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秘め事



※狗巻家を捏造しています。
※捏造設定によるものですが、後半棘くんが普通に喋ります。
※夢主に強めの設定があります。






















 ここに来るのは初めてじゃない。高専に通い始めて寮住まいをする前は年に数回はあった。それくらいには両家の関係性が密であったからだけど、決してそれは対等ではない。優劣があり超えることのできない目には見えない壁がある。



「旧年中は公私ともにひとかたならぬご厚情を賜り誠にありがとうございました。本年も幸多き一年となりますようお祈り申し上げます」

 両親と共に居直りその言葉と共に頭を下げる相手は狗巻家の現当主、つまり棘のお父さんだ。

「ありがとうございます。こちらこそ本年も変わらずよろしくお願いいたします。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます」

 所謂新年の挨拶、毎年決まって一月二日の日はこうして狗巻家を訪れる。そこそこに歴史の長い呪術師の家系であり、一家相伝である『呪言』を有することから御三家とは言わずとも狗巻家も名家だ。うちの家系はそんな狗巻家と昔から複雑な繋がりがある為にこういう場にはよく顔を出している。小さい頃から同い年で幼馴染でもある棘に会えるからと、こうして狗巻の家に来るのは嫌いではなかったけど、今年は少し複雑な気持ちだった。

「なまえちゃん、いつも棘が世話になっているね」
「とんでもありません。私の方がお世話になっているくらいです」

 棘のお父さんにそう言われ、笑顔で返すと少し後ろの方に控えていた棘と目が合った。いつもの高専の制服姿ではなく着物姿で普段隠されている口元も当然の様に晒されている。例年そうなのだからわかってはいたのに、今年はその棘の姿がまた一段と違って見えた。

「では挨拶はこの辺にしましょうか。ささやかですが奥に食事を用意していますので、ゆっくりして行ってください」
「ありがとうございます」

 両親と共にもう一度頭を下げて促されるままに屋敷の奥へと進む。その時一瞬すれ違った棘ともう一度視線が交わって、にこりと微笑まれれば冷静を装っていた表情があっという間に崩れてしまいそうになるものだから、キュッと唇を引き結んだ。



 通された大広間には私たち家族以外にも同じ様にして挨拶に訪れた人たちが既に沢山いた。これも毎年のことで今更驚きはしない。ただ幼いからと特に周りのことは気にせずに棘と楽しく遊んでいるだけでよかった頃とは全く違う。高専に通い始めた歳ともなれば、先程の棘と同じく大人たちに混ざって挨拶をしたり、社交辞令が飛び交う会話の中に溶け込まなければならない。それもここへ来るのに少しだけ気が引けていた理由の一つでもあった。
 狗巻家との関係を密にしたい人たちは沢山いる。だから対等な家系にある人たちはこういう場に決まって子息、息女を連れて来ていた。うちみたいに狗巻を支える側の家系の子供がここへ来るのとは全く違う目的でだ。年始の挨拶だし私だって着物を着てここへ来ているわけだけど、そういう家のご息女たちはもっと自分を着飾って来ている。言わずもがな、狗巻家の末裔である棘との縁談のきっかけを掴もうと躍起なのだ。それを考えると胸の内が澱んだように重くなって無意識に小さな溜め息がこぼれる。
 私がもやもやしてもしょうがない。昔から呪術師の世界なんてのはこういうものだし、私より大変なのは棘の方なんだから。こうして外から人を招く日は特殊な結界が張られているからこの屋敷の中では呪言が無効化されているし、今日は普通に会話ができてしまうばかりにそういった相手と嫌という程話をしないといけないはずだ。

「なまえお腹空いているなら何かいただいてらっしゃい」
「うん。とりあえず飲み物だけ貰って来ようかな」

 両親は毎年この場では食事どころではないと言った様子だから一人でそっと席を離れた。正直ここのお屋敷のことはよく知っている。純粋な狗巻の人たちを除けば、誰よりも棘と一緒にいる時間が長かったからいつも二人で家中を駆け回って遊んでいた事もあって屋敷の造りは頭に入っていた。

