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ばいばいベイビー



黒尾たちとは駅で別れ、赤葦は最終的に家の近くまで送ってくれた。黒尾たちはまだしも、さすがに赤葦と別れる時は愛心も寂しそうで泣き出すんじゃないかとヒヤヒヤしたが、そうなる事もなく今は無事に家に着いて昨日は一緒に入れなかった風呂にいた。髪や身体を洗ってやる時はドキドキしたが、今は無事にその難関も乗り越え2人仲良く湯船に浸かっている。


「こーたろーはクラゲさんできないの?」
「クラゲさん?」
「うん。パパがおふろのときいつもしてくれるの!タオルでね、さいごはブクブク〜ってあこがぎゅってつぶしちゃうんだよ」


昨日同様沢山のアヒルが浮かぶ湯船の中で向かいからそう言う愛心。濡れて貼り付いた髪の毛を後ろに流してやりながら愛心の言う“クラゲさん”を察して、近くに置いてあったタオルを手に取る。


「これだろ?」
「これ!」


愛心との間に空気を含ませたタオルを控え目に沈ませる。よく子供の頃やった気がすんな。


「ぎゅってしてもいい?」
「えー、もう潰すの?」
「ダメ?」
「いいよ」


急かすように見上げてくる愛心に笑って返せば小さな両手でタオルの膨らみを押し潰す。それと同時にもう少し本体を沈めれば、ブクブクと気泡が水面へ逃げて次々と破裂していく。


「もっかい!」
「はいはい」


さっきまで夢中だったアヒルたちはそっちのけで暫しこれを繰り返していると、潰す事には飽きたのかまだまるまると膨らんだ通称クラゲをぽんぽんと優しい手付きで撫でる愛心はぼんやりとそれを見ている。


「愛心熱いんじゃねぇの?上がるか?」
「ううん。もうちょっとあそぶ」
「けどもう結構入ってんじゃん」
「まだあそびたいもん」
「……」


なんか、元気が無くなってる?気の所為ではないであろうその雰囲気に愛心の脇に手を差し込んでヒョイっと少しだけ浮かせると驚いた愛心が目を見開いてこっちを見た。


「クラゲさんなくなっちゃったよ」
「おう、クラゲさん終わり」
「えー」
「愛心、風呂上がったらアイス食べるか」
「ねるまえなのに?」
「いいのいいの、俺と2人の時は特別。それにせっかく赤葦が買ってくれたんだぞ、食いたくねぇの?」
「たべたい!」
「じゃあママには〜?」
「ないしょー!」
「それな!じゃあ上がるか」
「うん」



·



アイスでつって風呂から上がり、帰り際赤葦が愛心にと買ってくれたアイスをテーブルに置くと愛心はそれを開封するのに必死になっている。


「開けれる?」
「うん」


昨日は赤葦に手伝って貰っていたが、今回は何とか一人で開封出来て満足そうにアイスをプラの楊枝に刺した。


「こーたろー、どーぞ」
「愛心から食っていいのに」
「いいの!あーん」
「じゃあ、」


自分よりも先に俺に食べさせるとかどんだけ優しいんだよ。一人で感動していると愛心もアイスを頬張って幸せそうに口を動かしている。


「あしたになったらママたちかえってくるね」
「だな〜」
「こーたろーはあしたもがっこういくの?」
「昼からね」
「あこはおうちにかえるよ、たぶん」


そう言ってから二つ目のアイスを口へ運んだ愛心は自分の隣に並べたうさぎとフクロウのぬいぐるみをちょんちょんと控え目に撫でる。
その仕草が何故かどうしようもなく寂しいものに見えて乾かしたばかりのサラサラの髪を梳く様に撫でると愛心はこっちを見上げた。


「こーたろー、あこがおうちかえったらさびしい?」
「そりゃあ寂しいですよ?」
「あこもすっごくさみしいの」
「マジか」
「うん。あこまいにちこーたろーにあいたいもん!」


