邂逅
※幼少期のお話です。
制服が重みを持った。
雨に打たれたとかそんなわかり易いことが原因ではなく、左前の直径二十センチ四方くらいだけが、だ。何が起こったのか、一瞬全ての動きを止めて下げた視線の先にはあまり周りでは見慣れない銀色が揺れている。
髪?子供?
一体何なのだと思ったところで持ち上がった銀髪の頭、そしてその下の双眼が私を鋭く睨みつけている。
「おい、何してくれんだよ」
「え、」
「弁償してくれんの?アイス」
アイス、アイス……?
そのフレーズと現状を脳内で繋ぎ合わせている内に甘ったるい匂いが鼻腔を擽ったけど、それは最悪な展開へのゴングみたいなものだった。
「っ!アイス?!うわっ、最悪!!」
案の定重みの原因はアイスだった。しかもチョコレート味ときた。取れるかなこれ。
慌てる私を他所にそのアイスを付けたと思われる当人は相変わらずの眼差しで私を見ている。いや待ってよ。私だって友人と話ながら歩いてたのは悪いけど、何でそんなに睨まれなくちゃいけないわけ?謝罪の一つも口に出来ないのかこの子供は。
「最悪なのはこっちなんだけど。買ったばっかでほとんど食べてないっての」
「そ、そうだったんだ。ごめんね」
「悪いと思ってんなら当然弁償するよね?」
落ち着け私、相手はどうみたって小学生。いくら横暴な態度だとしてもキレちゃダメ。わなわなと震える手を必死で抑える私に隣にいた友人二人が「まあまあ、落ち着いて、ね?」「アイスってどこに売ってるやつかな?」と目の前の子供に声を掛ける。
喧嘩っ早い性格は分かっているけど、さすがに相手が相手なだけにこの子供の発言に挑発されるのは不味いのだ。そしてきっと友人二人もそれを危惧している。
「はあ、やっぱもういいよ。あんたらみたいな金も持ってなさそうなブスに弁償してもらったアイスとか不味そうだし」
そう言って、ベーッ、と人を馬鹿にしたような顔で舌を出すその子供を見た瞬間、頭の中で プツンと何かがキレる音がした。
「……ちょっと、ブスって何。子供だからと思って黙って聞いてれば、君一体何様のつもりなの? 確かに私も悪かったけど、まず一言ごめんなさいも言えないわけ?!」
「ちょっと、私はいいから落ち着いて」
「落ち着けない!百歩譲ってアイスの事はいいとして、今のブスは取り消しなさいよ!」
「はあ?ブスにブスって言って何が悪いんだよ」
一切怯む様子のない子供に完全に怒りが振り切れてしまった。そしてそれを感じ取ったのか友人二人が私の腕を握って抑えようとした時、目の前の子供が向けてきた視線は完全に私達の動きを封じた。
「俺が何様かって? そんなのお前らみたいなクズには一生わかんねぇよ」
人のものとは思えない息を呑む程に美しい双眼。逸らすことも許されない様なその鋭い視線に射抜かれて初めてちゃんとそれを直視した。
何だろう、この異常な威圧感。そう思った次の瞬間その子供はくるっと背を向けて元来た道を歩いて行く。それ以上は何も言わずに。……そう、何も言わずに!
「ちょっと待ちなさい!」
「も、もういいよ。やめよ?」
「でもっ、」
「私ももういい。それになんか、あの子の眼、少し怖かった」
言葉尻を小さくしてどこか脅えた様に言う友人が見つめる背中は開いた距離の分余計に小さく見えた。
確かに不思議な眼だった。だけど私は怖いと言うより、なんと言うか胸が締め付けられる様な、寂しさに似たものを感じたけど……まあ、あの性格上それは無いか。
そんな最悪の出会い方をした悟との再会がたった数日先のことになるとは、そしてこの出会いが私の運命を大きく変える事になるとは、まだこの時は知る由もなかった。