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charm



12.24 PM17:45
世の中が浮き足立つ季節、更にそれが最高潮に達する時間帯と言っても過言じゃない。年に一度の特別な夜を恋人や家族と過ごすのであろう人々が街中に溢れている。学校や仕事の帰りに待ち合わせてこれから訪れる楽しい時間に胸を躍らせている、そんな表情の人たちばかりだ。
真っ黒な服に身を包む私とは正反対に自分を着飾った愛らしい女の子たちがとても眩しく可愛く見えた。人々が幸せに包まれているのはいい。負の感情と違ってそれらが呪いを生む火種になるわけでもないのだから。
ただ、長期に渡る大物任務を終え、一人寂しく誰も待つ人のいない我が家に帰る私にとって、この雰囲気は少々気持ちをどんよりとさせた。不快とかそういうわけじゃない。そう、なんというか孤独を感じるだけ。



·



マンションのエントランスを足速に抜けエレベーターに乗る頃には蓄積された疲労からかふわふわと緩い眠気に襲われ始めていた。とりあえずあったかいお風呂に入って、何でもいいから胃に入れて、ふかふかのベッドにとっぷりと沈んで眠りたい。食事と睡眠は身体を癒してくれるから。
でも、本当のところはそんなの全部すっ飛ばして、彼に会って抱き締めて、擽ったいくらい甘いキスをしたい。正直それが私にとっては手っ取り早く癒される方法なんだけど、さすがに平日ど真ん中の学生にそんなお願いはできないし、彼もそんなに暇ではないのだ。


「確か今日も任務だったっけ」


目的の階に到着してエレベーターの扉が開くのと同じくらいに、彼と共有しているスケジュールアプリを起動した。呪術師兼学生の彼との交際は普通の高校生と恋をするのとは勝手が違う。呪術師であることにかわりはないから、それを本業としている私達とは量や期間が違うとしてもしっかり任務に就かされるのだ。


「やっぱり」


彼のスケジュールに“任務”の字をみつけて小さく落胆する。ちょっと今日は本気で会いたかった。クリスマスがどうとかそんな浮ついたわがままは言わないけど、帰宅の途中あれだけ幸せオーラ全開の街中の雰囲気にあてられて、更に疲れと寂しさのトリプルパンチ。


「棘くんに会いたい…」


部屋の鍵を開けながら誰に聞かれるでもない言葉を呟いて扉を開くと、パンッ!パンッ!と乾いた空気が弾けるような音が連続し、次に視界に入ったのはサンタ帽と何故かサングラスをかけた愛しの彼。茶目っ気いっぱいの表情で今しがた空になったクラッカーを手にまさかのお出迎えをしてくれたのだ。


「…と、えっ?」
「ツナマヨ!」


会いたかったよ?すごく会いたかった、けど、何でいるの?任務は?
頭の中で状況がまとまらずにいる私の手を棘くんが引っ張る。早く上がれと言っているのは分かるけど状況を説明してもらいたい。


「棘くん任務は?」


手を引かれリビングに向かいながら聞けば「明太子〜」と笑いながら言う。表情から察するにあれは嘘だったというわけだ。してやられた。
そもそもノリのいい棘くんだし、何も無ければイベント事には絶対にノッてくるけど、さすがに任務なら今日は何もないと安易に考えすぎてたいた。


「こんぶ〜!」


頭の中を整理しながら手を引かれたままリビングに入ると、そこには控えめにとは言え飾り付けされた部屋とテーブルの上にはどこかで買ってきたであろうクリスマスらしいチキン、そしてこれは、


「もしかして棘くんが作ったの?」
「しゃけ!」


そう言ってドヤ顔をする棘くん。チキンの横のお皿には多少歪ではあるものの綺麗におにぎりが並べられてあった。
任務がなかったにしても学校が終わってからここまで準備してくれたのかな。寮住まいの棘くんとは違って一人暮らしをしている為に合い鍵は渡してあるけど高専からはそう近い場所でもないのに。


「棘くん、」
「?」


部屋を見渡しそれの過程を考えると嬉しさは勿論だけど愛しくて仕方がなくなってくる。私の呼び掛けにサングラスを外し、きょとんとした顔をして視線を送ってくる棘くんに持っていた荷物なんてその辺に放り出して抱きついた。


