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秘密の癒しを



「疲れた」


小さく零した独り言は見上げた先の青空が浄化してくれる気がした。

最近は任務も少ない。呪霊の被害が落ち着いてるのはとても嬉しいことだけどストレス発散が出来ない。いや、祓うことをストレス発散と思う私もどうかと思うけど。

自分の思考を少し見直さねばと思いながらスマホのロックを解除する。スマホを所持する大抵の人がダウンロードしているであろうメッセージアプリを開いて旦那とのトーク画面に文字を打ち込んだ。


《今日の夕飯何が食べたい?》


毎日のやり取りは他愛のないことや夫婦間での連絡事項が多いけど、そこにトキメキを覚える事は最近では少なくなった気がする。長年一緒にいればそんなものだと思いつつもやっぱり少し寂しい、かも。

家事は大変だし仕事もあるし、世の中それを理解してくれる旦那様ばかりじゃないんだから喧嘩だってする。
“好きだから我慢出来る”そんなのは嘘だ。何も不満がなく円満な生活を送れる夫婦なんてそうそういないと私は思う。


「はぁ…せめてトキメキたい。百歩譲って旦那じゃなくてもいいからトキメキたい」


仕事は嫌いじゃないけど忙しいし、癒しが欲しい。
これは本当に定期的に思うことだ。
呪術師の仕事以外にも掛け持ちで仕事をしているから忙しいのは当然。旦那も働いてるし別に何かに困っているわけじゃないけど、何となく働ける内は働きたかった。

鬱々としたことを考えていてもしょうがない。とりあえず腹ごしらえだ、とコンビニで買ってきたお昼ご飯を食べようとした時視界の端に人影を見つけた。顔半分を覆うような個性的なデザインの制服。準一級の、えーっと確か、


「狗巻くん!」


木陰のベンチに座っていたから彼の歩いてる場所からは少し距離があって声を張ってしまった。
一瞬ビクッと反応した彼だったけど、いつも通りの気怠げで眠そうな眼は変わらない。一応先輩後輩みたいな関係だからか、彼は私を見ると小さく頭を下げておにぎりの具を呟いた。


「こんにちは。任務帰り?」
「しゃけ」


彼の手に提げられていたビニール袋を見てそう言えば肯定の単語が返ってきた。お昼時だしコンビニにでも寄って帰ってきたのだろう。
学生である彼がそう忙しくもない時期の昼間っから任務に就いていたという事は、おそらく五条さんに仕事を振られたのだ。今は担任ではないだろうに容赦がないな、と胡散臭い笑みを思い浮かべた。


「もしも今から一人でお昼なら一緒に食べない?」


学生相手に普段こんなことは言わないけど、何となく誘ってみた。
狗巻くんは少し考えるように視線を泳がせてからこちらへと歩いてくる。以外だ、絶対に断られると思った。というか絶対に気をつかってくれたよね。


「ツナ」
「どうぞどうぞ」


私との間に人一人分のスペースを空けて座った狗巻くんはビニール袋の中からペットボトルのお茶を取り出してキリリッとキャップを捻る。

何度か一緒に任務にあたったことはあったし、呪言を有している彼は語彙に縛りがあるのは知っている。何となく言いたい事は分かるものの全てではないし、正直それを上手く汲み取ってあげられる自信もない。でもなんというか、それでも彼は一緒にいて苦痛じゃないのだ。


「五条先生に任務押し付けられたんでしょ?」
「しゃけ!」


ほんの少し鋭くなった眼が何となく怒っているように見えておかしくなる。言葉数が少ないからか落ち着いて見える彼だけどちゃんと高校生なのだ。


「自分で行って片付けちゃえばいいのに、ね」


私がそう言いきるのと同じタイミングで蛇の目の呪印がお目見えした。別に見た事が無いわけじゃなかったけど、動かしていた視線がそこに留まってしまう。
それに気づいて何とも落ち着かない様に視線を泳がせる狗巻くんには申し訳ないが、私としてはもう少し見ていたい。


「…うん。前から思ってたんだけど、やっぱりさ、狗巻くんってイケメンだよね」
「たっ、高菜?!おかか!」


“高菜”が何だったのかは分からないけど否定しているのは理解出来た。そしてあまりにも分かりやすく動揺するものだから可愛いくて仕方がない。
声を出して笑うのを必死で堪えている私を他所に、彼は食べようとしていたはずのおにぎりのフィルムを剥がすのをやめて慌ててファスナーを引っ張り上げてしまった。


「えっ、食べようよおにぎり」
「…おかか」


気の所為だろうか先程よりも余計に制服に顔を埋めているし、白橡色の髪がしっくりくる肌の色もほんのり赤い気がする。
やばい、これちょっとキュンとするかも。
心の内を悟られないよう自分の分のサンドウィッチに手を伸ばす。


「ごめんごめん、言われ慣れてるかと思って。はい、気を取り直して食べよう?ね?」
「……」


若干私をねめつけながら渋々といった手つきでファスナーを下ろす狗巻くんを見つめないようにサンドウィッチを頬張る。
私の視線が自分の方に向いていないことを確認したのか、今度こそおにぎりのフィルムを剥いでそれに齧り付いた狗巻くんは何とも幸せそうだった。
そんなにお腹空いてたのかな。どうしよう一度可愛いと思うと本当に可愛い。イケメンのくせに可愛い!


「美味しそうに食べるね。おにぎり好きなの?」
「しゃけ」


食べてるおにぎりは昆布だけどそう言ってコクコクと頷く。おにぎりでこんなに幸せそうとかなんていい子。うちの旦那様なんてグルメ過ぎて食にお金がかかることこの上ないのに…。
私はコンビニのサンドウィッチでも充分美味しいと思える舌なんだけどなぁ、と脳裏で一瞬旦那の事を考えつつ一緒に買ったコーヒーを流し込んだ。


「狗巻くんはおにぎりの具だと何が一番好き?」


私の何気ない質問に悩むことも無く、コンビニの袋からもう一つおにぎりを取り出してパッケージをこちらに向けた狗巻くんの表情は明るい。


「ツナマヨ!」
「あっ、なんか今凄く普通に会話できてる感じじゃない?ツナマヨ!って」
「しゃけしゃけ」


私の言葉に頷いて笑う狗巻くんは、本当に可愛かった。
こんなに可愛くても呪霊祓ってる時はカッコイイんだもんなぁ、なんか狡いぞ狗巻くん。
…でもそうだな、


「今日は狗巻くんのおかげで癒されたよ。ありがとね」
「すじこ?」
「ふふ、またいつかお昼付き合ってね」



束の間の休息。
旦那様には秘密の、私の癒しを見つけました。