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覚えて子うさぎちゃん



鷲尾さんと弁当を食べていると木兎さんたちがコンビニから戻って来た。愛心ちゃんは小見さんと手を繋いで反対側の手に小さな袋をぶら提げている。


「わしおくーん、あかーしーくん」


靴を脱いで体育館に上がってきた愛心ちゃんが鷲尾さんと俺の名前を呼びながらトコトコ走ってきた。
うん、可愛い…やっぱり少しも木兎さんとは似てないな。
普段の生活からはかけ離れた小さな癒しの存在に自然と笑顔になる。


「どうしたの?」
「みて、ピノ!」


愛心ちゃんの持っていた袋の中にはピノ、つまりはアイスが入っていた。それを嬉しそうに見せてくる愛心ちゃんだが、まさか…。


「木兎さん、もしかして愛心ちゃんのご飯これだけとか言いませんよね」
「んなわけねぇだろ、ちゃんと買ったよなー愛心」
「うん」


そう言うと木兎さんは持っていた大きな袋の中からメロンパンを取り出し愛心ちゃんに渡した。


「もしかしてパンとアイスですか?」
「だって食べたいって言うし、そんなに食べらんねーじゃん多分」
「栄養バランスとか考えてくださいよ」


俺と木兎さんの会話を聞いている愛心ちゃんはメロンパンを両手で抱えたまま不思議そうに俺を見る。


「メロンパンだめなの?おいしいよ?」
「ダメじゃないけど野菜も食べないとって話」
「おやさい…」


なんとも微妙な表情で手にしていた俺の弁当箱を覗き込む愛心ちゃんに「何か好きなのある?」と聞くと「うーん」と悩んでから「トマト!」とプチトマトを指差したので口に運んであげた。


「美味しい?」
「うん、おいしー」
「他にも食べたいのある?」
「んー、これ」


愛心ちゃんが指差したのは卵焼きで、野菜じゃないんだけどな。と思いながらサイズが大きいであろうそれを箸で半分に割って隣で待ち構えている愛心ちゃんの口に運ぶ。


「おいしーね」
「良かった」

「あかーし、俺も俺も!」
「嫌ですよ。木兎さんは買ってきたのありますよね」
「なんだよ、愛心は良くて俺はダメなのかよー」
「当たり前じゃないですか。4歳児と同じ様に接してもらえると思わないでください」


ブーブー言いながら傍に腰を下ろして袋から大量の食料を取り出す木兎さん。


「こーたろーあこもたべる」


それを見てさも当たり前の様に木兎さんの膝の上に座り「あけてー?」とメロンパンを木兎さんを見上げて差し出す愛心ちゃんを「可愛いやつめー!」とぎゅうぎゅうと抱き締める木兎さん。その姿を見て、このまま放っておいたら3日間で愛心ちゃんはもう一回り小さくなってしまうんじゃないかと心配になった。


「つーかさ、先にアイス食べさせないと溶けんじゃねぇの?」


買ってきた弁当の封を切りながら木兎さんの膝の上でメロンパンを頬張る愛心ちゃんを指さして言う小見さんの発言に木兎さんもハッとして愛心ちゃんからメロンパンを取り上げた。何が起こったのか理解できていない愛心ちゃんがキョトンとした顔で「あこまだたべる」と木兎さんを見上げる。


「愛心、先にアイス食おーぜ」
「んーでもね、ママがいつもアイスはごはんたべてからっていうよ?」
「「……」」


別に小見さんの言ったことが悪いわけじゃないし、今の状況からすると当然のことを言っただけ。ただ一切曇りのない瞳で正しいことを言う愛心ちゃんにその場の全員が回答に困った。


「いや!いいか愛心。今日はママいねーから特別なんだ」
「とくべつ?さきにアイスたべていいの?」
「そうそう、けどママには秘密な!」


またいらんことを教えて…。ニシシッ、と笑いながら言う木兎さんをキラキラした目で見ている愛心ちゃん。何がそんなに嬉しいのかと思って見ていると、袋からアイスの箱を取り出して自分の膝の上に乗せ、円状になってそれぞれ食べ物を頬張っていた俺たちをくるりと一周見回すと小さな人差し指を口許にあてて一言。

「ママにはひみつねー」

((!!!))


