君と歩く未来
小さな子供を連れた母親がさっきから何人か目の前を横切って行く。ようやく歩けるようになった子供もいれば、まだすやすやと母親に抱かれて寝息を立てている子供もいた。それをぼんやり眺めながらすっかり熱を失ったブラックコーヒーを流し込めば、決して身体には良くなさそうな味がひんやりと私の身体を満たしていく。
きっとあの母親達はブラックコーヒーとか飲まないんだろうな。あ、カフェインレスならいけるのか……?
「またガン飛ばしてんの?」
「飛ばしてません」
解釈違いな言葉を吐きつつ声を掛けてきた悟は甘ったるい匂いを漂わせるカップを手にしていた。そして燻らせる湯気が温かさを伝えてくるから冷えた手でそっと悟の手ごとカップを包んでやる。
「うわっ、冷たっ!」
「ふふ。あったかーい」
「……で、今日はどれだけここに居たの?」
溜息混じりに落とされた言葉に答える気はなかったし、多分悟もそれを分かってて聞いている。
ここは何時間だって居たいと思える反面、一秒たりとも留まりたくないと思える場所でもあるから。任務の最中に亡くした小さな命を思い出しては胸が張り裂けそうになる。私なんかの腹に宿ってしまったばかりに生まれ落ちることが出来なかったその命に私はいつまでも執着していた。
「なまえって引き摺るタイプだよね」
「否定はしないかな。ごめんね」
カップに添えたままの指で私よりも長い悟の指に触れながらそう零す。
あの一件以降付き合ったのは悟だけ。それが未だに続いている。小さな命と共に失った婚約者、そしてそれと同時に術師としても人間としても空っぽになった私。その全てを理解した上で私を受け入れた彼は普段の軽い口調や態度だけでは計れないほど本当はとても優しいのだ。まあそれを知ったのは付き合ってからだけど。
「そんなに欲しいなら作る?」
「え?」
「子供」
今まさに病院から出てきたお腹の大きな女性を見ながら冗談でもなさそうなトーンで言う悟にポカンと口を開けたまま言葉を失ってしまう。自分の立場や存在価値を理解して言っているのだろうか。術師の家系の出じゃない私との間に子供を作ることがどういう事か分かって言ってる?
「別にお腹にいた子の代わりにって言ってるわけじゃないよ。ただ、過去に囚われやすいなまえにはそういう選択肢もあると思うって話」
「そうかもだけど、悟はもっと他に、」
その先を口にしかけた私の両頬は、次の瞬間には大きな手で鷲掴みにされていた。力は加減されている様だからさほど痛くはないけど、外でこれはなかなかに恥ずかしい。
「もしかしてなまえ、僕以外の男との間に子供作ろうとか思ってた?」
「そうじゃなくて、……考えたこと、なかったから」
「あのねぇ、僕こう見えても責任はちゃんと取る方だよ?ちょっと面倒な家系だけど子供が自由に生きていける様にくらい根回しするし」
ペラペラと話す悟を未だに間抜けな顔で見ている自信はある。それくらい今悟が口にしているのは私からしたら現実離れしている話だったから。
「悟、私と結婚するつもりなの?」
「はあ?他に誰とすんだよ」
さすがに怒りの籠った言葉にパッとカップが奪い取られて手を離す。感情を隠しもしない宙色の双眼がサングラスの奥から睨んでくるから何も言葉を返せないまま苦い笑みを返せば、カップから口を離した悟はそれはもう盛大な溜息を吐いた。
「なまえの人生なんてとっくの昔に背負ってるつーの。だから安心して僕の隣歩いてればいいんだよ。分かった?」
「……うん」
不機嫌なのか自分で口にしておきながら照れているのか、悟の表情の真意は分からない。それでも私の間を空けた返事に「本当に分かってんの?」と顔を近付けて確認してくる悟に「プロポーズだと思っておくね」と笑って、触れるだけのキスを贈れるくらいには心の中が温かくなった。
外でこんなに大胆な事が出来る私は、きっと不安だらけだった未来にほんの少しだけ希望を持てたんだと思う。