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子うさぎちゃんの気まぐれ




「光太郎ー!起きてきなさいっ!」


母ちゃんが呼ぶ声で目が覚めた。瞼を開くと視界の先は天井ではなく壁と天井が交ざった景色。まあこれはいつのもことだ、なぜならベッドから見事に落ちているからで片足だけがなんとかそこに引っかかっている。


「くあ〜っ、眠みぃ…」


一つ大きく伸びをしてリビングまで降りて行く。


「母ちゃん腹減った」


リビングの扉を開けるとそこには見慣れない人物の姿があった。


「あれ、綾おばちゃん?」
「おはよう光太郎。久しぶり!あと、おばちゃんじゃなくてお姉さんね?」


俺より全っ然低い位置からのくせにスッゲー威圧感。


「…すみません、アヤオネーサン」
「よしよし」


満足したのか笑顔に戻った“オネーサン”もとい“おばちゃん”は親父の弟のお嫁さん。しかもおじさんとはかなり歳が離れているのでまだ30代前半な事から今が一番こういう扱いが難しい。


「光太郎、朝ごはんこれね。お父さんも今週出張でいないし、明後日までは適当に食べていいけど愛心ちゃんにはちゃんとした物食べさせるのよ」
「愛心ちゃん?」


のろのろと食卓につきながら慌てた様に何やら準備をしてる母ちゃんを見て、何してんだ?と思いつつも一番の疑問点は“愛心ちゃん”だった。


「もうっ、昨日話したでしょ。今日から母さん綾ちゃんと旅行だから綾ちゃんとこの愛心ちゃんの面倒見ててねって」
「へ?え…はぁあ!?」


寝起きの頭には悪い冗談にしか聞こえないがどうやらそれは本当らしい。ソファの上にはうさぎのぬいぐるみを腕に抱えてテレビを見ている小さな女の子の後ろ姿があった。


「母ちゃんそれ本当に言った?俺聞いた覚えが…」
「言いました!テレビばっかり見て相槌打つからでしょ。もう決まった話なんだから宜しくね」
「ま、まじで…。つーか俺部活あるんですけど」


すっかり箸の止まった俺を無視して準備の続きをしている母ちゃんに慈悲の心は無いようだ。


「ちょっとくらい休んだってあんたなら大丈夫よ」
「そうそう聞いたわよ。光太郎全国で5本の指には入る梟谷のエースなんでしょ?凄い凄い!」
「綾姉ちゃんせめて棒読みヤメテ」


困惑する俺に綾姉ちゃんは苦笑いし徐に鞄から財布を取り出した。


「じゃあ光太郎の時間を愛心の代わりに私が買うわ」


差し出された金額に目が眩む。


「えっ、いいの!?」
「ふふっ。高校生には大金でしょー?」
「ちょっと綾ちゃんあげ過ぎよ!」
「いいのいいの。どうせ毎食外食みたいなことになるんだろうし」


母ちゃんにそう言いうと綾姉ちゃんは笑いながら俺に小遣いと称したそれを手渡した。


「ありがとう!」
「いいわよ。本当は愛心も連れて行くつもりだったんだけど、あの子光太郎の話したら一緒に居るって言って聞かなくてさ」
「俺ちゃんと喋ったことすらないと思うけど」
「そうでしょ、だからよく分かんないのよ。大人しい割りに頑固だから一度言い出すと聞かないし。さっきももう一回聞いたらグズって泣かれちゃったわ。さて、愛心ーこっちにおいでお兄ちゃんにご挨拶しよう」


綾姉ちゃんの言葉でソファの上の小さな女の子がくるりと振り返り、“よいしょ” と効果音が付きそうな程一生懸命にソファを降りてこっちへやって来た。恥ずかしいのか綾姉ちゃんの後ろに隠れながら俺を見てくる。


「ほら愛心、お兄ちゃんにご挨拶は?」
「…おはよう」
「おう、おはよう!」


つーか、ちっせぇ。
綾姉ちゃんの後ろから相変わらずうさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、チラチラと俺を見る大きな黒い瞳が恥ずかしそうに泳いでいる。少しだけ赤い目は先程グズったという時に泣いて充血してしまったのかもしれない。


「ちゃんとお名前も言わなきゃ」
「うん。えっと、ぼくとあこです。もうすぐ5さいなの」
「へー、なら今は4歳か」
「ううん、もうすぐ5さい」
「ん?」


俺の返しに首を振りながら至って真剣にそう答える愛心ちゃん。


「気にしないで、最近の口癖なのよ。しかもこの間4歳になったばっかりだから」
「へ、へーぇ…」
「綾ちゃん、そろそろ行かなきゃ新幹線の時間」
「あ、本当だ!じゃあ光太郎、悪いけど愛心のこと宜しくね!愛心もお兄ちゃんの言うこと聞いて良い子にしてるのよ」
「うん」
「ちょ、もう行くの!?俺まだ心の準備が、」


キャリーケースを玄関に運ぶ母ちゃんの後ろを追うと既にそこには綾姉ちゃんのそれもあった。


「その内慣れるわよ。可愛い妹ができたと思って3日間楽しみなさい」
「愛心今なんでも覚えるから変な事教えないでね」
「教えねぇよ。つーか、どっからどこまでが変な事かが分んねぇし」
「あんたって子は本当に頭はダメね…」


靴を履きながら呆れた顔でそう言って時間を確認した母ちゃんと綾姉ちゃんはキャリーケースを手にした。


「じゃあ行ってくるわね」
「愛心お土産いっぱい買ってくるからね」
「うん、いってらっしゃい」
「……行ってらっしゃい」


容赦なくパタンと閉められた玄関のドアを隣の小さな愛心ちゃんと見つめていた。やべぇ、どうしたらいいんだ…とりあえず赤葦に電話?
変に覚めきってしまった頭を回転させていると下の方から服を引っ張られた。勿論それは愛心ちゃんで、あまりにも空き過ぎている距離を縮めるためにその場に屈んで視線を合わせる。


「どーした?」
「こーたろーっていうの?」
「そうだぞ、木兎光太郎な」


不思議そうな顔をする愛心ちゃんの頭に手を置いて笑顔で名乗る。


「あことおなまえにてるね」
「そりゃあいとこだし」
「いとこ?」
「あー…なまえの半分が同じって事な。ん、でも違う場合もあるか…」
「こーたろーとあこはいとこなの?」
「そうそう」
「そっかぁ、うれしーねー」


言葉と一緒に向けられた満面の笑顔と、ぎゅうっと握られたぬいぐるみを掴む小さな手があまりに見慣れないもの過ぎて可愛かった。ちびっ子スマイル、恐るべしだ。


「じゃあ嬉しいついでに愛心って呼んでもいいですか?」
「うん!」


…これはあれだ。思ったよりも良いかもしれない、妹ってやつ。


「あ、やべっ部活!」
「?」


母ちゃんはああ言ったけど休むわけにはいかない。けど愛心を一人置いて行くわけにもいかない。となると、やっぱり…


「よし、一緒に行くか」
「どこに?」
「俺の学校」
「こーたろーのがっこー?」
「おう、俺飯食って準備するから愛心はテレビ見といていいぞ」
「うん」


頷いた愛心をソファまで連れて行って冷めかけた朝飯を掻き込んだ。思ったよりも大人しい愛心に安心しつつ、明後日、母ちゃん達が帰って来るまでを無事に乗り切れるのか、やっぱり少し不安になった。