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いやいやモーニング



「はよー」
「うーッス」
「…おはようございます」
「赤葦、どうしたお前…」
「いや、ちょっと朝からいろいろあって…」


部室にやって来た小見さんに顔を合わせるなり気遣われる。昨日、結局木兎さんの家に泊まってしまったのだが、大変だったのはやっぱり危惧していた朝の方だったからだ。



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目が覚めたらベッドの上で、視線の先にはピンク色の2つの耳。一瞬驚いたけど腕の中で丸まる小さな存在に愛心ちゃんのことを思い出す。本物のうさぎみたいだな、なんて思いながら寝顔を覗けばまだスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていて頬が緩んだ。
実はこの状況に少し驚いていた。何故かと言えば昨日眠りについた経緯をあまり覚えていないからで、一人ベッドの下の布団で寝ている木兎さんが、よくいじけなかったな…と不思議に思った。

愛心ちゃんを起こさないように起き上がり時間を確認する。学校に着く時間とそれまでにやらないといけないことを考えて時間を逆算するとそろそろ起きないとマズイと思い、相変わらず凄い寝相の木兎さんを起こしにかかった。


「木兎さん、起きてください」
「んがっ…んー、あかーし?」
「おはようございます。ベッド占領してすみませんでした」
「あー、そーだぞお前、愛心と二人で寝やがって」


開ききらない寝惚け眼で俺を見ながら文句をたれる木兎さん。俺よりも朝は強い木兎さんが未だに眠そうにしているところを見ると、やっぱり何だかんだ愛心ちゃんの子守が大変なんだろう。


「そろそろ起きないとですよ」
「お前今日やたら寝起き良いな」


大きな伸びをしながら起き上がった木兎さんは珍しそうに俺を見る。


「寝起きに愛心ちゃんの寝顔見たんで気分は穏やかですね」


そう言うとベッドの上で眠る愛心ちゃんの元へと寄っていく木兎さん。本当負けず嫌いだ。
耳付きのフードを被って小さく丸まって寝ている愛心ちゃんを後ろから覗き込む木兎さんは、若干怪しい人にも見える。


「スヤスヤ寝てんなぁ」
「なんでそんな嬉しそうなんですか」
「だって俺昨日あんま寝顔見てねぇし?誰かさんのせいで?」


振り返りつつ嫌味なイントネーションの言葉と表情を向けてくる木兎さんに、暫くこれ言われかねないな、と思いながらとりあえずもう一度「スミマセン」と返しておいた。


「ほら準備しましょう、愛心ちゃんはとりあえずもう少し後に起こせば良いと思うんで」
「そうだな」


取りあえず俺と木兎さんは準備を済ませる為に愛心ちゃんを木兎さんの部屋に残して身支度に取り掛かる。俺が出来る準備は限られているから大抵は木兎さんの準備待ちだが。


「木兎さん朝ごはんどうするんですか?」
「あっやべ、忘れてた!」
「…そんな気はしてましたけどね。ちょっと母さんに電話してみます」
「ん?おう」


どうせ何も準備してないなら家で済ませればいい。そうすれば愛心ちゃんの方も安心だし。


「もしもし、おはよう」
《あら京治早いわね、おはよう》
「今日朝から練習試合だから。今から戻るけど、朝ごはんいい?木兎さんも居るんだけど」
《有り合わせになっちゃうけどいいかしら》
「何でもいいよ。あ、あと4歳くらいの女の子も一緒なんだけど」
《え、女の子!木兎君って妹さんいたの?》
「いや妹じゃないけど、帰ったら話すから」
《分かったわ、任せなさい!》


若干驚きながらも何故か嬉しそうな母さんの声を聴きつつ電話を切った。


「木兎さん朝ごはんは家で食べましょう。母さん準備しといてくれるみたいなんで」
「マジか!悪い」
「いいえ。じゃあそろそろ愛心ちゃん起こして行きましょうか」
「おう」





「愛心、起きる時間だぞー」


横向きになって小さく丸まる愛心ちゃんのうさぎのフードを捲りながら頬をつんつんと突く木兎さんに、「んー…」と唸ってパチパチとまだ眠そうな黒目がちの瞳が開かれ木兎さんを捉えた。


