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お迎え



 高専の寮にやってきて二日目。昨日は一部しか会えなかった一つ上の先輩達が揃っていると聞いて挨拶をしに向かった時だった。

「これからよろしくね伏黒君」
「ツナ」
「よろしくお願いします」

 特級術師、おにぎりの具しか喋らない呪言師、突然変異呪骸、そして天与呪縛による桁外れの身体能力持ち。そんな個性派揃いの先輩達を眼前にとりあえずテンプレの言葉だけを返すとすかさず両脇に移動した狗巻先輩とパンダ先輩により両サイドからバシバシと背中を叩かれる。

「なんですか?」
「高菜」
「そうだな棘。まずは可愛い後輩にここでうまくやっていく方法教えてやんないとだもんな」
「ちょっと、狗巻君もパンダ君も乱暴はダメだよ」

 特級とは思えない風貌であたふたし始める乙骨先輩を後目にサイドの二人はしたり顔、そして二人に同調するように禪院先輩までもニヤリと口角を上げた。

「恵、まずは軽い任務こなしてもらうぞ」
「はい?」





 先生からならともかくなんで先輩達に任務押し付けられなきゃいけねぇんだと思っていたのが半刻ほど前。そして今その任務先に連れてこられているわけだが、何なんだここ。

「いや、何ですかここ」
「幼稚園だね」
「しゃけ」

 園庭にこそ人はいないもののどことなくポップなカラーの建物からは沢山の子供の声が聞こえてくる。人払いもされていないこんな所で一体どんな任務をすんだよ。

「お前まだ良い方だからな。私らなんて初回から単独でここに来させられてんだ」
「こんぶ」
「パンダ君以外はみんな一人で来たよね」
「パンダはこんなとこ来たら帰れなくなるからな」

 何の話をしているのか全く話が読めないが何度も来てるってことは呪霊を祓いに来たってわけじゃないってことか?

「で、何するんですか?」
「お迎えだよ」
「は?」
「だから迎え」
「いやだから、誰のですか」

 先に説明しろよと思いながらズカズカと歩を進める。門の外でそんな俺を見送る先輩達に少しイラつきながら教えられた入り口から中に入ると普段めっきり関わることのない小さな子供達が仕切られた各クラスの中で楽しそうに遊んでいた。
 完全に場違いだ。つーかなんで高専に小さな子供がいるんだよ。教職員の部屋を見つけて数回扉を叩いてから開くと女性の多いその室内から無数の視線を浴びたのは言うまでもない。

「あっ、園長先生心ちゃんの」
「はーい」

 心、さっき先輩達が言ってた子供の名前。
 園長先生と呼ばれやってきた初老の女性は優しい笑みを向けて「こんにちは」と微笑んだ。

「こんにちは。あの今日から自分も、その、お迎えに来ることがあると思うので挨拶をしに来ました」

 ついさっき先輩たちに言えと言われたことを口にすると「五条さんから聞いてますよ」と朗らかに微笑む。なんであの人は話通してるくせにこっちには何も言わねぇんだ。今更のことを考えてもどうにもならないものの相変わらずの展開にやっぱりムカついてくる。

「でも他のことは何も聞いてないのよね?」
「え、」
「真希ちゃんや棘くん、憂太くんもみんなそうだったもの」

 そう言って、ふふっと笑う園長先生はどうやら状況を理解しているらしかった。過去、先輩達も何も聞かされずにこうやって突然迎えに行けと言われたのか。

「ここは民間の園としても機能しているけれど高専の息もかかているの。私も現役は退いているけど一応昔は術師だったのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。いろいろな理由で術師を辞めた子達なんかが今はここで先生をしてたりもするわ」
「それでこれなんですね」

 園内に入った時に感じた違和感はそういうことか。何かしら結界が張られている感じがしたのは気のせいじゃないらしい。

「心ちゃんみたいな子は特異だから入園が決まった時から特殊な結界を張っているの」
「そこまで惹きつけるんですか?」
「ええ。でもだからと言って誰しもが受けられる権利を剥奪するのは良くないだろうって五条さんがね」
「そうですか」
「心ちゃんは常に呪骸を身につけているし、お迎えもこうして術師の人に来てもらってるから今のところ心配はないのよ」
「ようやく全体像理解出来ました」
「そう、良かったわ。それじゃあ心ちゃん呼んで来るわね。あ、そうそう一応お迎えに来た時は誰か先生に高専の学生証を見せてね。それが心ちゃんの引き渡し条件になっているから」
「分かりました」

 そう言って一番手前のクラスに入って行った園長先生が「心ちゃんお迎えですよー」と声を掛けているのが聞こえてくる。と言うかそれはいいとして、この展開少しまずくないか?

