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One Night × ×



2/22 猫の日ネタです。
ご都合呪霊のご都合術式によって猫になってしまった棘くんが元に戻るまでのお話。
何でも許せる方向けです。




















 腕の中に収まる優しい体温で仕事に忙殺され忘れかけていた穏やかな気持ちを取り戻しつつある。毛並みにそって丸い背中を撫でてやれば喉を鳴らしながら擦り寄ってくる姿に、猫ってこんなに可愛いかったのかとグッと奥歯を噛み締めた。でも実のところこの猫の正体が可愛い可愛い愛しの恋人なのだと分かっているから、単純に可愛いさだけを噛み締めているいるわけにもいかないのだけど。


 ことの始まりは数時間前。連日膨大な量の書類作成に追われてエナジードリンクの空き缶が机の上に並びはじめたそんな頃、まるで反射的に目の前に現れた蚊を叩くような勢いで事務室の扉が開かれるものだから集中力の糸はブチンッと断ち切られて強制的に視線を持っていかされた。ただその先に居たのが真希ちゃんとパンダくん、そして顔面蒼白の乙骨くんで、慌てた様子でこっちに駆け寄ってくるから只事ではないことを何となく察して身構える。

「なまえさん!」
「どうしたのそんなに慌てて、あとその猫なに?」
「狗巻君なんです!」
「え?」
「だからこの猫、狗巻君なんです!!」

 睡眠不足でとうとうおかしくなったかな、と一瞬乙骨くんの言っていることに対して脳が処理することを拒否したものの、ブンブンと頭を振ってこめかみを押さえながら乙骨くんの言ったことを反芻する。

「その猫が、棘くん?」
「はい」
「バカ落ち着け」
「憂太、順を追って説明しようぜ」

 乙骨くんの肩を叩いたパンダくんと真希ちゃんは思ったほど動揺していないように見えるけど、もしかしたら単に慌てふためく乙骨くんと思考能力がまともに機能していない私を見て落ち着きを取り戻そうとしてくれているのかもしれない。


「つまりこれ呪霊の術式なの?」
「おそらくな」
「最期の足掻きでなんかしたとは思ったけど後方で援護してた棘だけを狙ってきやがった」
「もしも狗巻君が戻らなかったらどうしよう」
 対象が棘くんだった為か第一に私に報告してくれたのはありがたいのかもしれないけど、私ではどうすることも出来ずとりあえず話を聞きながら硝子さんの元へと急いだ。


「大丈夫その内元に戻るよ」
「良かった」
「同行していた補助監督から事前に連絡が入っていたから確認したんだが、対象の呪霊の原型はまだ消えていないんだろう?」
「はい」
「そうなの?」
「どういう仕組みかは謎だけどな。呪力は感じないし動きもないけど何かの殻に覆われたみたいに鉱物化して崩れることも無ければ崩すこともできなかったんだよ」

 初めて聞く事例に不安を覚えながらも何となく答えがみえてきた。

「じゃあその呪霊が消えれば棘くんは元に戻るってことですか?」
「多分ね」

 代表して膝の上に抱えていた猫、もとい棘くんは片手で顔を撫でている。どう見ても猫だけどそれでもこの子が棘くんだと言い切れる証拠も確かにあった。

「よく見たら呪印はちゃんと残ってるんだね」
「逃げても分かりやすくていいな」
「ニャーッ」

 パンダくんのその発言で不満そうではあるものの初めて鳴き声を上げた棘くんに私を含め全員が目を見開いた。

「へえ、鳴き声はやっぱ猫なのか」
「人語喋ったら怖いだろ。まあ喋ったとしても棘だからおにぎり語だけど」
「お前が言うなよ」
「狗巻くんもう少しの辛抱だからね」

 みんなのバラバラな反応に少し笑ってしまったけど、とりあえず元に戻るなら安心しててもいいのかな。

「硝子さん、ちなみにどのくらいで戻るんでしょうか」
「呪霊次第だけどさすがに五条にでも行かせればすぐに崩せるだろうし、あいつが戻るのは朝方の予定だからまあ一晩みてればいいだろう」
「そうですか。あんまり長くならなそうで良かったね」