力説されていると言っても過言でない愛心の勢いと、見つめてくる黒くて大きな瞳にどうしても頬が緩む。嬉しいよなぁ、ここまで言われると。


「またいつでも遊びに来ていいからな。綾姉ちゃんが良いって言ったら泊まりに来てもいいし」
「ほんと!?」
「本当本当」


今度は嬉しそうに笑った愛心に笑顔を返す。直後アイスをまた差し出され口へ運び、それをもう一往復繰り返しアイスは無くなって愛心は「けーじくんごちそうさまでした」と両手を合わせた。


「じゃあ歯磨きしたら寝るか」
「うん」


2人並んで歯を磨く姿は兄妹に見えるのだろうか。長いと思っていたはずの2泊3日はあっという間に過ぎようとしている。
初めこそ嫌というかどうしろって言うんだよ、くらいの気持ちで始まった愛心と2人の時間も今では楽しい時間だと思えるし、明日離れるとなるとそれは普通に寂しい。こんな小さな4歳児にまんまと心を奪われた自分に笑えてくるが、妹…正確にはいとこだけど、それも悪くないと今では思う。


「こーたろー、だっこ」


歯を磨き終えて届かない洗面台を指差しながらそう訴えてくる愛心を抱き上げる。上手に口をゆすぎ濡れた顔をタオルで拭いて「はみがきおしまーい!」と嬉しそうに笑う愛心を床に降ろし俺も口をゆすいだ。



·



後は寝るだけと俺の部屋に移って、一緒に寝るのだと言ううさぎとフクロウのぬいぐるみを抱えた愛心がベッドに潜り込む。昨日はまんまと赤葦に愛心を取られたわけだから一緒に寝るのは最初で最後だ。
あ、なんか考えたらちょっと本気で寂しくなってきた…。


「こーたろーどうしたの?」
「いや、寂しいな〜と思って」


壁と自分の間にぬいぐるみ並べ、布団から顔だけ出して待っている姿は可愛くて仕方がない。


「あしたバイバイだもんね」
「そうなんだよ」
「だからあこ、きょうはこーたろーにぎゅーってしてねるの」
「はは、どうぞどうぞ」


その可愛い宣言に答えながら布団に入ると、早速愛心がくっついてきた。


「こーたろーのにおいがするー」
「臭くはないよな、さっき風呂入ったし」
「いいにおいだよ」
「いい匂いか…、やっくんとどっちがいい匂い?」
「うーん、やっくんもいいにおいだけどこーたろーのにおいもすき」


そう言って笑いながら一瞬顔を上げてまたくっついてくる。あーもう、本当可愛い。もぞもぞと動く愛心をホールドすると、キャッキャッと嬉しそうに身を捩った。
暫くそうやって戯れ合っていたが、だんだん眠くなってきたのか、隣に置いてあったぬいぐるみを2つとも抱き締めると、また俺の胸元に収まるように大人しく身を寄せてくる。


「うさちゃんもにごーもいっしょだし、こーたろーもいっしょだから、あこうれしい」
「俺も愛心と一緒に寝れんの嬉しいです」
「いっしょだね」
「だな。じゃあそろそろ寝ますか?」
「うん」
「電気消すぞー」
「はーい」


枕元に置いてあった照明のリモコンで室内の電気を落とす。愛心が怖がらない様に一番小さな電球はつけたままだ。


「こーたろー、うさちゃんかしてあげようか?」


電気を消したからか、何故か声のボリュームを落とした愛心はコソコソ話をする様に顔を寄せてきてそんな事を言う。極め付けのお言葉は「ぎゅってするとね、すぐねむくなるよ?」だそうだ。


「いや、俺は愛心をぎゅっとして寝るからいーわ」


そう言って小さくて、でも俺より高い体温を持った愛心を苦しくない程度に抱き締めると、胸元でクスクス笑い声が聞こえた。


「ほら、もう寝なさいよ」
「うん」
「……」
「……」

「こーたろー?」
「寝なさいって」
「さいご!」
「…じゃあこれで最後な。で、何ですか?」
「あこのことすき?」


寝る前最後に訊きたいのってそれかよ。何これ、付き合いたてのカップルですか!?
愛心からの可愛すぎる問いに一瞬にして眠気も覚めたが、裏表なんて無いただ純粋なその質問だからこそ、赤葦たちに聞かれればドン引きされ兼ねないくらいど直球な答えを返そうと思う。