「えんちょうせんせー、今日はだれが来た? まきちゃん? ゆーた? それともとげ?」

 嫌な予感がする、そう思った時には手を引かれてクラスから出てきた心と呼ばれるその少女とカチリと目が合っていた。

「……」
「あらどうしたの?」

 直前まで笑顔だった少女は俺を見るなり園長先生の後ろに隠れてしまった。そして顔半分だけを覗かせて不安そうな目でこっちを見てくる。

「こころ、このお兄ちゃん知らない」

 だよな、俺も知らねぇんだから。
 もっと早くに気付くべきだったが展開は急すぎるわ、情報はもらえないわでここまで来てしまった。この心と呼ばれる少女からすれば当然俺は見たこともない知らない相手で普通に考えて怯えられても仕方がない。

「でもこのお兄ちゃんも五条先生の生徒さんなのよ?」
「さとるの?」
「ええ」

 園長先生の言葉でもう一度チラッと視線を寄越してきたがその瞳はまだ疑っているような怯えているようなものでどうしたものかと頭を抱える。

「でも、でもね、しょーこが知らない人と『おいで』って言うじゅれいにはついて行っちゃダメって言ってたよ」

 至極真っ当だ。それを言われてしまえば俺も園長先生も何も言い返せない。これはもうお手上げだと判断し表で待っている先輩達を呼んで来ますと言おうとしたところで、今自分が入ってきた出入口の方から片手をあげた狗巻先輩が「ツナマヨ〜」と手を振ってやって来るのが見えた。

「とげ!」

 その姿を見るや否や駆け出して行った少女の顔は既に笑顔に戻っている。と言うか、どうせ来るなら最初から一緒に来てくれよ。
 こう垂れたい気持ちを抑えて狗巻先輩の方を見れば「とげのおむかえひさしぶりだねぇ」と嬉しそうにはしゃぐ少女の前に屈んで「しゃけ」と言いながら帽子越しに小さな頭を撫でている。そのまま一言二言言葉を交わしているが、あの子狗巻先輩の言ってること分かんのか? まんまおにぎりの具しか言ってないだろ。

「棘くんも来てたのね」
「表に禪院先輩と乙骨先輩もいます」
「あら、勢揃い。心ちゃん喜ぶわ」

 相変わらずの朗らかなその笑みを見て、怒っても仕方ないと溜め息を一つ吐いてもう一度挨拶をしてから狗巻先輩たちと一緒に園を後にした。





「それじゃあお兄ちゃんもこーせんの人なの?」
「ああ」
「そっか。ごめんね、心知らなかったの」
「いや、別に心が謝ることじゃないだろ」
「不審者扱いされたのは恵が初めてだな」
「それは先輩たちの説明が無かったからでしょ」
「ごめんね伏黒君」
「ツナツナ」

 本当に申し訳なさそうな顔をしているのは乙骨先輩だけだ。この人たち帰ったら絶対にパンダ先輩や五条先生にも言うだろこれ。めんどくせぇ。パンダ先輩はともかくケタケタ笑いながら弄ってくるであろう五条先生の姿があまりにも容易に想像出来てまた溜め息がこぼれた。

「めぐみ大丈夫? 元気ない?」
「は?」

 狗巻先輩と手を繋いで歩いていた心は低い位置からこっちを見上げて訊いてくる。が、急に名前で呼ばれて子供相手にはあまり良いとは言えない声が出てしまった。

「おかか! こんぶ」
「伏黒くん、心ちゃんびっくりしちゃうからもう少し優しく返してあげて」
「すみません、つい」
「心は基本名前で呼びたがるから慣れろ。どうしてもくんやちゃん付けてほしけりゃ頼めば付けてくれる場合もあるけどな」
「いや別にそれは良いんですけど。今のは本当反射的に出ただけなんで」

 隣の心に視線を落とすとほんの少し不安そうな表情で俺と狗巻先輩の顔を交互に見ている。

「とげ、めぐみってこわい?」
「おかか。明太子」
「ほんと?」

 狗巻先輩が何を言ったのかは正直分からないがその言葉を聞いた後にこっちを見上げた心は、空いていた俺側の手を持ち上げて差し出してくる。

「仲良くしてね、めぐみ」

 にっこり。ようやくここでまともに向けられた笑顔に何ともむず痒い気分になりながらその小さな手を取った。



「ねぇとげ、めぐみ、ブランコして?」
「しゃけしゃけ」
「えっ、なんスか?」
「伏黒君心ちゃん持ち上げて! 狗巻君と歩調合わせてね!」

 両手を繋がれたことでそう言い出した心に笑顔で答える狗巻先輩はこっちを見ながら突然歩く速度を速める。と言うかこれは俺の準備待ちか? そう思っている内に繋がれた手にぎゅっと力が込められて心は小さな足を浮かす為に地面を蹴った。
 やりたいことを把握して取り敢えずしっかりと手を握り持ち上げた身体は狗巻先輩と一緒に支えてるとはいえあまりに軽い。高専なんて場所には不釣り合いなこの小さな少女にこれから振り回される未来が見えたような気がした。

「ちょっ、狗巻先輩速すぎますって!」
「めーんたいこー」
「キャー!」
「おーい心落とすなよ、怪我すんぞ」