文字に表すなら“ズキューーーン!”とかそんな類のものだろう。悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう言った愛心ちゃんに不覚にも十数個歳の離れた俺たちは容易に心を奪われた。


「うおぉぉぉお、心臓打ち抜かれたー!」
「死ぬなー小見ー!」
「やべぇ…俺、惚れた」
「木葉、それは流石に犯罪だ」
「お前らに愛心は渡さねーぞ!」


そのままのノリでいつものようにふざけ始めた先輩たちを余所に愛心ちゃんは紙の箱の封を上手に開けていく。隣でそれを見ていると内蓋を剥がすのに苦戦し始めたので「貸して」と箱ごと受け取り開けてあげた。


「ありがとう、あかーしーくん」
「いいよ」
「はい、あこのもあげる」


アイスの箱を膝の上に返すと、プラスチックの楊枝に一粒それをさして俺の口許に差し出してきた。


「え、いいの?」
「うん!」
「ありがとう」


今度は俺がお礼を言ってパクリとそれを口に収める。


「あっ、赤葦何やってんだよ!」
「いや、愛心ちゃんが、」
「お前ばっかりずるいぞ!!」
「…そっちですか」


「ずーるーいー!」と連呼する木兎さんを冷めた目で見ていると愛心ちゃんが、木兎さんにも一粒差し出した。


「こーたろー、あーんっ」
「!」


頭を木兎さんの胸に預けて上に手を伸ばす愛心ちゃんからパクリとそれを口で受け取った木兎さんは「うめーぇ!!」と声を上げて、それはもう本当に幸せそうで…目が当てられない程阿保丸出しな表情をしていた。


「わぁ、アイスいーなー」
「木兎、あんたデレすぎ」


たまたま通りかかったマネージャーがそんな姿の木兎さんを見て弄りにきた。


「おねーちゃんも、あーん」
「わーい」
「はい、あーん」
「ありがとう」


マネージャー2人にも一粒ずつアイスをあげて、頭を撫でられにこにこと喜んでいる愛心ちゃん。けど、本当にいいのだろうか。


「木兎さん」
「おう?」
「さっき監督から電話があって、」


今度は尾長が木兎さんの元へ連絡事項を伝えに来た。例に漏れずそんな尾長にも愛心ちゃんはアイスを一粒あげて頭を撫でられにこにこしている。


「おー了解、サンキュー。なぁ赤葦、今の聞いて…ってどうしたんだよ?」


尾長の連絡を聞き終えた木兎さんがこっちに振り向くのと丁度同じ頃それは起ころうとしていた。


「…やばいです木兎さん」
「は?何?」
「愛心ちゃん泣きそうです」
「へ…ぇえ!?」


俺の言葉に慌てて膝の上で涙を溜める愛心ちゃんを抱き上げ顔を覗き込む。


「ど、どうしたんだよ愛心」
「うっ…アイス」
「アイス?」
「あといっこになっちゃった…」
「……」
((いやー、それ自業自得…))


また大泣きされるのかとヒヤヒヤしながら視線を向ける一同。隣で見ててもしかしたら、とは思っていたけどまさか本当にこうなってしまうなんて。
でも子供だし「自分が悪いよね?」とか言うのもなんかダメな気が、いやいいのかもしれないけど…。
落ち込んでしまった相手が久々に木兎さん以外な為、何と声を掛けるべきか悩んでいるとまさかのまさか、木兎さんがそれを言ってのけた。


「愛心、それは愛心が悪いな」
「ちょっと木兎さん、」


そのまま続けようとする木兎さんを制しようとすると、「まぁまぁ」と逆に制されてしまった。


「愛心が皆にあげたくてあげたんだろ、違うか?」
「ううん…ちがくない」
「だよな?なら無くなるのはしょうがないじゃん」
「…うん」
「皆に撫でて貰って嬉しかったろ?」
「うん」
「なら今はあと一個でも我慢できるよな!」
「…うん、できる」

((木兎(さん)が、兄っぽい…!))


