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おまじない



「ヘイヘイヘーイ、うちのいとこ引き取りに来ました」


試合開始まで残り数分のところで木兎がやって来た。


「愛心ちゃんお迎え来てるよ」
「あ、こーたろー」


木兎の姿を確認して、椅子から降りようとする愛心ちゃんを近くにいた犬岡が抱き抱えて降ろしてやる。


「こーたろー、あこねこさんたちのおなまえいっぱいおぼえた」
「おお!すげぇな愛心、さすが俺のいとこだ!」


そう言って鼻高々に笑いながら愛心ちゃんの頭を撫でる木兎。別に凄いのはお前じゃねぇぞ。


「ん?なんだ黒尾」
「いや、デレてんなお前」
「可愛いもんはしょうがねぇだろ。なぁ、愛心」


本人に聞いてどうすんだよ、そう思いながら見ていると「こーたろーだっこ!」と言って両手を広げる愛心ちゃんを高々と抱き抱えて、やっぱりデレている木兎にほんの少し新鮮味を感じた。普段から面倒を見る立場というよりは赤葦に面倒見られてるからだろうが。


「あっ!なぁ愛心、この兄ちゃんの名前覚えたか?」


そんなことを考えていた俺を見てニヤリと笑った木兎は、わざわざ訊かなくても良いことを訊き始める。木兎の質問を受けその腕の中で俺を見た愛心ちゃんは、掴んでいたぬいぐるみをぎゅっと握り直すと先程まで弧を描いていた唇を真一文字に結んで、首を横に振った。


「ちょ、お前どんだけビビられてんの!」
「うるせーよ」


愛心ちゃんの反応を見てゲラゲラ笑う木兎の腕の中で恐る恐るこっちを見ていた愛心ちゃんと視線が合ったかと思うと、更にプイッと顔を逸らされ予想以上に心の傷は深くなった。


「木兎さん早く戻ってください、始まりますよ」


長居する木兎を迎えに来たのか赤葦もやって来て「いつもすみませんうちのが」と頭を下げる。


「お前も大変だな」
「…はい、まあ」
「けーじくんもいまからやっくんたちとしょーぶするの?」
「勝負?ああ…うん、そうだね」
「そっか、じゃああこいっぱいおうえんするね」
「ありがとう」
「愛心俺は?」
「こーたろーもいーっぱいおうえんする!」
「ヨッシャー、頑張るから見てろな!」


愛心ちゃんに応援して貰えることを確認しながら赤葦に引き摺られていく木兎は、やっぱり保護する側なのかされる側なのか分からない。


「今日の木兎は一段と面倒くさそうだな」
「まあ、あのお嬢ちゃんの存在があいつにとって吉と出るか凶と出るかは分かんねぇけど」



·



試合が始まってからと言うもの、愛心はうちのベンチで監督の膝の上に抱かれ大人しくしてはいるのだが、どこから持ってきたのか分からない絵本に夢中になっているせいで応援は勿論、喋り声すら殆ど聞こえない。


「……」
「木兎集中!」
「ッテェ!」


小見に背中を思いっきり叩かれる俺を反対コートから見ている黒尾がニタニタと笑う。


「こりゃチャンスだな」
「何がチャンスだ!」
「他事にうつつ抜かしてる間に勝敗つけてやるって話だよ」


勿論試合は大事だし気持ちはほぼ、本当にほぼ…9割近くはちゃんと試合に向いている。ただ少しばかり愛心が気になるのはしょうがないことだ、うん。ボールとか飛んでったら助けてやんねぇと危ないしな!自分の中で都合の良い理由と落とし所をつけて納得してると愛心の声が響いた。


「こーたろー、しゅーちゅー!」
「なっ、」


発言と発言者がそぐわない事に辺りから笑い声が響く。ううっ、多分監督だな…愛心に言わせるあたり本気で怒らせる前にちゃんとした方が良さそうだ。


「ッシャー!こーいっ!!」
「しっかり頼みますよ」


呆れ顔から表情を切り替えた赤葦に「おう!」と短く返して目の前の試合に集中することとした。



·



「ちょ、愛心!試合見てた?」
「あこえほんよんでた。見て、はらぺこみのむしさん」
「……ああ、そうなの」


タイムに入って空いた時間で愛心にそう訊くと、返ってきたのは残念な言葉と屈託のない笑顔。ああ…眩しいですね愛心さん、そのにこにこ顔。言って仕舞えば愛心は俺の都合でここに連れてこられてるわけで、試合を見ることも応援も強制ではない。そもそもまだ4歳、大人しくしているだけで十分いい子だ。それは分かってる、分かってるけど!…少しくらい応援してくれても。そう思いながらも笑顔の愛心に何かを言うなんてことはできなかった。


「愛心ちゃんその絵本どうしたの?」
「せんせーがもってきてくれたんだよ。ねー」


木葉の問いに監督の膝の上で、上を見上げて言う愛心の頭を撫でた監督は「そうだねー」なんて言っている。なんだよ監督のせいか。


「何か言いたげだがな木兎、お前まず集中力散漫な」
「!…スンマセン」
「愛心ちゃんに呆れられるぞ」
「えっ、」
「なぁ愛心ちゃん」
「?、こーたろーどうしたの?おこられたの?」


監督の言葉にキョトンとする愛心は俺と監督を交互に見てから、隣の椅子に膝の上で開いていた絵本を置くと俺に向かって手を広げてきた。


「愛心、もう試合再開すっから抱っこはちょっと、」
「…だっこ」


その顔ダメ、上目遣い禁止…!


「…ヨシ、少しだけな!」
(((甘いな、おい)))


もう1分も残ってないが抱っこを求める愛心を拒絶することなんて俺には出来ん!そう思って抱き上げると、同じ視線になった俺の両頬にペチンと小さな音を立てて愛心の手のひらが添えられた。


「…え?」
「がんばれこーたろー」


そう言うと今度は小さな人差し指で両頬にくるくると円を描かれる感覚、そしてその後またペチンと叩かれた。


「なに、これ…」
「おまじない!おともだちをおうえんするときにするんだよ。よーちえんのセンセーがおしえてくれたの」


そう言ってにこにこと微笑みながらそのまま俺の頬を撫でる愛心は、数秒後背後から現れた監督によって俺の手から奪取されてしまった。


「時間だ。ほら、おまじない貰ったろ集中していけよ!」


呆れた視線を向ける監督と部員達。だけど監督の腕の中の愛心だけは「こーたろーがんばれー!」と笑顔で手を振ってくれる。そうコレ、コレを待ってたの!他がどんな目で俺を見ようが愛心の応援だけで俺は頑張れる!そう思いながら愛心に手を振り返している俺を「相手を待たせない」とピシャリと言って赤葦は引き摺って行くのであった。





「痛いっ痛い、赤葦!」
「全員を待たせてるの分かってます?相手もうちの部員も…ねえ、キャプテン?」
(怖ぇ、マジのやつだ…赤葦がマジでキレてる時の)
「…スミマセン」
「分かってくれたならいいんですよ、早く位置について下さい。あと、さっきのおまじないですけど、木兎さんより前に小見さんとか普通にして貰ってましたからね」
「ぇえ!!いつの間に!?」
「おい、何で言うんだよ赤葦」
「集中力散漫。周りに迷惑かける。少しくらい懲らしめないと虫の居所が悪くて」
「小見ーっ!!」
「俺に当たんな!」
「ちなみに俺もしてもらいました」
「っなにぃ!?」