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救世主



これ無理だ、私今日一日の命かも…。

リビングのローテーブルに突っ伏して数時間。窓を開け放っているせいもあって、ジーワッジーワッ、と蝉の鳴く声がいつもより大きく聞こえるから暑さが倍増した様な気分になる。
お父さん、お母さん、私もそっちに行きます。
そんなバカなことを考えながら小さく息を吐いて瞼を閉じかけた時。


ピンポーン!


来た!待ってました!!
さっきまでの無気力は何処へやら、こめかみを流れる汗も気にせずにパタパタとインターホンの前に立つと、画面に映っていた人物が予想と違ってまたテンションが急降下。俯くと同時になんとか通話ボタンを押した。


「…あなたじゃないです、黒尾さん」
「は?いいから開けろ」


インターホン越しの会話はその一往復で終了し、私はエントランスの解除キーを押して玄関で待機した。


「おーい、名前」


扉を挟んだすぐ外からクロの声がして鍵を開けると、私を見たクロは少しの驚きと呆れた表情を滲ませる。


「なんつー格好してんだ。ちゃんと服着ろ」
「だって暑いもん、溶けるもん」
「溶けねぇだろ」
「キャミと短パン着てるんだから十分でしょう?」
「お前電気屋来たらどーすんだよ」
「どうって、別に何も」
「ダメだ。すぐ上着ろ!せめてTシャツ!」
「もークロ怖いっ、お母さんみたい」


なぜか到着早々怒られて仕方なくその要求を聞くことを約束させられる始末。


「で、どうしたの?私今極力体力の消耗は避けた、!」


言いかけてクロが手にしている物を視界に捉え今度はテンションがうなぎ登りに上昇する。


「おーっ!救世主!」
「感謝しろよ」
「するする、いっぱいする!クロ様、黒尾様、鉄朗様!だいすきっ!」
「嘘くせぇな、おい」


軽々と扇風機を室内に運んでソファ横に設置しコンセントを繋ぐクロ。私はと言うと先にソファに腰掛け早く来い!と風を待つのだ。…というかクロ部活終わりかな?よく見れば運動着にジャージだ。


「ほら」


ジャージの裾がクルクルと膝くらいまで曲げられてるのが可愛いな、とか考えていた私にクロは回り始めた扇風機の頭を固定して強風攻撃を仕掛けてくる。


「ぅわっっっ、でも天国〜!」
「喜ぶのかよ」


ボフンッと私の横に腰を下ろして「疲れたー」と背凭れに身を委ねるクロはやっぱり部活終わりなんだと思う。終わってすぐ来てくれたのかな、私がメールしたから。


【クロ、お別れです。私は今日を生き抜く自信がありません。だってこんな真夏にクーラーが壊れたんだから…。さよならクロ、また会う日まで。私たちの可愛い研磨をよろしく】


バカみたいな、でも結構本気な私のメールにクロは【そのくらいじゃ死なねぇから安心しろ】と冷たい返信を寄越し、それっきり大好きなバレーに打ち込んでいたのか全く返事が来なかった。その時はメールの宛先を研磨にすれば良かったと心底思っていたけど、こうして扇風機持ってきてくれたとかやっぱり優しい。


「あでぃがどーねっ」


強風を受け、所謂“我々は…”と言いたくなりそうな宇宙人声でお礼を言うと「何言ってんのかわかんねーつの」と鼻で笑われる。


「クロ可愛くない」
「いや、それ今のお前な」


折角お礼を言ったのにああ言えばこう言うクロのお腹に、クロから言わせると弱々らしいパンチを連発でお見舞する。


「ったく。お礼を言うなら正面向いて笑顔で言いましょう。はい、どーぞ」


呆気なく両手をホールドされ、おまけに体制まで修正されてクロと向き合う形になったものだから逃げるわけにもいかず、大人しく言いなりになってあげることにした。


「…ありがとえ」
「おー、やれば出来んじゃねぇか」
「その顔ムカつく!」
「残念だな、俺はもともとこういう顔でーす」


怒る私にクツクツと笑うクロ。研磨が見たら「またやってる」と言われかねないな。


「こうなったら、今日はご飯作ってあげないからね!」
「えっ、それは困る!飯いらねーって言ってきてんだぞ」
「ふふふ。では何と言えばいいかわかるね、黒尾君よ」
「なっ、お前本当に可愛くねぇな」
「可愛くなくて結構でーす」



そんなこんななやり取りが電気屋さんの到着まで続いたのはまぁ言うまでもなく、慌ててクロのTシャツを着せられ、逆に上半身裸となったクロの方が怪しさ満点で電気屋さんはきっと不審がっていたと思う。
ダボダボのTシャツを着ながら、何故こうなった?そう考える私はきっとこんなでも今日も幸せなんだろう。





−君は意地悪救世主−