、毎日のように見舞いに来ることやそのために早々に仕事を片付けて無理やりにでも早上がりをすることも、想定内だった。
いくら仕事ができようと監視官の許可が出なければ早上がりなど許されるわけもなく、つまりは周りも彼に協力していたということだろう。
――しかし、彼が酷く思い悩んでいたことにも、少しずつ少しずつ壊れて行ってしまっていたことにも、一係の面々は誰一人として気付かなかったのだ。……それは勿論、俺も含めて。

そろそろ退院、という頃になったある日、目を覚ましたら病室ではなく、今いるこの部屋に居た。
自分の部屋と造りはそっくりだが内装は異なる、見覚えのある部屋に、主である青年の姿はなく、起き抜けのうまく働かない頭は、しかし自動的に状況を整理し始めた。
確かに自分は昨晩病室で就寝した筈で、その後起きて移動などした記憶はかけらもない。
寝ぼけたことなど今までないが、例えそうだったとして行くなら自分の部屋だろう、この部屋に来る理由はない。
……というよりそもそも、潜在犯である自分の病室から、夜中に一人でふらふらと出てくることなどできるわけがない。
ということはつまり誰かに連れ出された――いや、運び出されたと考えるのが妥当だろう。ついでに言えばその"誰か"は、普通に考えればこの部屋の主だろうか。だが、そんなことをする理由も、
同じく潜在犯である彼が自分を連れ出す方法も思いつかない。
さらに俺を困惑させたのが、部屋に設置された手すりと自分の右手首をつなぐ、鉄の輪と鎖だった。仕事上見慣れすぎたほどのそれは、確かに手錠と呼ばれる代物であり、身動きは取れるが一定以上の行動はできないという、どうにも中途半端な拘束。まるで、逃がさないことだけが目的のように鈍く光を反射する――義手である左腕の少々並外れた力でもちぎることが難しいそれは、やはりと言っていいものか――市販しているような玩具の手錠なんかではなく、公安局のものだった。

何がどうなっているのか――この部屋の主である青年がもしも本当に犯人ならば、動機や手段がわからない。
昨日だって仕事を終えてから夜までずっと病室に居て、甲斐甲斐しく自分の世話をしていたのだ。いつも通りに、懐っこい笑顔で。そんな彼が、とんでもないリスクをおかしてまで、自分を部屋に連れ帰る理由など、見当もつかなかった。

結局答えを出せず……いや、出した答えから目をそらそうと必死になっていただけだろうか、頭を抱えていた俺の甘い考えを踏みにじるように、開いたドアの向こうから入ってきたのは、外れてほしい予想の通りに、由良だった。
しかも、そこで困惑するだとか、心当たりが無いというような反応を見せてくれたならよかったのに。

――彼は、なにも問題など起きていないかのように、「おはようございます、トモミさん。」と笑ったのだった。

それはあまりにもいつも通りで
(なにもかもが異常な状況で、彼だけがなにも変わっていない。)

なんかうっかり長くなったのでとりあえずここまででアップ。気が向いたら続きます。
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