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その青を彩る君は



※高専時のお話です。




















「うっせぇ、」


人払いのされた広大な敷地に俺は立つ。
建設途中の大型ショッピングモールは、まだ剥き出しの足場とそれを基礎に張り巡らされた安全ネットや簡易なパネルで覆われていることで大まかな形を成していた。
その中で先程から耳を劈くような高音が響き渡っている。工事現場とはいえ、通常そこで生み出される騒音と言われるそれとは異なる異音と、怒りと悲鳴を織り交ぜたような地鳴りにも似た呻き声。

本来ペアでの任務だったのを私用の為に一人先に出向いたと聞いた時には、怒りや不安よりも、俺はあんたにとってそんなもんかよ、という不満が心中を渦巻いた。

空は快晴で深い青が永遠に広がっている。雲一つないそれを眺めながら、残穢の濃くなる方へと不満を踏みしめるようにして歩を進めた。
時折酷く揺れる足場に、どんだけ派手にやってんだ、と呆れながら、それでもなまえの笑顔が脳裏を掠めると呆れと共に自然と口端が上がるのだからどうしようもない。

なまえは呪霊と相対する時、他の術師とは桁外れにそれを楽しむ節がある。目を輝かせて戦闘こそが生き甲斐というように。術師の中では俺や傑もまあそこそこにイカれてる部類に振り分けられているが、なまえは更にその上をいく。誰に聞いても一番にイカれているのはみょうじなまえだと口を揃えて言うのだ。


「凄いね!そんなことも出来るんだ、再生力抜群じゃん」


その笑顔は急に現れた。
足場の一部を豪快に破壊しながら呪霊に弾かれるようにして眼前に現れたなまえをキャッチする暇はなかったけど。
身を護るように身体の前に構えた鉛色と輝きを混ぜた短長の刃物が各一本ずつ。なまえの戦闘スタイルはまるで二刀流剣士の型を破ったようなもので、そこに彼女特有の術式を合わせて呪霊を祓う。
怒り狂い今にも喰い殺さんと襲いかかる呪霊相手に楽しそうに話しかける姿は相変わらずで、呪霊の次手を難なく躱すと、その側面から自分より数倍はある呪霊を豪快に切り付ける。


「ほらほら再生しなよ。それとももう終わり?」


そう言ったと同時に視線が交わった。が、普段掛けている眼鏡が外されていたせいでその視線は一瞬で逸らされる。


「悟おっそーい」
「はぁ?先輩の単独行動だろ」


単独行動、命令無視、その類は俺の十八番みたいなものなのになまえがタッグとなるとこうして立場が逆転する時がある。しかもこれで一応先輩なのだから溜め息も出るだろ。
普段はそれなりにちゃんとした先輩のくせに、任務となるとまるで童心を取り戻したみたいにはしゃぎ始めるから手が付けられない。今だって呪霊はもうギリギリの状態、さっさと祓って終わらせてしまえばいいものをわざと楽しんでいるのだ。

なまえで言うところの“観察”。興味のあることにはとことん貪欲で、強ければ強いだけ喜んで相手をする。俺が呪霊だったらこんな嬲り殺しは御免だ。
それに無駄に時間をかけた祓い方は危険を倍増させる。人だろうが呪霊だろうが、命が脅かされれば最期の最期にどんな底力をみせるか分からない。それが命のやり取りだ。それを今まで何度もこの目で見てきた。


「絶対どっかで野垂れ死にするタイプだな」
「なんか言ったー?」


地獄耳かよ。轟音を響かせながら呪霊を刻み続けているというのに俺の独り言を聞き逃すこともなく、ひらひらと身を翻し続ける姿はまるで羽根の生えた生き物だ。
正確にはちゃんと物体を蹴っているのだが、そのスピードが速すぎてまるで空を蹴って飛び回っているようにさえ錯覚する。
呪霊に切り落とされてしまったと言って顎ラインまで切り揃えられた偽物の黒髪が、艶を帯びたままサラリとなまえの頬を撫でていく。
その様が、酷く眼を惹いた。
このどうしようもない みょうじなまえ という先輩に魅せられた時点で俺の負けだ。どんなに振り回されても溜息ひとつで許せてしまうのだから、青春時代の恋ってやつは厄介極まりないのかもしれない。


「そろそろ終わりにしよっか」


呪力を纏わせた刀を振るいながら呪霊より一足先に不安定な足場の最上段まで上り詰めたなまえは、愛刀用にカスタムされたレッグホルスターに手早く短刀を収める。そして長身の刀を下方から自身目掛けて襲ってくる呪霊に向けて構えた。


