泣き顔ドキュン
何がどうなってこの状況なんだ。
体育館の端で胡座をかいて座る木兎さんの膝の上には先程よりは落ち着いたものの、まだ小さく嗚咽を漏らしながら木兎さんの胸に顔を擦り付けて泣いている女の子がいる。
普段なら誰よりも早く来て自主練をしている木兎さんが珍しく遅いと思えば、小さな女の子を抱き抱えて現れた。初めこそ本当にどっかから攫って来たのかと心底不安になったが、どうやらこの子は木兎さんのいとこで今日から2泊3日木兎さんが面倒を見るらしい。…嘘じゃなければ。
「おーい、愛心ー」
「うっ、ひっく」
見たこと無いタイプの困った顔をする木兎さんからは子供に不慣れなのがバシバシ伝わってくる。それでも膝の上の“愛心”ちゃんと呼ぶ女の子の頭に大きな手を置いて、泣き止めー?とさらさらしてそうな髪を困った顔でわしゃわしゃ撫で回しはじめた。
「あれ普通なら怒りますよね、女の子」
「だな、小さくて泣いてるから許されてるだけだわ」
隣の木葉さんに眼前の木兎さんと愛心ちゃんを眺めたまま言えば、同意の言葉が返ってきた。
「つーかもうすぐ部活開始時間だけどどーすんの?」
「うーん、どーすっかなぁ。俺まだ部室にも行けてねぇし」
「とりあえずそこからか。まあ今日監督来るの昼からで良かったけど」
「そうだな。けど練習はちゃんとやるぞ!」
「っ…こーたろー」
困り果てた部員達の会話と今の膠着状態を破ったのは、根源とも言える愛心ちゃんが顔を上げ放った一言だった。
「おおっ泣き止んだ?」
「もう、おこってない?」
「?、別に怒ってないぞ?」
「でもね、さっきみんな“ぼくと”っていってたよ?こーたろーもおこってた」
「あこのことじゃないの?」不安そうにまだ濡れたままの赤い瞳がゆらゆら揺れて木兎さんを見た後に恐る恐る俺たちに視線が向けられる。
「ほら見ろっ!」
愛心ちゃんの言葉を聞いて「お前らにも非はあるんだからな!」と木兎さんは続け、今度は愛心ちゃんに「もう誰も怒ってないからな」と笑った。
「ほんと?」
「本当だ本当!な、赤葦」
「えっ……また突然」
急に振られて少し狼狽えるも木兎さんに抱き抱えられてこっちを見ている愛心ちゃんの前で屈み視線を合わせた。
「驚かせてごめんね、もう誰も怒ってないから大丈夫だよ」
じいっと見つめられ少し気不味い。小さい子は誤魔化しが効かないから目も逸せないし…。
「うん。あこもうなかない」
「おー!愛心は良い子だな」
「……」
「?、どうした赤葦」
愛心ちゃんの一言に豪快に頭を撫でる木兎さん。そしてそんな豪快さも御構い無しに撫でられていることが嬉しいのかにこにことおとなしく膝の上で笑っている愛心ちゃんを交互に見た。
「本当に木兎さんのいとこなんですか?少しでも同じ血が流れてるとか、ちょっと…」
「なんだとぉ!」
「だってこんなに小さいのに物分かりめちゃくちゃいいじゃないですか。おとなしくて可愛いし」
「俺だって物分かりいいだろ!なぁ?」
俺の投げた冷たい視線を否定させようと先輩たちを見る木兎さんだったが、勿論先輩たちもこちら側だ。
「もうやめとけって木兎、自分が辛くなる」
「そうそう。味方にはなってやれないからなー」
「そんなことより早く準備してこいよ」
先輩たちに急かされブツブツ言いながら愛心ちゃんを膝から降ろした木兎さんは「ちょっと待ってろよ」と言い残して部室に走って行った。
·
「……」
「「……」」
流石に沈黙が流れる。突然知らない空間に置いて行かれた愛心ちゃんはじいっと俺たちを見回し、こちら側にもどう出たらいいんだ。と緊張が走る。
その沈黙の中突然その場に座った愛心ちゃんは、背負っていた小さないちご柄のリュックからどう詰め込んでいたのかは謎だがなかなかのサイズのうさぎのぬいぐるみを取り出し俺たちに見せるように持ち上げた。
「みて、うさちゃん」
そう言うと、それこそまだうさぎの様に赤い目でにっこり笑う愛心ちゃんにその場が一瞬にして和む。
「か、可愛い!!」
「なにこの子、天使」
最初に動いたのは流石は同性のマネ2人。傍に屈んで「うさちゃんかわいいねぇ」と一緒ににこにこ笑っている。
「絶対木兎と同じ血は流れてないだろ」
「俺も何かの間違いだと思うわ」
「なぁなぁ、いくつだと思う?」
「聞いてみたらいいじゃないですか」
小見さんにそう言うと、マネに囲まれていた愛心ちゃんの前に小見さんも屈んで笑顔を作る。
「えーっと、いくつになるのかな?」
「あ、そうだお名前も教えて?」
急に質問攻めされて抱き抱えていたぬいぐるみを握る手に少し力が入っている。
「ぼくとあこって言うの、もうすぐ5さい」
「なっ、本当に木兎のいとこか!」
「なんかショックですね」
「ぼくと?あこのこと?」
「あ、違う違う。光太郎の方ね」
木葉さんの言葉に首をかしげる愛心ちゃんはおそらく“木兎”というワードに一緒に反応してしまうらしい。
「俺たち光太郎のことを“木兎”って呼んでんるんだよ。だから“木兎”って誰かが言っても愛心ちゃんのことじゃないから驚かないでね」
「おにーちゃんやおねーちゃんは、こーたろーって呼ばないの?」
「そういうこと」
「そっかー」そう言って愛心ちゃんは何かを考える様に目の前の小見さんを見つめている。
「じゃあおにーちゃんのお名前は?」
「俺?」
「うん」
そこから始まった自己紹介の連鎖は木兎さんが部室から戻り、練習開始の号令がかかるまで続いたのだった。