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笑顔の先



「じゃあ5分後、サーブレシーブから始めるぞー」


休憩に入る前、クロがそう言った。
この流れで次サーブレシーブとか、


「…死亡フラグ」


ジリジリと照りつける陽射しは体育館とは違った暑さを容赦無く浴びせてくる。タオルを肩にかけて流し場の蛇口を一つ上に向け栓を一気に捻ると、ブシャーッ!っと最初に豪快な音を立てながら水が湧き上がってきた。
長い前髪を耳にかけてから額付近に水がかかる様に顔を近づける。


「……ぬるい」


残念ながら外に設置された水道では水道管自体が熱せられていることもあり、すぐすぐ冷たい水は出て来てはくれない。それでも汗で気持ち悪いこの感じと、火照った体を少しでも冷ましたくてこうしている。
…何でもいいから少しでもさっぱりしたい。


「わぁぁあ、研磨髪の毛濡れちゃう」
「!」


部活中にはまず聞くことの無い高い声に名前を呼ばれついビクッと肩が揺れる。顔を上げ振り返ろうとしたが後ろから髪を優しく引かれる感覚でその動きを止めた。


「もー、顔洗うなら結びなよ」
「…何してるの?」
「ん、研磨の髪結んでる?」
「そうじゃなくて、なんでここにいるのって話」


顔を見なくても声で分かる。おれの髪を慣れた手つきで一つに結んで「これで良し!」そう言ったのは名前だった。


「今日土曜日だよ、学校休み」
「うん。だから差し入れ持ってきたの」
「差し入れ?」


名前は笑顔で手に持っていた紙袋を持ち上げて見せた。濡れた顔を拭きながら結びきれなかった後れ毛と、開け過ぎた視界に凄く違和感を感じつつその笑顔を見ていた。



·



「こんにちはー」
「あ、苗字先輩!」
「苗字さん!」
「犬岡君もリエーフ君も相変わらず元気だねぇ、頑張ってる?」
「「ハイッ!!」」


名前を連れて体育館に戻るとボール片手に戯れ合っていた犬岡とリエーフが駆け寄って来た。それを見て名前の存在に気づいた面々もこっちに視線を向けている。虎は相変わらず一瞬で真っ赤になって固まっていた。


「どうした名前、何かあったのか?」
「あっクロ、お疲れ。差し入れ持って来たの」
「マジで?」
「マジだよ」


タオルで汗を拭きながらやって来たクロも嬉しそうに笑ってる。


「差し入れっスか!?」
「「ヤッター差し入れだー!!」」


リエーフは目キラキラだし、犬岡と芝山は二人で万歳してる…


「いつもありがとな、苗字」
「皆楽しみにしてるからなぁ苗字の差し入れ」


元々名前と仲のいい三年生達も集まって来ていつの間にか名前を囲む様に円が出来ていた。


「今日は何作って来たんだ?」
「バイト先でいっぱい貰ったんだよね」


クロの問いにそう答えた名前は手にしていた紙袋からタッパーを幾つか取り出して蓋を開ける。


「スポーツマンの皆にはありきたりかもなんだけど、良かったら食べてください」


それを見て部員達からは「おおー!」と歓声が上がった。中に入っていたのはレモンの蜂蜜漬け。


「結構漬けたからちゃんと味入ってると思うけど、微妙だったらごめんね」


へらりと笑って取り出した全てのタッパーの蓋を開けた名前は「どうぞ」と皆にそれを差し出す。


「苗字の手作りなら美味しくないなんてことは絶対ないよ。いただきます」
「ああ、いつも美味いもんな」
「夜久君も海君も褒めるの上手いよねぇ」
「だよなー、調子乗せ過ぎ」
「クロ、そう言うこと言うならあげないよ?」


タッパーに手を伸ばすクロの言葉に反応した名前はヒョイっとそれを引っ込めた。


「冗談です」
「すぐそういうこと言うんだもん…はい」
「冗談だって。ん……美味い」
「良かった」


なんだかんだ言ってもクロが美味しいと言えば名前はいつだって嬉しそうに笑う。一つのタッパーに集まって、「生き返るー!」と喜んでる一年の後ろで未だ硬い表情の虎がジッとこっちを見ている。


「虎君、もしかしてレモン苦手だった?」


それに気付いた名前が声を掛けると虎はびくりと肩を揺らして「いえ、寧ろ大好きです!」と裏返った様な声を上げた。


「山本、お前名前くらいいい加減慣れろよ。初めてじゃねぇだろうが」
「無理言わないでくださいよクロさん!苗字先輩に慣れろなんて難易度Aクラスじゃないっスか!?」
「いや、意味分かんねーよ。あとうるせぇ」
「まあまあ。はい、虎君どうぞ」
「あっあり、がとうござい、ます!」


ガチガチながらも一切れそれを掴み口に放る虎。


「…美味しい?」
「〜ッ最高です!!」


虎のリアクションにクスクス笑う名前。本当に嬉しそうに笑うんだよね、誰にでも…


「研磨食べれる?」
「うん…ちょっと酸っぱい、けど」


周りを黙って観察していたおれに振り返って突然そう訊ねてきた名前に感想をそのまま伝えると「そう思ってね、」と付け加えて紙袋から一回り小さいタッパーを取り出した。


「研磨用、作ってみました!」
「…何それ?」
「りんごの蜂蜜レモン漬け。これなら食べれるでしょ?」


有無を言わせず小ぶりのタッパーとキッチリと準備されたプラスチックのフォークを渡された。それを一つ刺して口に運べば、口にはりんご独特の甘さに加え蜂蜜の甘さとレモンの酸味が広がる。
隣でそわそわと感想を待つ名前に「美味しいよ」と言えばおれにもいつもの様にキラキラと笑顔を向けた。


「いいなー研磨さん!」
「美味しそう、一つ、一つ〜」
「…ダメ」
「「ええ〜」」
「今度はこっちも沢山作ってくるね」


名前は犬岡とリエーフにそう言って困った様に笑う。そのまた少し違う笑顔を横目に見ながらもう一つりんごを口に運んだ。
…やっぱり、美味しい。





−その笑顔の先が気になって−






「苗字は本当に研磨に甘いな」
「あいつ昔っから研磨溺愛してるからな。もともとあそこまで料理作るようになったのも、あの偏食少食の研磨が自分の作ったものを美味しいって言って食べたのがきっかけなんだよ」
「へー、そうだったんだ」
「だからかな。それなりに研磨も独占欲ある様に見えないか?」


海の指差す先には自分専用にと受け取ったタッパーを誰にも渡すまいとする研磨の姿。


「まぁ、研磨も名前のことは好きだからな。絶対言わねぇけど」
「「……」」
「…なんだよ」
「いやいや、黒尾も好きじゃん」
「は?」
「誤魔化さなくてもいいって」
「夜久、お前その顔ヤメロ。練習量増やすぞ」
「お前それ、職権濫用だろ!」
「うっせー」
「はははっ」