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瞼にキスを



「京治くん早く」
「そんなに走ったら転けますよ」


最近、部活が休みの日の過ごし方が変わった。何より大きな変化は一人で過ごす時間が、二人で過ごすものに変わったことだ。



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夏が始まる少し前、まだ日差しも柔らかなそんな日に俺はこの人と付き合うことになった。突然発せられたその言葉には、日頃割と冷静な性格だと自覚している俺を一瞬でそれとは真逆のものにする程の威力があった。


「私ね、赤葦君のことが好きなんだ」


いつも木兎さんと一緒に体育館まで来ては楽しそうに部活を見学をし、猿杙さんや木葉さん達とふざけ合って笑っている。綺麗な人だけど笑顔が可愛いそんな人だ。そしていつの間にか俺は彼女を目で追う様になっていた。
話したことはほんの数回。

“こんにちは”
“光太郎いる?”
“今日の練習何時までかな?”

そんな部員なら誰にでも聞けるような些細な会話。それでも俺は嬉しかったし、それなりに緊張もしたが彼女は全く動じもせず質問を終えれば「ありがとう」と笑顔を残してその場を去る、ただそれだけの関係。
けど、だからこそ何故今この状況なのかがわからない。


「あの、今何て」
「え、もう一回?…赤葦君が好き、なんだけど」


「恥ずかしいから何回も言わせないでよ」と頬を赤くして小さく続けるみょうじさんに心臓がテンポ良く音を立て、部活終わりの疲れた体に変な緊張がのしかかる。


「俺ですか?」
「うん」


年上とは言え身長は俺の方が高いわけで、視線は必然的に見下ろす感じになり、みょうじさんは緊張しているのか口をきゅっと結んでチラりと俺を見る。


「…木兎さんや木葉さんじゃなくて俺なんですよね?」
「なんで今光太郎や秋ちゃんが出てくるの?」
「いや、いつも一緒にいるんで」


あんなにいつも一緒でそれぞれ名前で呼び合っているし、会話だけでなくみょうじさんが嫌がらないのを良いことに木兎さんなんかはスキンシップまで激しい。そしてやはりみょうじさんはそれを嫌がらない。だからてっきり俺は…


「光太郎達は一緒にいると楽しいんだよね。でも、彼氏としてそばにいて欲しいのは赤葦君なんです」
「……」


ずっと好きだった人にそんな事を言われて唖然とする俺に、みょうじさんは不安そうな表情で「ダメかな?」と零す。そんなことはない、返事は勿論、


「俺も好きでしたよ」
「えっ」
「木兎さん達見てて普通に羨ましいと思うくらいには、ちゃんと」
「本当?あんまり喋ったこと無いのに?」
「それを言うなら俺だって充分驚いてますからね。全く同じ事思いましたし」


俺の言葉に「そっか」と言って暫くぼうっと俺を見ていたみょうじさんだったが、だんだんと顔を赤らめていき「じゃあいいの?」ともう一度確認される。


「はい、出来れば俺から言いたかったですけど」


俺の返答に「その言葉だけで嬉しい!」そう言って満面の笑みをくれるみょうじさんの笑顔はやっぱり可愛いと思った。



·
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「海、やっと来れたね」


夏の間に一緒に行きたいと言われていた海にようやく来ることができた。
いつも部活がある俺に合わせてくれるなまえさんだったが、本当は凄く来たかったんだろう、子供みたいに砂浜を走りまわったり砂をいじってみたりと到着してから忙しそうにしていたが、少し落ち着いたのか今は履いていたサンダルを脱いで踝くらいまで海に浸かって水平線を眺めている。


「なかなか時間作れなくてすみません」
「わっ、京治君も入ったの?」
「海来たんですから少しくらい入りますよ」
「あはは、そうだよね」


後ろからそっと近付くと一瞬驚いて振り返るも、また視線を戻すなまえさんの背中は勿論俺より小さくて、でも年上の雰囲気を確かに持っていた。


「…もっと」
「ん?」
「行きたい所とかしたい事とかあるんじゃないんですか?」


今度の質問には流石になまえさんも俺の方にしっかりと向き直って目を合わせてきた。


「どうしたの京治君?」
「高校最後の夏休みじゃないですか」


俺の言葉にキョトンとした表情を見せて、その後何かを考えたなまえさんは両手を俺の頬に添えた。


「京治君」
「…はい」
「そんな顔してると…こうしてやるー!」
「いっ」


そう言って思いっきり俺の両頬を引っ張るあたり、やっぱり日頃木兎さん達とつるんでいるのが納得できる。少しでもいい雰囲気になるのかと期待した自分の思考が虚しく思えた。


