今際の際に
心臓に響く轟音に重い瞼を持ち上げれば、視界いっぱいに花を模した光がチラチラと散らばっていた。
「…綺麗」
「すじこ!」
状況に似つかわしくない私の言葉に、そんなこと言ってる場合じゃない!と、上から降ってくる棘くんの言葉には怒りと焦りの色が滲んでいる様に聞こえた。
派遣された任務先で予期せず格上の呪霊と相対した私は致命傷と言えなくもない傷を負って劣勢を強いられていた。多分棘くんの到着があと5分でも遅かったら今頃呪霊に喰われていただろう。
だから腹部を濡らす生ぬるい感覚に不快を覚えながらも、闇の中に光る大輪の花火と、大好きな棘くんの顔を見られてとても不謹慎なことを呟いてしまったんだ。
だってもしもこれが私の最後だとしても、最後に目に映したものがこれならなんかスッと受け入れられてしまうから…
「おかか!ツナ」
寝ちゃダメだ!すぐに助けが来るから。遠退く私の意識を繋ぎ止める様に言葉を発する棘くんの顔には私を庇って戦った時にできた傷があって、そこから赤い血が流れていた。
綺麗な顔に傷付けさせちゃったな、なんて自分の状況は棚に上げて思いながら重たい腕を持ち上げてその傷にそっと触れる。
「痛くない?」
「おかか」
「良かった。跡が残りそうな傷じゃなくて」
呑気なことを言っている私に怒っているのか眉間にしわを寄せる表情に少し申し訳なくなる。
でももしも好きな人の顔に自分のせいで傷を残してしまったらそれは悲しいから。
その時棘くんのスマホから着信を知らせる音がして、私から視線を外した棘くんは通話相手との話に集中しはじめる。おそらく花火の音が通話を邪魔しているんだと思う。
もう間もなく助けが来るのだろうけど、私の命はそれまで保つだろうか。この失血量、反転術式が使える呪術師がいたとして、五分、かな。
死の間際だからだろうか、そんなことが冷静に考えられた。
通話中も私の手を握りしめていてくれる棘くんの手が温かくて、嬉しくて、どうせ死ぬなら最後くらい許されるかなってそう思った。
「……棘、くん」
「!」
まだスマホに耳を預けていた棘くんの口許を隠す制服のジッパーに手をかける。戦闘中以外には見る機会の少ない蛇を連想させる呪印が施された口許が現れた。
うん、やっぱりかっこいいなぁ。
「ツナ、マヨ?」
最後の力を振りしぼったにしてもこの状況で急に身体を起こした私に驚いているのか、露わになったその口許はおにぎりの具を呟いて僅かに開いたままになっている。
「ふふっ、大好き」
その表情さえ愛おしくて、今まで言いたくても言えなかった言葉がスルッと溢れた。そしてそっと唇を寄せる。
最後に棘くんを少しだけ頂戴。
私がどこにいってしまっても大好きなあなたを忘れない様に。