その一声で世界が変わる
眩しい陽射しが流し場を潤す水にキラキラと反射する。そんな中でグランウンドや体育館からは元気の良い声が響いていて、なんか青春だな。なんて呑気な事を考えていた。
「なまえー」
「あ、お疲れーもう上がり?」
「ううん、うちは今日二部。午後は練習試合」
「そっか大変だね」
流し場でドリンクの準備をすべくボトルを洗っていると、友達である男子バレー部のマネ二人がボトルを持って歩いてきた。三人横一列に並んで「暑いねぇ」とか「お腹すいたー」とか話していると、渡り廊下を歩いてくるバレー部主将の木兎と副主将の赤葦君の姿が見えた。
「おーみょうじ!今日は午後からか?」
「うん。木兎達は午後から試合なんだってね」
「おう、観に来てもいいぞ!俺がかっこいいスパイク決めるとこ見せてやるぜ!」
キラキラの笑顔が眩し、過ぎる。木兎ってなんでいつもこんなに元気いっぱいなんだろう。
「だからうちの部午後から練習だって」
「えー」
当然の返事をしているのだが、不満な表情を露わにする木兎に後ろにいた赤葦君が冷たく言い放つ。
「みょうじさんはサッカー部のマネージャーなんですから無理言っちゃダメですって、嫌われますよ」
「なっ!?嫌いに、なるのか?俺のこと」
赤葦君の言葉に動揺し、直後しょんぼりとした瞳を向けてくる木兎。
「ならない、ならない」
「本当!?」
「っ、うん」
20センチ以上身長差のある木兎に肩を掴まれて迫られ、引きつりながらも笑って言えば「そうか!」とコロっと元の明るい表情に戻って、赤葦君をド突きながら何事も無かったかの様に「飯だー!」と歩いて行く。すれ違いざま「すいません」と軽く頭を下げた赤葦君に苦笑いして軽く手を振る。そんな私をバレー部マネの二人はクスクス笑いながら隣で見ていた。
「木兎に好かれると大変だねえ」
「なまえいつも食べられそうな勢いで迫られてる気がする」
「食べられそうって…それ笑えないから」
二人の背中が見えなくなってまた会話を戻しながら作業を進めた。
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·
「ナイッサーッ」
「レフト、レフト!」
バシンッ!!
「ナイスキー!」
それぞれに午後の練習が始まって私の属するサッカー部はただいま中休憩が明けたばかり。ドリンクの補充にとボトルの入った籠を持ってバレー部の使っている体育館の前を通りかかると、そこは練習試合真っ最中だった。得点は…うん勝ってる。やっぱり強いなあ。
感心しながら暫く眺めていたけど…なんかいつもと違う、気がする。なんだろう?
「あ、なまえ良い所に!」
「ちょっと来て来て」
「?」
違和感の原因を考えていた私に声をかけてきたのはマネの二人。なんとなく困った表情で手招きされるものだから断ることも出来ず、外履きを脱いで体育館にそっと上がり目立たないように二人のそばまで移動した。
「どうしたの?」
「ちょっとさ、あいつ応援してやってくれない」
「誰?」
「何でも良いの、一言声かけてくれればそれで復活すると思うから」
「だから誰を?」
再度問う私に二人は声を合わせて「うちの困ったエースを!」と言った。
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現在、1試合終えて2試合目の2セット目序盤。1セット目は勿論取った、そして今も得点はうちが上だ。だがこの状況は良くない、めんどくさいこと極まりない。
1セット目終盤、アタックミスがたまたま続いた木兎さんがまたいつものモードに入ってしまったからだ。
「赤葦、もう俺に上げるな!!」
しょぼくれモードでそう叫ぶ木兎さんに俺を含めたコート上の他のメンバーも、ベンチの奴やらやマネージャーまでもが、うわぁ…きたー。という雰囲気に包まれる。まぁ、よくあることだが。
「わかりました」
「え?」
言われた通り木兎さんにはトスを上げず攻防を繰り返す。1点2点と点を重ね、あと1点でセットを取れる今、そろそろか…。いい加減そわそわし始めた木兎さんを見て他のメンバーと目配せをする。次の1点で復活させるに限る。そう思って相手のサーブを待っていたのだが。
バシッ……トン、トン、トン…
ラスト1点は今ばかりは嬉しくない相手のサーブミスで加点され、1セット目が呆気なく終わってしまった。おかげで木兎さんのしょぼくれモードは現在2セット目も継続中。なんかめんどうだし、もう今日はこのまま最後まで行っても…そんなことすら考え始めた時、その声は響いた。
「頑張れ木兎ー!かっこいいアタック見せてくれるんじゃなかったのー?」
「!」
この声は、みょうじさん?声のする方に視線を移すとマネの横にやっぱりみょうじさんの姿があった。
これはナイスだ。そう心で思っていたのが顔に出てたのか、丁度こっちを見ていたマネ二人もしてやったりと言った表情でコクッと頷く。
「木兎さ、」
「赤葦!次、俺に上げろ」
「…わかってますよ」
そこからの木兎さんは、いつもの“エース木兎光太郎”に戻りあっという間に2セット目を連取した。
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練習試合が終わり片付けもままならない内にサッカー部の練習が終わったことに気付いた木兎さんは、みょうじさんを見つけると一目散に走っていく。
「みょうじー!!」
「っわぁ!木兎、後ろから大声だして走ってくるのやめて、怖いから」
「お前ちゃんと見てたか、俺のスパイク!いつの間にか消えやがって」
「しょうがないでしょ私だって部活中だもん。でもちゃんと見たよスパイク。かっこよかった!」
そう言ってポンッと木兎さんの腕を笑顔で叩くみょうじさんに、木兎さんは暫く固まってからいつもの様に笑い出した。
「そうだろ、そうだろ!やっぱり俺のスパイク最強ーッ!!」
「ちょ、声大きいっ」
ただ、いつもと違うのはその顔が少し赤いってことで。気付いて無いのは本人だけだろうけど。
「いやぁ、本当木兎ってなまえのこと好きだよねぇ」
「うん。でもなまえもなかなかに鈍いし、あれじゃ結果がでるのは先長いかも」
「結果がでるのはいいですけど、そしたらなんか違うモード発動しそうで俺は心配です…」
「「あー、確かに」」