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夏夜花



「はぁ…ドラマ、間に合わなかったら泣く」


送迎中の車の後部座席でぼそっと呟けば、伊地知が申し訳なさそうな声を上げた。いや、伊地知のせいじゃない。どうせ原因は隣の席で無駄に甘そうなコーヒーを飲んでいるこの男だ。


「ドラマなんて録画すればいいじゃん」
「リアタイするのと録画とじゃ全然違うの。放送終了後なんてSNSはネタバレの海なんだから。録画見る頃にはほぼ内容把握しちゃうんだよ」
「それって見なきゃいいだけの話でしょ、なまえってほんとに頭悪いよね」


こっちの気持ちを汲み取るなんてことはなく、逆に逆撫でする様な言葉を吐いて鼻で笑う悟にムッとする。


「すみません、こんな時間に任務を入れてしまって」
「伊地知は謝らなくていいの。どうせ言い出したのは五条でしょ?」
「うわ、ひっどーい!伊地知ー、なまえに言ってやって、僕のせいじゃないってさぁ」
「……」


悟のふざけたトーンの振りに伊地知は狼狽えながらも無言を貫くという小さな反抗をしてみせる。
本当にいつも可愛そう、というか私が絡む場合は申し訳ないとすら思ってしまう。ごめんね伊地知、今度ご飯でも奢るから。そう心の中で謝罪して小さく溜息を吐いた。

そもそも今日私には時間に余裕があったのだ。既に帳を下ろせる状況にあったならわざわざ陽が暮れるような時間帯に任務を入れる必要はない。
呪霊は一級、私も一級術師。普段は一人で任務に就くことの方が多いのだから特級に転じる兆しも感じもない呪霊相手に悟がくっ付いてくるっていうのが既におかしい。
だからこの時間帯も忙しくて手が回らなかった悟に合わせての強行としか思えないのだ。


「絶対に何か手回ししたでしょ?」
「大したことはしてないよ。それともなまえは僕と一緒の任務は嫌なの?せっかく彼氏のいいとこ見れるのに?」
「……仕事中」
「えー、またそれぇ?忙しくて顔見て話すこともなかなか出来ないんだからこんな時くらい喜べばいいのにさ。ほら、なんならいつもみたいに“悟”って呼びなよ」
「それ以上なんか言ったら本当に怒るからね。それに伊地知が困ってる」
「伊地知しか困らない、だよ。っていうか困らないでしょ別に」


まともに話が通じない悟に態とらしく溜息を吐けば、バックミラー越しになんとも居心地悪そうにしている伊地知が見えた。



·
·



「よーし着いた!帳も下りたし伊地知も帰した!ちゃちゃっと片付けよう……って、悟?」


現着してあとは呪霊を祓うのみと息巻いていた私とは裏腹に、悟はあからさまに機嫌の悪い表情を向けてくる。


「そんなにドラマ見たいの?」
「うん」
「僕とのデートより?」
「デートじゃなくて任務ですけど」


表情を変えることなく淡々と返せば「酷い!冷たい!」と女子みたいな言葉をふざけた口調で吐くから無視して歩き出す。

別に悟との任務が嫌いなわけじゃない。自他共に認める最強の男だからまず安心だし、確かにカッコイイところも見れる。基本的に黙って呪霊を祓っていれば心の底からカッコイイのだ。黙っていれば。
それに、こんなにふざけていてもこの最強呪術師様は超多忙。だからゆっくり合う時間は悟の言った通り本当に少ないし、出来ることなら私だって2人でゆっくり、


「なまえ」
「…ごめん、なに?」
「今僕の事考えてたでしょ?」


ニヤニヤ笑う口許に言葉が詰まる。すぐに見透かされるのが悔しい。


「ド真面目なまえが任務中に集中力を欠くなんて僕のこと考えてる時くらいだもんね」
「そこまで自惚れられるのって凄いと思うよ」
「でも事実でしょ?」


何も反論できずに視線を逸らす私を見て至極満足そうな顔をした悟は「じゃあデートして帰ろっか」そんなことをサラッと言って私より先を歩き出した。


「いや、時間が…」
「任務じゃなきゃいいんだよね、なら簡単だ」


それはドラマの放送時間に遅れることを指しているんだろうけど結構本気で見たい気持ちもある。もう少し言葉を選べば良かったと後悔するけど時既に遅しだ。


「まずは呪霊祓わなきゃだよ。その先は、それから決める…」
「いいよ。じゃあさくっと終わらせようか」


そう言ってアイマスクの端を持ち上げて見せた瞳には呪霊の事なんてこれっぽっちも考えてないと言わんばかりの楽しそうな色が宿っていた。多分これ私出る幕ないやつだな。



·



有言実行、まさにそれだった。
報告とは違い呪霊の数は多少多かったもののそんなの悟には関係なくてあっという間に一網打尽。私の出番なんて本当になかった。なんで私呼ばれたの?ってくらいあっさり。
まあ、そんなのこっから先の時間を確保する為だろうことは分かっていたけど、悟にしては嫌に遠回しというかなんというか。ハッキリ時間作ってって言ってこいばいいのに。
そんな事を思いながら「終わった終わった」と軽く手を払う悟に言う。