「手加減なしですか」


片方だけ腕を掴むとなまえさんは「当然!」と笑ってまだ摘まんだままだった方の俺の頬を離してスルリと撫でた。


「京治君が私に気を遣ってばっかりだからお仕置きかな」
「意味分かんないんですけど」
「そのままだよ。大体、高校最後の夏休みとか人を年寄り呼ばわりして」


ぷくっと頬を膨らませて一生懸命腕を伸ばし俺の額を人差し指で突つく。


「年寄り呼ばわりって一つしか違わないですよ俺ら」
「じゃあなかなかデートできないのは自分の部活のせいだとか思ってるでしょ?」
「それは、まぁ…」
「ほらね、全然分かってない」
「なら分かる様に説明してください」


なまえさんと同じ様に俺にとってはバレーも大切で、それを大切にする俺になまえさんは一度だって文句を言わない。それどころか、受験生という立場上時間が惜しいだろうに公式じゃない練習試合でさえ毎回差し入れ付きで応援に来てくれる。そんな出来すぎた彼女に気を遣わないほど俺は能天気ではない。


「私がどうして夏が来る前に京治君に告白したか分かる?」
「何ですか、その質問」


内容が内容なだけに目を逸らすと「照れないの」と至って真面目に返された。


「…好きになってくれたからじゃないんですか?」
「それは当たり前。それにもともとずっと前から好きだったんだから。もう、京治君ってば試合中の頭の回転はどうしちゃったの?」


そう言って俺の胸に軽い拳をお見舞いするとなまえさんはくるっと振り返ってパシャパシャと水を蹴りながら海と平行に波打ち際を歩いていく。
と言うか、さり気なく嬉しい言葉とそれと比較しないでくれと思う言葉をいただいて返す言葉に困った。


「分かりにくいんではっきり言ってください」
「んー、京治君の言葉を借りるなら“高校最後の夏休み”だから、かな」


なまえさんの後ろをついて歩いていても、顔を見なくてもその声が優しいものであることはよく分かる。


「私ね、バレーをしてる京治君を好きになったの。いろんな口実作ってバレー部の輪に溶け込んで、始めはそれだけでいいかなって思ってたけど、三年になって京治君と一緒に高校生活送れるのもあと一年しか無いんだって思ったら、やっぱりもっと近くにいたいって思ったんだよね。夏も秋も冬も、いろんな季節を一緒に過ごしてみたいなって」


水を蹴っていた足が止まってもう一度こっちを向いたなまえさんは少し照れた様に笑って「春は過ぎちゃったけどね」と零す。


「だから私何の不満も無いんだよ。京治君の彼女になれて、バレーを頑張る京治君を堂々と応援出来て、赤葦君から京治君になって、みょうじさんからなまえさんになって、こうして二人でいる時間が出来ただけですっごく幸せなの」


どれだけなんだこの人は。心の底からそう思う。
どれだけ俺を喜ばせたら気が済むのかって。


「泣かせたいんですか?」
「えっ、泣くの!?」
「泣きませんよ」
「何よそれ」
「でも、」


グッと腕を引いて抱き寄せて、なまえさんの顔が見えないのを確認してから口を開いた。


「こんなに俺を幸せにしてくれるなまえさんを泣かせたいとは思います。幸せ過ぎて嬉し泣きしてくれる様に」
「…京治君」
「はい」
「どうしよう…私もう泣きそう」


身体を離して瞳を覗けばそこには確かにうるうると涙の膜が張っている。


「早いっスね」
「だって、」
「もう少し先に取っといてください」


笑った俺に微笑み返したなまえさんの瞳から涙が零れる前に、



−瞼にそっとキスをした−