涙を拭いた愛心ちゃんは最後の一つを口に運んで今度は木兎さんからメロンパンを受け取りそっちを頬張り始めた。


「うんうん。やっぱり愛心は俺に似ていい子だな!」
「前半は頷けませんけど、愛心ちゃんは本当にいい子ですね」
「なんだよ、俺の事もたまには肯定しろよ赤葦」
「…はあ」
「愛心は赤葦みたいになるなよー、俺みたいになれよー」
「?、あかーしーくんやさしいよ?」
「えーでも…、!」


愛心ちゃんに変なことを吹き込もうとしている木兎さんを睨んでいると何かに気付いた様に木兎さんが俺を見る。


「なんですか」
「いや、なんか愛心ってお前の事“あかーしーくん”って呼ぶじゃん」
「はい」
「なんかキャラクターみたいじゃね?”あかーしー”ってなんで語尾伸ばされてんのお前!」


何がいきなりツボに入ったのか俺を指さしてゲラゲラ笑い始めた木兎さん。どう考えたってアンタが俺の名前呼ぶときに語尾伸ばすからだろ。とは口に出さず溜め息混じりに睨み返す。


「まぁ、小さい子には言いにくいですからね」


もぐもぐとパンを頬張る愛心ちゃんは木兎さんを見ながらまたもキョトン顔だ。


「完全に木兎の呼び方が移ってんだろ」
「俺なんて“猿くん”だからなぁ」
「まあ言いにくいもんはしょうかねーじゃん。けど確かに“アカーシー”ってちょっとキャラっぽいな…っぷ」
「だろだろっ!やべぇウケる!!」


更に笑いの深まった木兎さんと、ニタリとした目で俺を見る先輩たち。


「……愛心ちゃん」
「?」
「それ食べたらアイス買いに行こうか」


俺の発した言葉に木兎さんの爆笑が一瞬治まった。


「なんだよ赤葦急に」
「いや、俺が買ってあげたくなっただけです。最初に貰ったの俺なんで」
「気にしてんなら別に、」
「いえ、行きます。ね、愛心ちゃん」
「いくー!」


木兎さんの言葉に被せるように言って、思いっきり負のオーラを込めた笑顔を向けた。



·
·



もう一度アイスを買うと愛心を連れてコンビニに向かった赤葦が戻って来た。


「こーたろー」


帰って早々足元に抱き付いてくる愛心の頭を撫でてやる。


「サンキューな、赤葦」
「いいえ」
「!」


今まで何度も見てきた黒い笑顔を向けられ一瞬ゾクッと背筋に寒気が走る。


「ねぇ愛心、赤葦に変なことされてない?」
「?」
「しませんよ、馬鹿ですか?」
「え、」

「あー赤葦相当気に障ったんだなさっきの」
「怒った赤葦ほど木兎が恐れるものはないな、うん」
「怒りが木兎に向いてんならそれでいいんじゃね」


一緒に笑ったくせして俺に赤葦の怒りを押し付ける木葉たちを睨んでいると、愛心の口から聞き慣れないワードが飛び出した。


「けーじくん、あけてー」
「いいよ、貸して」
「「!!」」


さっきまで“あかーしーくん”と呼んでいた愛心が、今何て?“けーじくん”?


「赤葦お前…」
「なんですか?」
「っ!!」


再び向けられた黒い笑顔に「何でもないです」と小さく答える。


「やりやがったな赤葦のやつ、この短時間で教え込むとは」
「調教…」
「対“木兎”に関して赤葦が手のひらで転がせない人間は居ないのかもな」


ただ一人名前呼びをしてもらっていた優越感は、ちょっとのおふざけから一瞬にして終わりを告げることとなった。


·


「くそっ、愛心が赤葦色に染まっていく…」
「愛心ちゃんこれ誰に買ってもらったんだっけ」
「けーじくん!」
「うん、いい子」
「赤葦ーーーっ!」

((赤葦も大人げねー…))