「それでどこに行くの?」
「ラブホ」
「帰る」


そういう気分で連れ出されたのかと思うと腹が立って悟に背を向け足早に歩き出す。別にそういうことをするっていうのが嫌なわけじゃないけど、それなら別の日にして欲しい。だってまだ今なら間に合うし。


「冗談冗談。はい、機嫌直して〜ちょっと飛ぶよ」
「えっ、」


笑いながら私の腰に手を回したかと思えば“飛ぶ”という単語をさらりと吐いて本当に飛んだ。
咄嗟に悟の胸元の服と回されていない方の腕にしがみつく。

一瞬にして変わった視界。着地はしたもののそこがどこなのか分からない不安から辺りを確認しようとしたその瞬間、目の前で大きな音と光が弾けた。


ドンッ!ドンッドンッ!


「っ!」
「お〜!絶景絶景」


目の前の暗闇が鮮やかに彩られていく。
こんなに近くで見るのは危険じゃないのか、と真面目なことを思う反面、身体に強く響く破裂音に不快を覚えるよりも綺麗なそれに見入ってしまった。


「…花火だ、久々に見た」
「だろうね」
「悟、もしかしてこれを見せたかったの?」


視線は花火から逸らさずに未だに私の腰に手を回したままの悟に問えば、まあね。と軽やかに返ってくる。
私も未だに悟にしがみついたままだったからゆっくり身体を離そうとしたけど、それは阻止されてしまった。


「ここなら誰にも見られないし大丈夫だと思うけど」


その言葉で思い出したように辺りを見渡す。どうやらここは高層マンションかビルの屋上のようだった。きちんと施錠がされているのだろう、こんなに絶好のスポットなのに私達以外に人の姿はない。


「最初から言ってくれれば良かったのに」


離れなくてもいい、それに素直に同調するのが恥ずかしくて離れない代わりに悟を見上げてそう言えば口端が上がって「僕よりドラマを優先するなまえが悪いんだよ」と言われた。

傍から見たらもうただ抱き合ってる様にしか見えないであろう久々の距離感に少しドキドキしてきたところで、次々と打ち上げられていた花火が一旦落ち着きを取り戻すかのように一際大きな花を咲かせて散っていった。


「それではなまえに質問です!」
「ぇ、急になに?」
「超多忙な特級呪術師の僕が、こうして無理矢理時間を割いてでもなまえに会いに来たかった理由はなんでしょう」


急かすように「10秒で答えてね、じゃなきゃ罰ゲームだよ」なんて言いながら秒数をカウントする悟は楽しそうで、私は今日何かあったっけ?とカウントに焦りながら考えるも、これと言った答えは出てこなかった。
その内にカウントは終わり、悟の胸元付近に視線を落として考え込んでいた私の顎を長くて骨張った指がクイッと持ち上げる。


「はい、答えは?」
「…わかんない」


小さく答えると「じゃあ罰ゲームだね」と言うのと同じくらいに唇を奪われていた。
それは長くは続かなかったけど、離れた瞬間に悟を見上げれば悟はいつも付けているアイマスクをスルりと外して私に軽くデコピンをする。


「いった、」
「本当なまえは自分のことに興味なさすぎ」
「どういうこと?」
「今日はなまえが生まれた日だよ。お誕生日おめでとう」


第2幕を告げるかのようにまた次々と打ち上げられる花火の音でその言葉は少し掻き消される。
そうだ、今日私の誕生日だった。じゃあ態々その為に…?
ピンと来た時にはまた唇を奪われてて、さっきとは違う深くて甘くて優しさも含んだそれにそっと目を閉じた。


これじゃ罰ゲームじゃなくてご褒美じゃん、そう思いながら。





−夏夜花−






「それじゃあ花火も見たし、気を取り直して行こうか」
「どこに?」
「この続きができるとこ」
「えっ、ちょっと」
「ふーん。じゃあ帰る?」
「……」
「うんうん、素直ななまえは可愛いね」