「あらなまえちゃんかしら?」
「こんにちは、お久しぶりです」

 顔見知りのおば様に声をかけられ柔かに返事を返す。定型文の様な新年の挨拶を幾つか交わしていると後ろからその家の子息が顔を出した。

「やあこんにちは、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「少し見ないうちに綺麗になったねなまえちゃん」
「そんなことないですよ。こういう格好も相変わらず不慣れだし、自分で言うのもなんですけど馬子にも衣装って感じです」

 私や棘よりもいくつか歳上のその彼はよく知っている人だったし、お母様が側にいるのもあって適当には流せずにそのまま話を続けていた。すると出迎えの挨拶を済ませたのか御当主の後に続いて棘も広間に入って来るのが見えた。

「私はもう一度ご挨拶に行ってくるわ」

 そう言ってこの場を離れていくおば様に、できれば息子さんも連れて行ってくれればいいのにと思いながら小さく会釈をする。ついさっき挨拶はしているだろうに一瞬にして周りに人集りができていて棘の姿はすぐに見えなくなってしまった。

「あっちの子供たちは大変だよね」
「そうですね」
「ま、俺たちみたいな側近の家系にはあまり関係ないけど」

 その言葉が胸に刺さる。呪術師の家系にはっきりとしたランクがあるわけじゃないけど、私たちみたいな支える側の家系から狗巻に嫁入りしたり婿入りするということはほとんどない。
 だから私と棘が付き合っていることは二人だけの秘密。付き合うようになったのは高専に通い始めてからだし、この秘密を抱えてこういう場に赴くのも初めてだからこうしてずっともやもやしているのだ。

「じゃあこっちはこっちで楽しくやろうか」
「え?」
「せっかく美味しそうな食事もあることだし、どうせなら可愛い子と一緒に食べたいからさ」

 待って、と言いたい私のことなんて無視で歩き始めた彼に手を引かれ、断れないままに広間を進むと華やかに着飾った女の子と話をしている棘の姿がチラッと見えた。いつも決まった単語でしか話せないからこの日は特別で大好きな日だったのに、話をする相手が自分ではない別の子なんだと思うと胸が苦しくなる。
 しょうがないこと、棘の気持ちはちゃんとわかってる。そう思っても私たちの間には今はまだどうしようもない壁があるのだと思い知らされる。

「どうかした?」
「あの、手はさすがに離して欲しいです」
「ああ、ごめんね。もしかしてなまえちゃん彼氏とかできた?」
「何でですか?」
「昔は手を繋いだくらいでそんなこと言わなかったからさ」

 にっこりと微笑んでそう言う彼の勘の鋭さにドキッとする。でも高専通いで彼氏ができたと知れたら候補者の少なさ故に棘との関係が知れてしまわないとも限らない。高専の生徒なんてそれくらいに少ないのだ。

「まさか、私に彼氏なんて」
「本当に? すごく可愛くなってるから誰かに恋して染められちゃったのかと思ったんだけどな」
「染められるって、」
「女の子ってね、恋するとどんどん可愛くなるんだよ」

 「はいどうぞ」と続けて渡されたグラスを「ありがとうございます」と言って受け取ると「昔と違って敬語になっちゃってるしちょっと悲しいな〜」なんて軽い言葉が返ってきてもうなんて返していいのかわからなくなる。

「あの、ごめんなさい、私少し御手洗に」
「そう? 行ってらっしゃい」

 相変わらず人当たりのいい笑顔を向けられてどこか気まずさを残しながらもその場を離れた。
 大広間を出て忙しそうな女中の人たちとすれ違いながら見知った屋敷内を静かに歩く。勿論本当に御手洗に行きたかったわけじゃないけど、あの場は居心地が良くなかった。とは言えあまり勝手をするのは良くないだろう。昔とは違い棘が一緒にいるわけじゃないから見つかれば普通にお咎めものかもしれない。
 それでも今はまだあの場に戻りたくなくてどこか一人になれる場所……そう考えた時とある場所が脳裏に浮かんだ。幼い頃棘とこっそり隠れて遊んだ部屋。中庭に面したその部屋から見る景色が私は大好きだった。雪が降っていれば尚更。
 思い出したら勝手に足がその場所へと向いていた。奇跡的にほとんど誰にも会わずに済んですんなりとその部屋へと辿り着き、部屋の襖を開ければ見たかった景色が視線の先いっぱいに広がっていた。