「ありがとう!凄く嬉しい!本当は今日棘くんに会いたくて仕方なかったの。でも任務だと思ってたからこんなサプライズ…泣けてきちゃう」
「おかか、」
「嬉し泣きだからいいんだよ。2週間会えないだけでも寂しかったのに、こんなに沢山準備してくれてありがとう。棘くん大好きっ」


まるで愛情を隠すことを知らない付き合いたてのカップルみたいに恥ずかしげもなく一息にそう言うと、腕の中の棘くんは満更でもなさそうに、だけどどこが照れたように笑っていてそれがまた私を堪らない気持ちにさせた。



·



とりあえず部屋着に着替えて早々に席につく。おにぎりとチキンだけじゃ足りないと思い何か作ろうとしたけど、急かす棘くんに負けてとりあえずインスタントのお味噌汁を入れた。
テーブルに並ぶのはおにぎり、味噌汁、クリスマスチキン。普通のクリスマスらしいメニューとは掛け離れているけど、私にとってはこれとないご馳走だ。棘くんのリクエストでおにぎりを握ってあげることはあっても、棘くんの握ってくれたおにぎりなんて始めてだし。


「じゃあ、いただきます」
「高菜」


一緒に合掌しておにぎりを一つ手に取る。具は何かな、やっぱり棘くんの好きなツナマヨかな。考えながら頬張ると中から出てきたのは昆布だった。


「あ、やった昆布」
「しゃけ、すじこ」
「そうなの?棘くんってば優しすぎ」


私の好きな具、つまり昆布が半数を占めるのだと言う棘くんに笑顔になる。じゃあ残りの半数は何かと気になったところで、ある違和感に気付いた。
見た目は確かにおにぎりなんだけど、おにぎりじゃない物がある。正確には混じって置いてある。これ確実にフリだよね?取れってことだよね…。
おにぎりを頬張りながら棘くんに視線を移すとまだ何にも手をつけていない棘くんが楽しそうにこっちを見ている。余計にフリだということを確信してあえてそれを取ってみた。


「あ、これ見た事ある。中におにぎりの具のリングが入ってるやつでしょ」
「しゃけしゃけ」


前に何かで見て必然的に棘くんのことを思い浮かべたことがある。いつか棘くんに冗談でプレゼントしてみようと考えた気がするのを思い出して、同じことを考えてたのかと思うと笑えてしまった。


「何の具が入ってるかな。棘くんもう中見た?」
「おかか」
「じゃあどっちが当てられるか勝負ね。私は梅干し」
「いくら」
「オッケー、じゃあ開けるよ?」


そう言っておにぎり型のケースを開くと中には予想していた見た目とは全く違う物が入っていた。
梅干しでも、いくらでもない。それはローズゴールドの華奢なリングだった。多面カットされていてライトの光を受けキラキラと輝いて見える。まさかの中身に呆然とそれを見つめた後そっと棘くんに視線を戻した。


「これ、もしかしてクリスマスプレゼント?」
「しゃけ」


柔らかい笑みとともに首肯した棘くんにそれを貸すよう促され愛らしいケースごと手渡すと、更に右手を出すように指示される。言われた通りに手を出せば向かいの席から少し身を乗り出した棘くんは中指に指輪を嵌めてくれた。


「右手の中指?左手の薬指じゃなくて?」


恋人と言えば普通そうだろうと思ったけど棘くんは首を横に振って自分のスマホをタップし、とある画面を見せてくれた。


−指輪に願いを込めて−
というタイトルから始まって、右手中指に嵌める指輪に込められた意味の箇所を指差す。


「邪気から身を守る…?」


声に出して読んだ後棘くんの顔を覗き見ると、こくこくと首肯する。きっと呪術師という仕事柄身を案じてくれているのだ。邪気も邪気、本物の呪霊を祓っているのだから願いを込めるよりも実力を付ければ済む話だけど、優しい棘くんらしくてとても嬉しかった。
何より初めて一緒に過ごすクリスマスに、まさか歳下の彼氏から指輪を貰えるとは思いもしなくて、驚きと嬉しさで緩む頬を隠しきれない。


「ありがとう。棘くんだと思って肌身離さず大切にするね」


キラキラ光る指輪を頭上のライトに当てて眺めながらお礼を言えば、私の左手の薬指をトントンと指さした棘くんは「 こっちはもう少しまってて 」と、肘を着いた手に顎を乗せて、私を見上げながらとんでもないことを口パクで告げてきた。

本当に高校生なのだろか…。そう思う程その仕草に心臓を鷲掴みにされる私は、呪言なんかなくてもとっくに棘くんの甘い呪いに縛られているんだと思う。


「うん。楽しみにしてる」















おまけ.