 そう言って膝の上の棘くんの頭を撫でてみると大人しくされるがままになってくれるものだから申し訳ないけど頬が緩んでしまった。

「じゃあその間の世話はなまえに頼もうか」
「えっ、いや、私まだ仕事が、」
「ダメだ。ここ数日まともに寝てないだろ、伊地知が気にしていたよ」
「確かに顔色悪いよなまえさん」
「棘も心配してたもんな」
「ニャーン」

 否定できなくて言葉に詰まっていたところで黙って撫でられていてくれた棘くんが振り返り見上げてくる。可愛い、可愛いけどめちゃくちゃ嗜められている気がする。

「狗巻連れて今日はもう帰りな。癒し効果絶大だろ、なんたって中身は狗巻なんだし」
「硝子さん、」

 ふふっ、と微笑む硝子さんに同調するようにしてパンダくんもニヤニヤと笑っている。本当にこういう話好きなんだから。

「じゃあこれ名前さんに預けとくわ」
「なに?」

 真希ちゃんから差し出された紙袋を覗き込むとそこには制服が入っていた。そうか猫化したんだもんな、ん? 待てよ、ってことは今の棘くんってつまりそういうことだよね。

「オッケー、預かるね」

 何となく今考えたことは口にしてはいけないと思い雑念を振り払うように満面の笑みでそれを受け取った。



 そして今に至る。というかまだ一度も上げたことのなかった部屋に突然こんな形で恋人を上げることになろうとは。もう少しちゃんと片付けておけば良かったなと後悔しながら思うこと、果たして今の棘くんって意識はどうなっているんだろう。何も分からない状態? それとも姿形が違うだけで全部ちゃんと分かってるのかな?
「ねえ棘くん、もしかしてさっき私が着替えてる時見てた? 君今内心どんな状況なの?」
 訊いたって返答があるわけでもないのに問いかけてしまうし、本来の棘くんの髪色を思わせる優しい色のふわふわとした毛並みを撫でるのもやめられない。そして長く伸びた尻尾がゆっくりと動く様を見ていれば溜まった疲労のせいかうとうとと意識が遠のいていった。


「う、ん……」

 目が覚めたのはペロペロと頬を舐められる感覚がしたから。ハッとして瞼を持ち上げるとソファに座っていたはずの身体は完全に横になっていて目の前には棘くんの顔。もちろん猫姿のだけど。
 起こしてくれたんだ、と思いながら頬を舐められた事実を思い出し顔に熱が集まってくる。いやいや今はしょうがないし、猫って確か舐めたりするじゃん、うん。そう無理矢理自分に言い聞かせて「ごめんね寝ちゃった」と言えば綺麗な藤色の瞳が近づいて来てまたペロリと頬を舐められる。いやもうそれはいいよ、恥ずかしいから。絶対に普通の飼い猫と飼い主の関係なら思わないことを考えている私を他所に、棘くんは軽やかにソファから降りると冷蔵庫の前まで行って「ニャーン」と鳴いた。

「あ、お腹すいたよね。ごめんね何か食べよう」

 スマホで猫が食べても問題ないものを検索する。なんかキャットフードをあげるのは違う気がして買ってこなかったのだ。だってちゃんと意識が残っていたら絶対に嫌がるでしょ。

「よしこんなもんかな。ごめんね、味ほぼなしだけど我慢して」

 小さくしてお皿に盛った食べ物と私を交互に見る棘くんに申し訳なくなる。嫌だよね、私だったらこんなボイルしただけの味気ないご飯とお水とか嫌だもん。可哀想になりながらそれでも少しは何かお腹に入れて欲しくて首の辺り撫でながら声をかけ続けた。

「ほら棘くん頑張ろう? 元に戻ったら棘くんの好きなもの何でも作ってあげるから、ね?」

 そう言うと撫でていた私の手の甲をひと舐めしてお皿の方に顔を近づける。クンクンと匂いを嗅いで一瞬チラリとこっちを見てから赤い舌が顔を覗かせた。

「あ、呪印」

 小さな舌にはちゃんと呪印が見えた。それを見てやっぱりこの子は棘くんなんだと再確認すればなんだかこうして食事シーンを見つめいているのも申し訳ない気がして、そっとその場を離れ自分の食事作りに取り掛かった。


