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枯れない涙



※悲話/死ネタの部類です。苦手な方はブラウザバックをお願いします。





















冷たく重い空気を孕んだ地下の通路を全力で走った。血腥さには慣れている、慣れているけど。


「雄!!七海!!」


酸素が足りなくて詰まる呼吸を整える間もなく級友の名前を叫ぶ。その一つは掛け替えのない人の名前だった。


「みょうじ」


最初に視界に入ったのは夏油さん。七海は疲弊しきっていて無造作に置かれた丸椅子に力なく座り込んでいた。
そして目に入った、一番初めに声を聞きたかった人のあまりにも無惨な姿が。


「…雄?」


掛けられ白い布の不自然な形に臓腑に嫌な疼きを覚える。雄は七海と同じくらい背丈があったはず、なのにどうして、なんでこんなに…


「七海、二級呪霊の討伐任務じゃなかったの?!ねえっ!!」
「みょうじ、」


夏油さんが七海に詰め寄る私を制しようとしたけど無意識にそれを振り払っていた。
私だって呪術師の端くれだから自分達が如何に危険な仕事をしているかくらい理解している。今迄だって“死”を目の当たりにしたことが無いわけじゃない。そしてその都度哀しみに沈んでいられない事だって理解してる。
でもこれは、今だけは、そんな理解なんて知らない。理解も納得も到底出来ない。


「…産土神信仰は土地神で、一級案件だった」
「そんな、なんで。嫌だよ…イヤっ」


調査の不正確さや呪霊に文句を並べたって雄が返ってくるわけじゃない。こういう事が起こりうると覚悟して私達は呪術師をやってるけど、でも。

視界が霞んで七海の姿もまともに見えない。私でもこんなに涙が出るんだと不思議だった。それくらい哀しくて悔しくて、そして憎いと思った。
駄々を捏ねる子供のように七海の膝に拳を打ち付けながら泣き崩れる。漏れる嗚咽を抑えることもなく。


「今はとにかく休め七海、任務は悟が引き継いだ。みょうじもここにいても辛いだけじゃないか」


夏油さんの言葉に七海が返した返答に私は何も思わなかった。まともに会話内容を処理することもできない状態だったのかもしれない。

暫くして七海が私に何か声をかけてそこを離れて行き、この場に温度を持つ者は夏油さんと私のふたりになった。


「みょうじ、灰原を褒めてやれよ」
「…分かってます。雄は純粋に正義の人でした。自分より弱い人だけじゃない、自分以外の人全員を命に代えて護るって平気で言っちゃうんです。きっと最後だってその気持ちを持って立ち向かっただろうから」


愛しい人の身体に触れたいのに現実を突き付けられるのが怖くてそれがなかなか出来ない。いつだって当然のように「俺が護るよ」と言って笑ってくれた優しい笑顔と、あの安心する温もりがもうそこにはないと分かっているから。
それでもやっぱり私が傍にいないと寂しいでしょ、ねえ、雄。

そっと傷だらけの頬に触れればあまりの冷たさに指先が硬直し、そして震えだす。愛しい人の“死”を目の当たりにしてまたパタパタと涙が零れ落ちる。数滴、雄の頬を伝ったそれは銀色の無機質な台の上に小さな水溜まりを作った。


「夏油さん、私達呪術師は一体でも多く呪霊を祓って非術師の人達にとって少しでも安寧な世の中を作る為に戦ってますよね。…じゃあ、私達呪術師にとっての安寧な世界は誰が作ってくれるんですか?」


言葉を詰まらせた夏油さんにどうしてもその答えを教えて欲しかったわけじゃない。だけど聞かずにはいられなかった、少しでもこの怒りと憎しみ抑える為には救いが欲しくて。このままじゃ呪術師をやっていけなくなりそうだったから。


「さっき七海が言ってた土地神ってフレーズが気になるんです。深く根付く信仰は信者を人間の皮を被った呪いにも変える、私はそれを知ってます。もしも、雄をこの状況に陥れたのが信者だったら私は、」


そこまで言うと夏油さんは私の肩に手を乗せた。まるでその先を遮るような無言の圧力があった。


「もういい。それ以上の憎しみを灰原の前で吐露してやるな。みょうじ、お前だけは灰原が好きなのままのお前でいてやれ」
「…はい」


止まることのない涙をどれだけ流したらこの哀しみや憎しみは凪ぐだろう。今はその検討もつかない。



夏油さんが静かに部屋を後にしてようやく二人きりになった。いつもなら他愛もない話で笑わせてくれる雄はもういない。きつく瞼を下ろしたままで、私を見てくれることもない。


「ごめんね雄、一緒にいてあげられなくて。今までありがとう」


やっとの思いで愛しいその人の冷たい唇に最期の口付けを落とした。