騒ぎを聞きつけた野次馬も増えていき、彼らは事の次第を見守っているようだ。どうしたものか、そう考えていると、教室の方から一際大きい声が聞こえてきた。
「俺は!航樹が大好きだ!!」
その声に、先程まではわりと静かにしていた生徒達が、再び野次を飛ばしたり、女子の黄色い悲鳴によって騒然とし始める。
そして、
「えっ……」
「文句言いつつ勉強教えてくれる所とか、サッカーでシュート撃とうとして空振ってこけちゃう所とか、自分で閉めたドアに手を挟めてめっちゃ痛がってる所とか全部好きだ」
「ちょっバカ。なに言ってんだよ」
顔を真っ赤にしながら慌てて恥ずかしい話を暴露し始める相手の口を手で塞いでいる。
この二人は、学年の人気者であった。
今告白された方が、学年一位であるが、その飾らない人柄で男女共々人気者の仲田航樹
そして、告白した方が、飄々として嫌味な所もあるが、周囲への気配りは忘れないクラスの中心人物の内間直人
二人は人気者であるが故に、突然の告白にも、周りから冷たい目はほとんどなく(なかには引いている人がいるかもしれないが)、みんなからエールを送られている。
「えっと…俺も実は……よっ、よろしくお願いします!」
航樹のその一言で、群衆は一気に沸く。
それに違和感を感じる男が一人いた。未だに目の前の男から壁ドンをされている、水城克彦だ。
教室で繰り広げられる、青春ドラマ。それは、克彦の知っているものとは明らかに違っていた。
一通り盛り上がったあと、群衆の目はいまだに壁ドンの体勢を取っている二人に向けられた。
さっきの歓声が幻であるかのように、その顛末を静かに見守る。
「水城…」
高原隆は真剣な眼差しで克彦を見つめる。克彦は目を伏せたまま動かない。
なんなんだこの雰囲気。克彦は誰にも聞こえないような声で言った。第二のカップル誕生を待ち望むかのような、この空気。ちらりと、今この瞬間生まれたカップルの方を盗み見た。
何故彼らはあんなにも幸せそうなんだ。
何故周りはこんなにもあの二人を祝福しているんだ。
なんでこんなに暖かいんだ。
『気持ち悪いわー』
過去の記憶が不意に蘇る。昔、克彦に浴びせられた言葉の数々が胸に反芻する。
涙が溢れそうになるのを必死に堪えていた。早くこの場から立ち去りたい、克彦がそう思った直後。
「誰が何と言おうが、俺はそのままの君が好きなんだ。」
人の優しさが怖い。逃げてしまえば楽になれる。
「怖がらないで」
隆は克彦の頭を撫でようとする。しかし、すぐにそれは振り払われてしまった。それでも克彦は悲しそうな顔をする。
何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう自分を克彦は呪っていた。
どうしても怖いのだ。
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