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こい願わくは



 昔から死の気配を感じることが多かったせいか、私はそれに対して嫌だとか怖いとか思うことが少なかったと思う。唯一それに心を揺さぶられたのは両親を目の前で亡くした時だったけど、それももう十年以上昔の話。最近ではそのことを思い出しても心が掻き乱されることは少なくなっていて、自分がいかに死と隣り合わせで生きているかを嫌と言うほど感じてた。
 あまりに近い死の気配は感覚を狂わせるんだと思う。


「……ん」

 そんな私にも最近変化があった。こうして隣に並んで眠り朝を迎える相手ができたことだ。
 大勢とは言わずとも複数人が一緒に生活する寮でこんなことをしていていいのかと少し反省しなくもないけどこうすることはやめられない。特に重めの、人死にの出た任務があった日なんかはどうしても棘の近くにいたいと思ってしまう。傍にいて抱きしめて、抱きしめられて、棘の優しい心音を聞いていたい。大好きな人もこんな自分もちゃんと生きていると感じていたかった。
 朝日の差し込むカーテンの隙間をぼんやり眺めて小さく息を吐き隣で身じろぎした棘の髪にちょっとだけ触れてみる。本当に指通りは良いし多分私の髪よりも艶もある気がする。何のションプー使ってたっけな、もう何度も訪れている棘の部屋のことを思い出してみるけどシャンプーの品名までは思い出せなくて考える片手間に手にしたひと束をすりすりと擦り合わせていると「…いくら?」と寝起き特有の掠れた声が耳に届いた。

「あ、おはよう棘」
「しゃけ」

 棘の髪から手を離しにこりと微笑む。それを見て棘も眠そうな瞳を細めてくれる。
 死の気配の全く感じられないこういう朝は幸せだと思う。まったりと時間を忘れて目を覚ましてお腹が空くまで布団の中で戯れ合って、流れる時間も空気も穏やかであったかい。
 きっと外ですれ違う一般人はこんな十代そこらの高校生が命をかけて呪霊なんかを祓っているなんて思いもしないだろう。そしてそんな私たちが死に飲み込まれてしまっても誰一人気付かない。身寄りのない私なんかは特にそうだ。

「高菜?」
「んー、私がこの世界からいなくなったら誰か気づいてくれるのかなって考えてた」

 私の落とした言葉に棘は黙って耳を傾けていてくれる。

「私は身寄りがないから一人だし、もしも単独任務とかで死んだらさ、誰が気づいてくれるんだろうなって」
「おかか、明太子」
「そりゃ棘やみんなは気づいてくれるだろうけどね」

 全力で、自分たちが気付く。と返してくる棘に笑顔になる。それはそうなんだけど、もしも……

「もしもさ、みんなの中で幸か不幸か私だけが生き残ってた場合、私が死んだ時はきっと誰にも気付かれないんじゃないかって思うと少しだけ不安になるんだ」

 どうせ命をかけて死ぬなら誰かに感謝されたり頑張ったねって労ってもらって死にたい。できることなら本当は、大好きな人の傍でその温もりに包まてれ眠りにつきたい。少し前までこんな風に思うことはなかったのに、棘に出会って死の気配に何も感じていなかった私がこうも変わってしまった。誰かを好きになるってこういうものなのだろうか。

「いくら。こんぶ、ツナマヨ」

 私のこぼした不安を全部纏めて拾い上げるような優しい声色で棘は言う。
 大丈夫。一人にしたりしない、その時は一緒にいてあげる……って。
 こんな話をする高校生がこの世にどれだけいるだろう。でも私たちにとってはこれが日常で、いつ死んだっておかしくなくて、一日一日、一分一秒その全てが大切な時間だから。

「ありがとう。棘と一緒なら怖くないね」
「しゃけ」
「んーッ! 無駄な心配してたらお腹すいてきちゃった、朝ごはんどうしよっか」
「すじこ?」
「いいね! 私行ってみたいお店あるんだ、そこでもいい?」
「ツナツナ」

 そう言いながら起き上がった棘が額に優しくキスをくれるから、私の小さな不安はくすぐったいと笑い合う二人の声の中に静かに消えていった。


 こい願わくは、貴方の傍で笑っていられるこの穏やかな時間がいつまでも、いつまでも続きますように。