「わあっ!」

 何度も見た、棘と一緒に。鮮やかに咲き誇る寒椿に真っ白な雪が重なるその景色。この景色を見る時、決まって隣に棘が居てくれることが嬉しかった。でも今年は無理だろうな、そう思った時襖の引き手に添えたままだった手が突然誰かに掴まれ、その人が勢いよく室内へと滑り込んで来た。咄嗟に出そうになった声を封じる様に口元を抑えられれば自然と身体は強ばる。でもその人の姿をちゃんと目にした瞬間その声は喉の奥にスっと消えていった。

「シーッ」

 私の口元を覆っていた手を離しそう言って人差し指を顔の前に立てて笑っているのは棘だった。

「棘なんでここに、」
「それはこっちの台詞」

 久々に聞いた棘の素の言葉。初めてじゃないのに久々となればやっぱり少しドキドキする。

「戻らなくていいの?」
「いいよ。少し休憩したかったし」

 そう言って掴まれたまま握られてしまった手に力を込めてくる棘に窓辺まで手を引かれて行く。今年は一緒にこの景色を見ることは出来ないだろうとついさっきまで思っていたのにこの展開はなんだろう。

「今年も綺麗に咲いたね」
「うん」
「なまえうちの椿好きだしここかと思って来てみたけど、当たってて良かった」
「私の事探してたの?」
「広間から出て行くの見えたから」

 隣に並んで中庭を見ていた棘はそこまで言うとそっと身体を引き寄せてきた。
 高専で二人だけの時にこうするのとは訳が違う。何となくいけない事をしている気持ちがどこかにあるからか、バクバクといやに早くなる心音が棘に聞こえてしまうんじゃないかと少し不安になった。

「さっき、少し焦った」
「え?」
「なまえが手を引かれて歩いてるの見えたから」

 それがさっきの彼とのことだということはすぐに理解した。あれだけ周りに人がいたのに見られていたなんて。でもあの状況の中でも棘が私の存在を気にかけていてくれたことが嬉しい。

「あれはたまたま会って流されちゃっただけだよ。それに、私はずっと焦ってますけど?」

 抱き締められたままだった胸に手をついて距離を取り、態といじけた表情を作って棘の目を見ると「それは、ごめん」と心底申し訳なさそうに言われる。別に謝って欲しかったわけじゃない。こうなるのはお互いわかっていた事だ。だから今これを言ったのは、ほんの少し棘に甘えたかったから。

「じゃあ安心させてくれる?」
「安心?」
「そう。また暫くはこんな機会ないだろうから棘の声で安心させて?」
「ああ、そういうこと」

 私の言葉を聞いてその意味を理解した棘はクスクス笑ってもう一度私の身体を抱きしめる。耳元で聞こえるその笑い声すら心地いい。棘の優しい声音が大好きだ。
 ついつられて笑っているとコツンとおでことおでこをくっつけた棘がずっと言って欲しかった言葉をくれた。

「好きだよ。他の誰も目に入らないくらいなまえが好きだ」
「もっと」
「もっと?」
「うん!」

 そう言って我儘を重ねる私に「はいはい」と可笑しそうに笑って、これでもかというくらい愛の言葉を囁いてくれた棘にここへ来てからのもやもやはあっという間に消えていく。

 明かりひとつ灯らない部屋の中、庭に積もった真っ白な雪に淡く照らされながら過ごすこの時間は二人だけの秘め事だ。誰にも聞かれてはいけない愛の言葉も、幾度となく重なる影も、ただ雪に濡れた真っ赤な椿の花だけがこの愛の証人だと言うようにそっと見守ってくれていた。