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変わらないもの



世界が石化する前、俺には一応恋人って言える奴がいた。こんな科学にしか興味がない俺なんかに飽きもせず何度も 好き だと言ってくる奴は後にも先にもあいつくらいしかいないだろう。

石化から目覚めて最初に考え探した相手はデカブツ。この先のことを考えれば合理的に言ってそうなる。俺一人だけじゃ手に負えないことは山ほどあるからな。
それでもあの時同じ校舎内にいて、いつものように俺のいる科学部の部室に来るはずだったなまえが近くにいる可能性は高い。だから探した、ついでじゃなく俺の意思で。



「はっ、こんなとこにいたのかよ」

なまえは森の一部と化すように地面に横たえ周りに自生した草花に囲まれていた。俺の目覚めた場所から思ったほど離れてはいなかったが背丈の高い草木によってその姿は隠されていたらしい。
何かを手にしそれを眺めていたような格好、表情は笑っているように見える。こりゃあれだ、スマホ見てた感じだな。

確かあの時、デカブツと杠の姿を窓から眺める直前なまえに連絡をした。『今から行くね』といつも通りの言葉となまえお気に入りの謎キャラのスタンプ。それに短く返事をして、続けて一言『今日は早く帰れるぜ』そう送ったのは付き合ってからというものまともにデートとかそういう恋人らしい事をする時間を取ってやれなかったからだ。
基本それでも文句は言わず杠やデカブツと一緒になって科学部の実験やら手伝いやらを率先して引き受けていたなまえが「たまにはデートがしたいなぁ」と独り言のようにこぼしていたのを聞いた時はさすがにまずいと思ったが、正直付き合ったからって何すりゃいいのか分かんねぇし、俺なんかと一緒にいて楽しいのかも謎だった。
それでも送ったメッセージに速攻で返信が来て無駄にハートマークが飛び交うガチャガチャした画面を見た時には、らしくなくも笑ってしまったのを覚えてる。
まあ、今となっちゃあの日なまえがどこに行きたかったのかも何をしたかったのかも分かんねぇし、聞きたくても本人は当然石化しちまったまんまなんだが。

「聞いてっかなまえ、目覚めたら何したいか考えとけよ。なーんもねぇストーンワールドでできることなんて限られてっけどな」

冷たくて硬いなまえに触れながらあの時確かに 好きだ と思っていた笑顔を静かに見つめた──。






「あー疲れた!今日もよく働きました!」

三千七百年前に比べると心許ない灯りの下でなまえは無遠慮に身を投げ出しラボの床に座り込んだ。

「おい、薬品扱ってんだその辺に転がんなよ」
「分かってる。それより、千空も一緒に休憩しない?」
「……」
「ねぇ、」



手許の実験に気がいって言葉を返しそびれた。どれだけの時間狭いラボの中に沈黙が続いたかも分からない。それでも、あ、ヤベェ……と思ってなまえが座り込んでいた後方に視線を投げるとこっちを見て微笑んでいるなまえとカチリと視線が交わった。

「……んだよ」
「楽しそうだなって思って」

それは石化前にも何度も聞いた台詞。科学ばかりに時間を割く俺に嫌な顔一つせず、いつも笑って傍で見てやがる。俺は心底楽しくて好きだと思えることに没頭してるがなまえはそうでもねぇはずなのに、だ。

「お前は楽しいのかよ」
「ん?」
「だから……いつもこんなことばっかしてる俺見て笑ってんだろうが、三千七百年前からずっと」

視線はとっくに机上に戻していた。こんなこと目と目を合わせて言えるはずねぇ。それでも聞いてみたかった、あの頃は聞けなかったそれをなまえの口から。

「楽しいって言うのとは少し違うけど、そうだな……強いて言うなら“やっぱり好きだなぁ”って思うの」
「は?」

とんでもなくストレート、それは割と昔からだ。おかげで一瞬手許の作業をとちりそうになった。
俺をここまで動揺させるのはいつだってなまえくらいで、そのストレートな言動に他の奴らからは感じえない感情をいつも引き摺り出される。

「私は科学に向き合ってる千空を好きになったから、子供みたいに目をキラキラさせて科学に没頭してる千空のこと見てるのが好きなんだよ。だからね、」
「ちょ、待て待て!ストップだ!」

防御のないところへ一方的に攻撃をされている気分になり更にその先を続けようとするなまえの前に手を翳して言葉を止めさせる。

「……それ以上はいい」
「あはは、相変わらず照れ屋だなぁ」

楽しそうに笑うなまえから視線を逸らして溜め息を吐けば、「じゃあ今度は私が質問してもいい?」と軽やかな声が響く。

「なんだよ」
「どうして私を起こしてくれたの?」

それはまあ不思議と捉えればそうだった。
形はどうあれ司達と和解した直後復活液を一人分譲ってもらった俺は誰にも何も言わずに一人でなまえを復活させた。今の状況では復活液一人分の精製にも時間がかかる、そして言わずもがなそれは極めて貴重なものだ。

「杠に聞いたの、復活者の選定はそれなりに復活させるに値する人だったって。そりゃ千空の率いる化学王国が勝利したわけだから誰を復活させても良かったのかもだけど。ほら私特に才能とかないし、そう考えると合理的に考えて私を復活って普通ないよなって思って……」

次第に声のトーンが落ちていくなまえの方を向けば今度は顔ごと視線を床に落としていた。
ったく、普段はなんでもかんでもストレートにぶつけてくるくせに、めんどくせぇ。

「あ゙? そんなの理由なんか一つっきゃねーだろ」
「え、」

“一つしかない理由” その言葉に反応して顔を上げたなまえの顔は見なかった。次に言う言葉があまりにも自分に不似合い過ぎて。どうせ一瞬ぽかんとした後すぐにいつもの笑顔になる、それでいい。こいつは俺の傍でいつまでも幸せそうに笑ってれば、それで。

「俺が復活させたかった。完全に俺の独断と我儘ってやつだ、それ以上も以下もねぇよ」

全くと言っていいほど反応のないなまえにしょうがなく視線を戻せば、大きく目を見開いて ぽかん どころではない表情をしていた。驚き、それとも喜びの天元突破か? そう思わせるような顔に呆れて笑ってしまう。

「んだよその顔は」
「いや、びっくりして。私って意外と愛されてる?」
「ぁあ゙?」

気恥しさから返事にも満たない返しで誤魔化した。それでもなまえは嬉しそうで一瞬見せた不安そうな表情はもう影すらない。

「そういや石化した日、何がしたかったんだよ」
「学校帰りのデートの約束?」
「……おう」
「特に何かあったわけじゃなくて、ただ千空を独り占めして二人だけの時間が欲しかっただけかな。そういう意味で言えばこの世界はかなり私に優しいけどね、今だってこうして二人きりになれてるわけだし」

そんなことかよ。随分遅くなったがこのストーンワールドで叶えてやれることなら叶えてやる、そう言ってやろうと思った俺が馬鹿みたいじゃねぇか。

「なまえ、お前ほんと変わってんな」
「えぇっ、千空にだけは言われたくないんだけど」



三千七百年の月日が経っても変わらない笑顔が今もこうして手の届く場所にあることを嬉しく思う。
まだ暫くは恋人らしいことなんて出来る気もしねぇが、科学に没頭する俺が 好き だって言うならせいぜい飽きられねぇように退屈しない未来を見せてやるよ。