「起きた?」
「……」
「愛心?」


ぼんやりと木兎さんを見続ける愛心ちゃんにもう一度名前を呼ぶ木兎さん。だが次の瞬間愛心ちゃんの口から出たのはお得意の“こーたろー”ではなく、


「ママ…」
「え?」
「ママは?」
「ママは、いねぇけど…」
「木兎さんなんかまずい予感が」
「奇遇だな赤葦、俺も今同じことを、」


木兎さんと俺を交互に見ながら、うるうると大きな瞳が滲んでいく。まずい、これは多分まずい。


「っ……ママーッ!」


やっぱり。
愛心ちゃんはぼろぼろと涙をこぼして泣き始めた。昨日の夜お母さんが居ないのに泣きもせずいい子だな、なんて思っていたが寝起きにグズる派だったのか。


「赤葦どうしたらいいのこれ!」
「俺に聞かないでくださいよ」
「うわぁぁぁあんっ」
「あーっ愛心泣くな、ほらっ抱っこするか?」
「やだーっ!」


わたわたと慌てながらもベットに転がったままの愛心ちゃんにそう言って両手を広げた木兎さんだったが、愛心ちゃんからのその一言でその場でビシッと硬直し、直後膝から崩れ落ちた。げっ、こっちまで面倒くさいことになったら手が付けられない!


「しっかりしてください木兎さん!今は寝起きで機嫌が悪いだけですって」
「そうなの?でも今、イヤって言われた…俺、ハートブレイクです」
「子供なんてそんなもんですよ!それより愛心ちゃんのお母さんに連絡できないんですか?いつもこんな感じなら何か対応策あるかもしれませんよ」
「そうだな」


たった一言でどれだけショック受けてるんだこの人は。早いとこ愛心ちゃんの機嫌を取らないと俺1人じゃこの2人の面倒は見きれない。



《もしもし、光太郎?》
「はよ。綾姉ちゃんいる?」
《いるわよ、ちょっと待って》

《おはよう光太郎、掛かってくるんじゃないかと思っててわ。愛心泣いてる?》
「分かってんなら最初からなんか教えといてくれよ、愛心にヤダって言われたんだけど!」
《は?イヤイヤくらい子供なんだから普通よ》
「けど俺は悲しかったの!」
《はいはい、分かったから》
「で、どうしたら良いの?」
《そうね、愛心の場合一番はほっとくことね。あんまり構うとずっと泣くから」
「え?」
《お気に入りのうさぎのぬいぐるみあるでしょ、あれ渡して多少抱っこでもしとけば暫くはグズグズ泣いてるだろうけどその内落ち着くわ》
「ちょ、泣いたままの愛心ほっとくの?」
《そうよ》
「俺の心が痛むんですけど」
《じゃあその心を鬼にするのね》
「綾姉ちゃん鬼だな」
《子育てなんて臨機応変よ。よろしくね》



「どうでした?」


電話を切った木兎さんにそう訊ねると「ほっとけって言われたんだけど…」と眉を八の字にして心底不安そうな顔を向けられた。詳しく聞けば納得出来なくもない理由だったから、今の状態ではうまく身支度の出来ない愛心ちゃんの身の回りの物と着替えをリュックに詰めた。


「よし、行きますよ木兎さん」
「え、俺抱っこ?」
「当たり前じゃないですか。愛心ちゃんが懐いてんの確実に俺より木兎さんなんですからね、あれくらいでめげないでください」
「お、おう…!」


俺の言葉にそう返事をし、ベッドの上の愛心ちゃんを抱き上げる木兎さん。愛心ちゃんはと言うと大泣きしたり暴れたりすることはないものの、腕の中でグズグズ小さな嗚咽を漏らしている。


「愛心ちゃん、これ抱っこする?」


手に持っていたうさぎのぬいぐるみを渡すと大きな瞳を潤ませて俺を見上げた愛心ちゃんは、そっとぬいぐるみを受け取ってそれを両手で抱え込みまた木兎さんの胸に顔を押し付けた。


「なんとかなりそう、だな」
「そうですね。早いとこ家に行きましょう」
「おう!」


愛心ちゃんにうさぎのフードを被せて俺たちは木兎さんの家を出た。