 それから頑張って半分ほどのご飯を食べてくれた棘くんをこれでもかと撫でまわし、たっぷり癒された後でお風呂へ向かおうとすればピンと尻尾を立てて静かに後をついて来る。というかお風呂へ行くときだけでなくほんの少し室内を移動するだけでもついて来るし、隙さえあれば脚に体を擦り寄せてくるものだから動きづらさはあるものの可愛くて仕方がなかった。生憎猫の行動には詳しくないから後で行動の意味を調べてみようと考えていたのにお風呂であったまった身体は溜まりに溜まった疲労とここ最近感じたことのない癒し効果により、さっきの寝落ちなんてなかったことにしてまた眠気を引き連れてくる。

「せっかくこんなに可愛い棘くんがいるのに寝ちゃうのもったいないな」
「ニャーン」
「どこ行くの棘くん」

 就寝前の身支度を整えていると自由でいられるようにと少しだけ開けていた扉から廊下の方へ出ていく。その後を追って行けば寝室の中にするりと消えて行くものだから慌てて後を追って電気をつけた。

「ニャーン」
「もしかして寝ろって言ってる?」
「ニャーン、ニャーン」

 反応からして正解だろう。ベッドの上でこっちを見つつ一切目を逸らさずに鳴き続けるから「わかったよ」と言って眠る準備を整えた。


「はい、じゃあ寝よっか。おいで棘くん」

 そう言って布団を捲って思ったけど、これってだいぶ恥ずかしいことをしているんじゃないだろうか。頭ではこの子が棘くんと分かっているのに、見た目が猫なだけに一つ一つの行動に油断してしまう。元に戻った時どんな反応されるんだろう、というか今現在何考えてるのかな……。

「まあ今更ではあるけどね」
「?」

 私の考えていることなんて分かるはずもない棘くんは言われたまま布団の中に入ってきてすぐ近くに丸くなる。もういいや、今日はとことん猫の棘くんを堪能させてもらおう。そう思って灯りを落とし隣の温もりに擦り寄った。

「あったかいしふわふわで気持ちいいし今日はなんか安眠できそう。棘くんもたくさん寝てね、おやすみ」

 その言葉に小さく鳴いた棘くんを確認して私は早々に意識を手放した。





「にゃーん」
「んー……待って棘くん、今起きる」

 鳴き声のまま、と言うことはまだ戻ってないのか。
 しぱしぱと薄目を開いて見た室内が柔らかい光に包まれていたから朝だということは分かっていてもまだ布団からは出たくない。せめて起きる前にもう一度だけ、そう思ってあたたかいぬくもりを手繰り寄せるように隣へ擦り寄って違和感に気付く。
 あったかいけど、もふもふしない。

「にゃーん」

 鳴き声……ん? でも今の声って。
 そう思って重い瞼を持ち上げればすぐ至近距離に棘くんの顔があった。もちろん人間の、元に戻った姿の棘くんの顔が。

「えっ、戻ってる」
「しゃけ」
「そっか、良かった。あ、おはよう」
「ツナ」

 そこまで言って思い出す。待ってこの感覚、そう、肌の感覚。棘くん服着てないんだった!

「ちょっと待って、す、少し離れませんか?」
「いくら?」
「何でって棘くん今の状況分かってる?」 
「にゃーん」
「にゃーんじゃない! 離れて、服持って来るからっ」
「おかかぁ。めんたいこ?」

 最初に擦り寄って来たのはなまえでしょ? そう言われて直の肌の温もりに抱きしめられればもう身動きが取れない。
 そうだ元来この子はこういう悪ノリ大好きっ子だったと心の中で諦めて「少しの間だけだよ」と小さく言えば綺麗な顔を綻ばせて笑うものだからあまりの愛しさに大人しく身を委ねるしかなくなるのだった。


 五時十二分、たくさんの癒しとぬくもりでゆっくりと眠らせてくれたお返しにこの朝のひと時を君にあげるよ。おかえり、棘くん。