「ほら、もう動けないよ」


その言葉と同時にピタリと呪霊の動きが止まる。
きっとなまえの口許は弧を描いているはずだ。自身の術式を気に入っているからこそ、多用はしないもののそれを使う時なまえは必ず笑う。
タンッと足場を蹴って完全に動きの止まった呪霊に向かって飛び降り、構えた刀を勢いよく突き立てる。抵抗さえ出来ないまま崩れゆく呪霊の奥からは鉛色に光る刀を手にしたままのなまえが笑顔でこっちを見ていた。


「悟ー、よろしくねー!」


普通なら死ぬ高さだ。そこから何の安全措置も取らず飛び降りるのは信頼の証だろ。けど、俺はそういう役回りでここに来たわけじゃねぇよ。


「…よっ、と。着地成功!」
「先輩俺のこと高性能なセーフティマットか何かだと思ってんだろ」
「やだな、思ってないよ」
「嘘つけ」


俺に向かって落下してきても無下限呪術が作用すればミンチになることは無い。それが分かっているからの“よろしく”なのだ。きっと。


「悟の術式は一級品だもん。それをいろんな角度から観察して、可能なら少しでもいいからそれに触れさせて欲しいだけだよ。言ったでしょ、私の一番は悟だって」


制服の埃を払いながら柔らかな声色でそんな風に言うなまえはずるい。触れたいのも興味があるのも、俺自身ではなく俺の“術式”。そんなのは百も承知だ。それでも気のある女にそんな風に言われれば、十七歳の脳味噌なんてのは情けない程都合の良いようにそれを解釈してしまう。


「先輩なら好きなだけ触れてもいいよ、特別に」


冗談という皮を被り両手を拡げてそう言えば、制服の内ポケットから出した眼鏡を掛けて俺の顔を覗き込んでくる。そうして俺を見上げるように視線を絡めたまま揺れる髪を耳にかける仕草に喉が鳴った。


「悟みたいな存在はさ、自分を安売りしちゃダメだよ」
「は?どういう意味?」
「私みたいな頭のネジが飛んでる悪い女に利用されちゃうよって意味」


口端を上げて本心の掴めない笑顔を向けるなまえは相変わらず綺麗で、たった一つしか歳が変わらないとは思えない程に妖艶。この容姿と雰囲気で成人してないって嘘だろ。
俺がそんな邪な目で見ているその前でコロッと表情を変えたなまえは明るい声を上げた。


「よし!それじゃあ私用事があるから」
「あっ、それ何なんだよ。この俺を置いて行った元凶」
「元凶だなんて失礼だな。悟だから特別に教えてあげるけど……実はね、ここだけの話、行きつけのカフェで新作のパフェが販売されるの。しかも初日の今日は販売開始時間指定&数量限定」
「おい、それってまさかあの、」
「そう!変わり者マスターのいる穴場のカフェ!立地も最悪で外観もパッとしないのに味が最高なあの名店!」


任務の時より真剣な眼をしているのは俺も同じかもしれない。眼鏡の奥からサングラスの奥の俺の眼を見て、立てた親指でグイッと後ろを指すなまえの言わんとすること。


「悟も行く?」
「当然」


そう返せば「やったぁ!」と嬉しそうに笑うなまえと並んで歩き始めた。
まるでデートの様だと思っているのは俺だけだろうが、今はまだそれでいい。ラッキーな事に食の好みが似ている為こういう誘いをたまに受ける。任務や用事があろうが、どうにかして一緒に出かけることが掴みどころのないなまえに対して今の俺にできる唯一のお近付き方法だ。


「そう言えば先週傑と行ったお店のパンケーキも美味しかったから今度悟も行こう?」
「はぁ?!いつ傑と出掛けたんだよ、聞いてねぇし」
「オフの日にたまたま外で会ったから。傑は悟と全然タイプ違うからなんか一緒に出かけるの新鮮で楽しかったよ」
「……」


オフということは私服姿のなまえと出掛けたって事か?俺だってまだそんなシーンにあやかれたこと無ぇのに。
不機嫌に黙りこくる俺を見て、ふふっと笑うこの笑顔を独り占めする日はまだ遠い気がする。


「悟、すぐに拗ねるね。なんか犬に懐かれてる気分だなぁ、獰猛な大型犬だけど」
「…うるせぇ」



それでも、俺に対して興味が尽きないのだと惑わす様な台詞を吐くこの人を、いつか必ず俺だけのものにしようと性懲りも無く心に誓うのだった。