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有限ノ逃避行



※悲恋となりますのでご注意ください。















「ねえ、このまま二人で遠くまで行っちゃおうか」


そう言って目にも留まらぬ速さで景色を変えていく窓から外を眺めるなまえはどうしようもなく楽しそうで、そして、悲しそうだった。


「おかか」
「わかってるよ。冗談」


なまえの言葉にどうしたって賛成の言葉を返せない棘は、繋いだ手に力を込めつつ否定の単語を返すことしか出来ない。そしてきっとそう返されることなんて分かりきっていたのだと、そんな風に笑ったなまえに自分の無力さを再確認する事しかできなかった。



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「棘くん、私ね、あと半年も生きられないかもしれないんだって」


級友の、しかも誰よりも愛おしくてたまらないなまえのその発言はあまりに残酷で無慈悲なものだった。今ここに真希やパンダが居ないのがせめてもの救いだろう。その言葉に狼狽えてどう反応していいのか、なんと言葉をかければいいのか何も浮かんでこないのだから。
この二人きりになれるタイミングさえも当然なまえが考え作り出したのだろう。どこまでも相手のことを優先し優しさを全て他人に向けるなまえらしかった。

困惑する表情の棘に笑顔を向けるなまえは誰よりも儚く、そして弱者のために強くありたいと努力を惜しまない人だった。
何事にもある程度手を抜きながら、生まれ持った力をそれなりに駆使してうまく立ち回ってきた棘とは全くといっていいほど違う。もっと評価されて、その努力に賛美と褒美が与えられてもいい存在。それなのにあまりに酷い仕打ちじゃないかと棘は思った。

神や仏と言われる存在が本当にいるというなら、罵倒してやりたいと心の中で怒りがこみ上げてくる。
力はあるのに身体が“病魔”が彼女に巣食ってその命を奪い取ろうとしているのだから。


「そんな怖い顔しちゃダメだよ」


きっと散々泣いたのであろう目元には控えめにも鮮やかと言える色がキラキラと輝きを纏って、深い色の瞳の中には棘の姿がはっきりと映っている。
あまりにも真っ直ぐでこの先の不安や寂しさを感じさせないような強い意志が確かにそこにあった。


「ねぇ棘くん、最後のお願い聞いてくれる?」
「こんぶ!」


最後なんて言うな。語気を強めて言う棘に困ったように笑い、その反応なんか無視してそっと身を委ねたなまえは“最後の願い”と言うそれを互いにしか聞こえない程消え入りそうな声で唱えた。

それはまるでいるかも分からない神や仏に懇願するようで、つい先程瞳の奥に見えた強い意思なんて脆く崩れ落ちてしまうんじゃないかと思う程震えた声だった。


“私を呪って。ずっと棘くんのそばにいたいの ”


なんて残酷で、無慈悲。
愛おしい人を最悪のモノに変えてしまえる力が憎い。その先の二人の未来は決して明るいものでは無いだろうが、二人が選べる道はたったの二つだ。

綺麗なままのなまえと永遠の別れを選ぶか、悪しきものと化したなまえと永遠に罪を背負って生きるのか。



最後の選択肢を自分に委ねる彼女を憎みつつ、その特権を与える相手に選ばれている事に僅かな喜びを感じた。

この先どこまで行くのかは決まっていない。ただ、揺れる電車の中で彼女と密やかに繋いだ手を離すつもりはなかった。