「おう、すっげー好きだぞ。可愛いし、小さいのに優しいし、俺の事好きって言ってくれるしな。もうそのまま妹にしたいくらい」


トントンと背中を優しく叩きながらそう言うと、愛心は顔を上げてそれはもう本当嬉しそうに笑って、満足そうに一言、


「あこもこーたろー、だーいすき」


その腕の中に抱きしめられているうさぎとフクロウのぬいぐるみが、力を込められてくっ付き合っているの見て、なんか俺と愛心みたいだな、なんて思った。



·
·



…眩しい、つーか腹減った。

覚醒しきらない頭が最初に考えたのはそれだった。カーテンの隙間から射し込む陽射しが眩しい、あと天井と壁が混ざったこの風景……なんかデジャブるんですけど。
数日前も確かこんな感じで…、そこまで考えてハッとして勢いよくバランスの悪い体制で身体を起こしベットを見る。自分の寝相の悪さで小さな愛心に怪我をさせていたら!そう思ったが、状況はより最悪だった。


「愛心っ!!?」


ベッドの上に愛心が居ない。と言うか部屋にいねぇ!何が起きたと若干パニックになりながら扉を見ると、少し隙間が開いている。昨日寝る前に確かに閉めたはず…と言うことは1階!?
寝起きの愛心が1人で階段を降りて…、もし転んで落ちてたら……。
“顔面蒼白”おそらく今俺の顔を鏡に映せばまさしくその表現がピッタリハマるに違いない。心配と不安と恐怖でいっぱいいっぱいになりながらも急いで扉を開き階段下を覗いた……が、居ない。


「よ、よかった…って、違う!愛心!?」


バタバタと階段を駆け下りリビングの扉を勢い良く開いた。


「愛心!!無事かっ!?」


そこに広がっていた光景は想像とは程遠い、けど途端に力の抜ける光景だった。


「朝からうるさいわね。もう少し静かに降りてこられないの?」
「おはよう光太郎、あんた相当疲れてたんでしょ。あ、あと愛心はこの通り無事よ」
「…え、母ちゃんに、綾姉ちゃん?」


そこには母ちゃんと綾姉ちゃんの姿。そして既に着替えまで済ませ朝ごはんを食べている愛心の姿があった。


「こーたろーおはよー」


もぐもぐと動くお口が今日も可愛いですね、うん。ってそうじゃなくて!


「帰ってくんの早くない!?」
「何言ってるのよ、朝一番で帰ってくるって言っといたでしょ、予定通りよ。そもそもあんたが起きるの遅いのよ、今何時だと思ってるの?」


母ちゃんにそう言われて時計を見ればもうすぐ10時!?、部活が午後からとしても寝すぎた。


「帰ってきても返事ないから心配したんだから」
「部屋行ってみれば愛心ちゃんは起きててあんたは爆睡。あと、部屋片付けなさいよ」
「うっ、朝からなんでこんなに怒られんだよ…」
「ママもおばちゃんもこーたろーおこっちゃだめ!」


まさかの助け舟を出してくれたのは愛心だった。


「えー、愛心は光太郎の味方なの?」
「愛心ちゃん光太郎に変なこと吹き込まれたのね」
「ちがうよ、こーたろーいっぱいあそんでくれたもん。ごはんもつくってくれたし、おふろもいっしょにはいったよ。あとね、このにごーもかってくれた!」
「愛心〜、俺の事庇ってくれるの愛心だけ!」


項垂れる俺を見て母ちゃんと綾姉ちゃんは笑っている。


「まあ本当はすっごい助かったから。ありがとね光太郎、愛心凄い楽しかったって。ね、愛心」
「うん!」
「起きてからずっとあんたの話ばーっかり」
「マジで」
「パパが聞いたらヤキモチ妬いちゃうかなぁ」


