猫を待ち伏せ
やっと終わった。
一刻も早く帰宅し新作のゲームがしたくて、結構な雨が降っている中をそそくさと歩いている。クロは監督達と週末の練習試合について長話をしていて「先に帰る」そう一言残して来た。
…じめじめする。長く伸ばしたままの前髪も湿気を含んで気持ち悪い。まずは、ぼーっと湯船に浸かりたい。
普段より自然と早くなる歩調で曲がり角を曲がり、その先にある公園に無意識に目をやると見知った後ろ姿がベンチにあった。端っこに座りすぐ横の支柱に頭を凭れている。
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「何してるの」
「……」
「…ちょっと、名前」
しょうがなく傍まで行き声を掛けるも返答が無い。疑問と不安を感じて正面に回り込むとそれはやっぱり名前だった。でも当人は瞼を閉じたまま動かない。ウソでしょ、寝てる?どうしよう…。
起こすのもなんかあれだけど、置いて帰るのは絶対ダメな気がする。その場に立ち尽くし、どうしてこんな時にクロがいないんだろうと本気で思った。…でも、このままじゃ風邪引くかな。
「名前ってば」
「ふぇっ……ん、けん…ま?」
しょうがなく起こす方を選択したおれは名前の頬を軽く突ついた。
「こんな所で寝てるとか理解出来ないんだけど」
「んー、コンビニ行ってて…そしたら雨降って来ちゃって」
「雨宿り?」
「うん」
今名前が座っているベンチの上には確かに雨除けがある。だからここにいたってことか。
「でも寝るのは良くない、風邪引くしもう夜だよ」
「そうだね、注意する」
寝起きだからかふにゃっとした笑顔を向ける名前につい溜息が零れた。
「行こう」
傘を差し出せばコンビニの袋を持って立ち上がり「うん」とおれの隣に立って歩き出した。
「小雨の時に走ったら帰れたんじゃない」
「それは私も思ったけど」
「じゃあなんでそうしなかったの…?」
「だって、ここにいれば研磨かクロが通るかなぁって」
「……」
「そうでしょう?」
「実際そうなったし」そう付け加えて不思議そうな顔をするからちょっとイラっとする。
「そうかもしれないけど、他の人だって通るんだから気を付けないとダメじゃん。変な人に声掛けられたらどうするの?名前は注意力無さ過ぎ」
「うっ、そこまで言わなくても…」
「言うよ…名前女の子でしょ」
「研磨、もしかして心配してくれてるの?」
「……」
そんなの聞かなくても分かるじゃん。暫く無言を貫けば名前は「ごめんね」を連発し始めた。
「もういいよ。でも、もうこういうのやめてよね」
「分かった、約束する!」
そう言って名前は小指を立てる。
「…なに?」
「指切りでしょ。約束なんだから」
「いいよそんなの、子供みたい」
「子供でもいいからするの。ってか私たち世の中的にはまだ子供だから大丈夫」
「はい!」そう言ってポケットに入れていた方の手を無理矢理引っ張り出され小指を絡められる。…大丈夫って何がなんだろう。
「研磨との約束はちゃんと守ります。指切りげんまん、ねっ」
「…うん」
いつもこう。しっかりしてるのかしてないのか、どちらとも言えない名前に俺もクロも振り回される。時々凄くめんどくさいけどそんなに嫌じゃ無いのは名前がそれなりに、ちゃんと大切な幼馴染だから…かな。多分。
でも今は家も近所で学校も一緒だから良いけど、いつかバラバラになったら名前は一人で生きていけるんだろうか…そう心配になるんだ。
·
·
名前を自宅の前まで送り、我が家に向けて元来た道を戻っていると向かいからクロが歩いて来た。
「研磨、何やってんのお前」
「家あっちだろ」そう言って後ろを指差すクロ。それもそうだ、クロはついさっきおれの家の前を通って来たはず。
「名前送ってきた」
「名前?」
「うん。公園で寝てたから」
おれの言葉に「何やってんだあいつは」とクロも呆れた顔をする。一通り事の流れを話せばより一層呆れ顔になったクロが俺と同じことを口にした。
「あいつ一人で生きて行けんのか。なんか心配だわ俺」
「今のままじゃ無理なんじゃない」
「…だよな」
「うん」
それ以上名前についてはお互い何も言わず「早く帰って体温めろよ」と言うクロに「うん」と短く返して俺たちは別れた。
「あいつ卒業したらどうすんのかね」
「名前、卒業したらどうするんだろう…」
幼馴染たちの心配はつづく。