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この季節を愛して



2020.12.07 happy birthday 五条悟

























 世の中が一年の終わりを意識し始める頃、空気は一気に冷え込んで人肌が恋しくなる。寒さに弱い私は数年前までこの季節が心底苦手だった。だけど今ではこの凍えるような季節が愛おしく思えるのだから不思議なものだ。

 
「着いた、日本……」

 飛行機から空港内へと降り立てばそこは当然のように大勢の人で溢れていた。それでも久々に聴く母国語になんだか少しホッとする。
 と、そんなのんきなことを考えている場合じゃない。今悟はどこにいるだろう、高専? それとも任務に出ているだろうか。サプライズのつもりで海外での任務を早急に片付けて帰ってきたけど、よりにもよってひと月以上かかる任務だったし、やることは多いし、だいぶ日程を前倒したせいで肝心の悟とまともに連絡が取れていない。
 遠方の任務に出てたら終わりだな、そう思いながら荷物を受けりスマホの機内モードを解除した数秒後、けたたましく着信音が鳴り響いて驚いた。更に驚いたのはそこに表示されていた名前が今まさに考えていた恋人のものだったからだ。

「もしもし、」
「なまえ今どこ?」
「えっと、なんで?」

 前述した通り今回の前倒し帰国はサプライズのつもりなのだ。ここで素直に空港です、なんて言ったらなんの意味もない。

「何回か連絡したけど繋がらなかったからさ。任務で怪我でもしてるんじゃないかと思って」

 声色は明るい。それに勘付かれてる様子も、多分ない。

「大丈夫だよ、私だって一応一級術師ですから」

 よく悟に対して言う台詞を口にして笑ってみせる。そうしながらも少しでも早く移動したくてタクシー乗り場の位置を確認していた時、悟の声の奥から聴こえる騒音に違和感を感じた。
 私のいる場所、つまり空港、本来そこでしか聞こえない発着アナウンスが聞こえてきたのだ。一瞬自分が今直に耳にしている周りのアナウンス音かと思ったけどどうも違うらしい。ということは、もしかして……。

「ねえ悟」
「なに」
「悟は今どこにいるの?」

 まさかの展開を想像して恐る恐る聞いてみたが、悟から帰ってきた言葉はなんとも意味深な答え。

「あ〜、任務というか責務遂行中でね」
「責務?」
「ちょっと人の迎えに来てんの。この忙しい僕が直々に」

 楽しそうな声でそう言うものだからやっぱり私の勘は間違いでないんだろうと確信してしまう。というか何で分かったんだろう。そう思いながら広い到着ロビーの出口ゲートが見えてきたところで、その先にいる私服にサングラスをかけた悟の姿を見つけて溜め息と笑いが一緒になって出てしまった。

「おかえりなまえ」
「ただいま」

 最初に顔を見るとき口にしたかった言葉はこれじゃなかったんだけどな、そう思いながら笑顔を向ける。

「僕のお迎え付きなんてなまえくらいなんだから感謝してね?」
「嬉しいけど自分で言っちゃうんだもんな。で、誰ときたの?」
「誰って僕だけ……あ、伊地知のこと?」
「やっぱり伊地知くんか。彼忙しいんだからあんまり私用に借り出したら可哀想だよ」

 話ながらもさっきから悟がめちゃくちゃ人目を惹いていることが気になって仕方がない。自分の恋人に対して言うことじゃないけど、私服にサングラスじゃイケメンがダダ漏れだもん。

「ちょっとこっち」

 そう言って悟の手を引き極力人気の少ない場所へと移動してからその手を離そうとしたのに、悟は繋いでいた手の指を絡めてきて離してはくれなかった。

「悟?」
「少し尋問しよっか」
「尋問!?」
「そっ。そこそこ危険な任務を一週間以上早く切り上げてきた理由は何?」

 声音は優しいのにサングラスの奥から私を見据える眼には確かに怒りの色が滲んでいる。
 でもこの展開は予想できていた。多少無理をしたのは事実だ、そして海外だけにいざという時他の術師の手が借りられない分確かに危険度は上がる。出国前にも悟には散々気をつけろと言われていたのだ。だから下手な嘘をつくことはやめておいた。

「……今日に間に合うように、帰って来たかったから」

 チラッと視線だけを持ち上げてそう言うと悟は呆れた顔をして盛大に溜め息を吐く。それはもう態とらしく大袈裟に。

「なまえってさ、本当に僕のこと大好きだよね」

 自意識過剰め。まあ本当だから何も言い返せないんだけど。

「好きだったらダメ?」
「全然、もっと好きになってもいいよ」

 そう言って私の頭をくしゃりと撫でた悟の眼からはさっきまでの怒りの色は消えていて私の好きな優しい眼をしていた。

「けど、危険と引き換えにこういうことするのはちょっとお説教ものかな」
「誕生日一緒に祝いたくて頑張ったんだけど、嬉しくなかった?」
「そりゃ嬉しいけどさ、それでもし大事な子が命落としたりしたら笑えないでしょ?」
「まあ確かに」

 それを言われるともう私の負けだ。死んでしまえば元も子もない、というか最悪の誕生日にしてしまう。

「だから次からこんなことはなしね。僕は逃げないんだから日付がズレても祝ってよ。なまえが祝ってくれるならいつだって嬉しいし」
「うん」

 未だに繋がれたままの手にぎゅっと力を込める。誰に聞いたのかは分からないしサプライズは大失敗に終わったわけだけど、忙しい中こうして迎えに来てくれた事は素直に嬉しいから。

「よし、今日は悟の好きなもの作るね! ケーキはどこのがいいかな」
「えーっ、ケーキも手作りじゃないの?」
「難易度高いもん……それにどうせなら美味しいのが良くない?」
「僕はなまえの作ったのでいいんだけど」
「お願い、ご飯だけで許してください。お店教えてくれたら買ってくるから、ね?」
「なんで一人で行く前提で話してんの、僕も行くよ」
「え、悟もしかして今日休み取ったの?」
「当たり前じゃん。ひと月ぶりの彼女の帰国と僕の爆誕デーだよ、誕生日休暇くらい許されるでしょ」

 さも当然といった表情で言う悟に笑顔になる。じゃあ今日は一日一緒に居れるってことだ!

「なに、そんなに嬉しい?」
「だって丸々一日一緒にいれることなんて滅多にないもん。なんか悟のって言うより私の誕生日みたい」

 あまりにも嬉しくて恥ずかしげもなく満面の笑みを向ければ「そりゃよかった」と少し視線を外された。たまに見せるこれが悟の照れ隠しなのを私はちゃんと知っている。

「そうと決まればとりあえず家に戻ってまずは伊地知くんを解放してあげよう!」
「え〜いいじゃん、伊地知いた方が何かと便利だよ?」
「ダメに決まってるでしょ。それに、私は悟と二人きりがいいの」

 そう言いきって軽快に歩き出せば「それもそうか」と後ろから納得する声が聞こえてきた。


 外へと出ればやっぱり空気は冷たくてさっそく冷えはじめる手を悟の腕に回す。身長差があるから手を繋いで歩くのもポケットに手を突っ込むのも少し難しいけど、悟の隣を歩けるだけで、その温かさを分けてもらえるだけで私はこの季節が好きになれたんだよ。

「悟、」
「ん?」
「言うの遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」

 見上げた先の綺麗な青が嬉しそうに細められたのを見て、ああやっぱり私は悟の生まれたこの季節が好きだなと思わずにはいられなかった。

生まれてきてくれてありがとう。
今年もまたこうして隣にいてくれてありがとう。