綾姉ちゃんの楽しそうな呟きに愛心は首を傾げている。


「あ、今日何時に帰んの?」
「うーん、あと1時間くらいかな」
「早っ!もうすぐじゃん」
「午後からちょっと用事があるから」
「そっか」
「愛心、もう少ししたら帰るから今の内に光太郎に遊んでもらいなね」
「…うん」


綾ねーちゃんの言葉に返事はするものの、愛心のテンションは一気に下がって手に持っていたスプーンをテーブルに置き、椅子から降りて俺の傍にやってきたかと思えばピッタリと脚にしがみ付く。今日はうさぎのぬいぐるみではなくフクロウのぬいぐるみを持って。


「あら」
「そんなに光太郎気に入っちゃったの」
「愛心、俺もご飯食って良い?」


今度は返事すらなく無言でこくっと頷くだけの愛心の頭を撫でてテーブルについた。俺が飯を食ってる間も、顔を洗ったり歯を磨いてる間も、最後には着替えやトイレにまでついてくる愛心は時折綾姉ちゃんに止められながらも出来る限り俺と一緒に行動し、たまに抱っこを催促してきた。


「愛心、そろそろ帰ろっか」
「……」
「ほら、光太郎ももう少ししたら学校行かなきゃだし、ね?」
「…あこもいきたい」
「どこに?」
「こーたろーのがっこう」


始まった、と言わんばかりの綾姉ちゃんの顔を見ながらもその言葉は普通に嬉しい。


「ダーメ、わがままおしまい」
「やだ、こーたろーとバイバイしたくない」
「愛心…」


抱っこしていた愛心は綾姉ちゃんから逃げる様に俺の胸元にしがみ付いて顔を押し付けてくる。


「本当に好かれたわねあんた」
「俺は嬉しいけど」
「私は困るわ」


綾姉ちゃんは俺に愛心を連れてくる様に言って車に荷物を運び始めた。


「愛心、ママ帰るってよ?」
「……」
「愛心ー?」


この2泊3日で何度呼んだか分からない名前を口にするのももう終わりか、そう思うとこっちまで悲しくなってくる。


「…こーたろー」
「ん?」
「きのうやくそくしたよね?」
「どの約束?」
「またあそびにきてもいいよって。ママがいいっていったら、またとまりにきてもいいんでしょ?」


大きな瞳がうるうると潤んで、見上げるその表情はいつ泣き出してもおかしくない程だ。


「勿論いつでもいいぞ。その代わり俺がいる時な」
「うん」
「よーし、指切りすっか!」
「うん!」


小指を差し出せば愛心は小さな小指を絡めて何度も上下に動かす。


「「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーびきった!」」


お決まりの歌を歌って指を離した。


「また来いな、愛心」


小さな頭をくしゃくしゃと撫でて笑うと、愛心もやっと笑顔を向けてくれた。


「うん、やくそくっ!」





−ばいばいベイビー −






突然始まった小さないとこ、愛心との2泊3日の生活。振り返ってみれば山あり谷あり…いや、殆ど山ばっかだったけど。
次いつ会えるかは分からない、それでもまたあの笑顔で俺の名前を呼びながら抱きついて来てくれるなら、それは凄く嬉しいことだと思う。





(おまけ.)


「あ、光太郎」
「なに?」
「これ、愛心ちゃんが朝起きてきてあんたにって描いてたわよ」
「!」
「後半ずっとあんたにくっついてたから渡すの忘れてたのね。…って、なに涙目になってんの」
「だって可愛い過ぎじゃん愛心、何なんだよコレ…」
「良かったわね気に入ってもらえて」


紙いっぱいに描かれていたのは、笑顔の俺と、綾姉ちゃんに手伝って貰って書いたらしいお礼の言葉だった。


”いっぱいあそんでくれて、ありがとう”
”こーたろーだいすき”


·


「愛心、そう言えばそのぬいぐるみの名前どうして“にごー”なの?」
「“こーたろーにごー”だから」
「光太郎2号?……ああ、そういう事。確かに似てなくもないわね」
「そっくりでしょ?あこまいにちいっしょにねるの!うさちゃんもいっしょ」
「そっかそっか。(こりゃ暫くお義兄さんとこに往復させられるわね…)」





end.