お腹も満たされたのに帰宅時の眠気はどこへ行ってしまったのかと思うくらいに消え去っていた。まあ、棘くんが隣にいるんだからそんなの当然ではあるんだけど。

気の利きすぎる棘くんが買ってきてくれていたケーキを冷蔵庫に取りに行こうとしたところで、そう言えば、と思い出したことがあった。


「棘くんちょっとこっち来てー」


キッチンから寝室へと目的地を変え棘くんを呼ぶ。クリスマス当日に会えるとは思っていなかったけど、一応私も棘くんにプレゼントを用意していたのだ。


「高菜?」
「ここ開けてみて」


すぐに後を追って寝室にやってきた棘くんにふたつある内の片方のクローゼットを指差す。そして言われたまま私の方を一度見てからそこを開いた棘くんは驚いた顔をした。


「私からのプレゼント。と言ってもほとんど私の趣味で買ったものなんだけど」
「…おかか」
「え、嫌だった?」
「おかか。すじこ、明太子」


目の前に並ぶ服の数を見て若干呆れ顔の棘くんは、嬉しいけど、買いすぎ。無駄遣い。と言いながら私にジト目を向ける。そんな事言われても選びきれなかったのだ。男物の服とはいえ、棘くんのことを考えながら選ぶとどれも似合いそうで絞り込むのは容易ではなかった。そして至った答えは、よく遊びに来てくれるんだから何枚あっても困らないよね!というなんとも都合のいいもの。


「だってどれも似合いそうだったんだもん。あと、棘くんが家に来ても着替えがあれば楽でしょ?身体ひとつで来れますよ?」
「こんぶ」
「まあまあ、いいから。まずはこれ着てみて?折角なら着てるところみたいな」


わざとらしく小首を傾げて言えば渋々ながらも着替えてくれる棘くんはやっぱり優しと思う。

うん、やっぱり緩めのニットが良く似合うな。自分の見立てに感心しながらその後も何枚か試着を頼めば、その内に棘くんもノリノリで軽くポージングまで取ってくれるようになった。まるでファッションショーのようになった部屋でお腹が痛くなるくらい笑い合う。何だかんだ楽しそうな棘くんは、ちゃんと「ツナマヨ!」と言ってお礼の言葉もくれた。


「じゃあこれで最後ね」


そう言ってクローゼットのラスト1枚の洋服を手にした時、後ろから急に抱きしめられた。


「棘くん?」
「たーかーなーっ」
「えー、あと1枚あるよ?服脱いでくれたのに着てはくれないの?」
「しゃけ」


さっきまで着ていた服どころか上半身に身に付けていた服は全部脱がれていて素肌が触れ合った部分から棘くんの体温を直に感じる。棘くんが喋る度耳元にかかる吐息が擽ったくて身を捩れば、態とらしくさらに密着して肩口に顎を乗せてきた。


「あ、棘くんケーキは?」
「おかか」
「いらないの?美味しそうだったよ?」
「おかか。…ツナマヨ」


ケーキは後、今はなまえが食べたい。
その甘ったるいフレーズと共に完全にスイッチが入ったのか、抱きしめる力が強くなって耳朶をやわやわと甘噛みされ、電流が走ったみたいにこっちまで身体が疼き始める。


「…ちゃんと日付け変わる前に寮に帰る?」
「しゃけ」
「ケーキもあとで一緒に食べてくれる?」
「しゃけ!」
「うーん…じゃあ、いいよ」


断る気なんてさらさらない。
だけどこの可愛くて獰猛な愛しの彼によって本格的に食される前に、ほんの少しだけ可愛い表情を見たくてそう言ったのだった。