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予行練習



「ただいま」

玄関の扉を開けると鼻腔をくすぐる良い匂いがして急に空腹感を覚える。この匂い、まさか今日は秋刀魚の塩焼きか!
リビングに向かって勢い良く扉を開くと「おかえり」と振り返って笑顔が向けられた。

「……ばあちゃん、だいぶ若返った?」
「うん、ってコラ!大事な幼馴染の顔を忘れるな」

さえ箸でビシッと俺を指しながらエプロンをしてキッチンに立つのは名前で、代わりにいつもそこいる筈のばあちゃんの姿は無かった。

「家で何してんだよ」
「何とは失礼だな。お腹を空かせて帰ってくるクロの為にご飯作りに来てあげたの」
「ばあちゃんたちは?」
「おじいちゃんとおばあちゃんは今日外で食べるんだって。おじさんは帰り遅くなるから今日は外で済ませて来るみたい」

そう言いながらフライパンの上のだし巻き卵をクルッと転がす動作には戸惑いがない。

「つーか何で俺よりうちの事情知ってんだよ。ばあちゃんたちが外食とか俺今知ったですけど」
「私仲良しだから」

にこにこ笑いながら今度は味噌汁の味見をして、和え物にすりごまをふりかけ、グリルの中の様子を伺う名前の手つきはそこらの高校生とは思えないほど手馴れている。

「あ、先にお風呂入りたかった?」
「いや、この匂い嗅いだら空腹の方が限界です」
「相変わらず好きだね秋刀魚の塩焼き」
「毎日でも良いくらいな」
「いや、流石にそれはどうかと思うよ」

呆れた様な目で俺を見ながら炊飯器からご飯をよそう名前を見て手を洗い、箸やらグラスやらを準備していると「疲れてるのにありがとね」と言われる。なんか俺ん家なのに名前の家にいる気分だ。

「もう座ってていいよ、あとは持ってくから」
「んじゃお言葉に甘えて」

座って待っていると次々と料理が運ばれて来て最後に名前も俺の向かいに座る。

「食べよっか」
「おう、いただきます」
「どうぞ」

最初に味噌汁に箸をつけ、和え物に秋刀魚にと相変わらず非のつけ所ない飯に舌鼓していると、目の前で何にも箸をつけずにこにこと俺を見る名前に気付いた

「ん?」
「んー、美味しそうに食べてくれるなーって思ってさ」
「そりゃ美味いからな」

だし巻きを口に運ぶと、ふわっと俺好みの味が口に広がる。

「うまっ!」
「良かった。前にクロが美味しいって言ってた味付けにしてみたんだ」
「俺のって、他にも味付けあんの?」
「うん、研磨が好きなのはもうちょっと甘め」
「……凄いなお前」

えっへん!と言った感じで嬉しそうに笑う名前の料理は冗談でもお世辞でも無く本当に美味い。
俺の反応を見て満足したのか、ようやく自分も箸をつけ始めた名前だったが何かを思い出して「あーっ!」と急に大きな声を上げた。

「どうした?」
「忘れてた……、クロが帰ってきたら言ってみたいことあったのに」
「なんだよ」
「いや、もう遅い」

あからさまにシュンと肩を落とす名前に面倒な奴だなと思いつつ「聞いてやるから言ってみ?」と言えば、「じゃあ、」と顔を上げ口を開いた。

「クロ、お風呂にする?ご飯にする?それとも、私?」

ことりと小首を傾げて言う名前に、口の中に入れていた物で噎せそうになった。

「ゲホッ、ゴホッ」
「ちょっとクロ噎せ過ぎ!」

「もう!」と言いながらお茶を渡してくる名前からグラスを受け取って一気に流し込む。

「あー死ぬかと思った。つーか何てこと言ってんだよお前」
「将来の予行練習」
「相手出来てから言おうな、名前ちゃん」
「相手なんてすぐ作れるんだからね!」
「はいはい」
「ちなみにさ、クロなら何て答える?」

秋刀魚にレモンを搾りながら言う名前に、こちらも秋刀魚の身をほぐしながら微笑して答えた。

「やっぱ、お前?」
「……うっわー」
「え、」
「引くわー」
「ちょ、冗談に冗談で返したんだろうがっ!」

何故か必死に反論する構図になった俺に名前は冷たい視線を向け、極めつけには一緒に手に取った醤油を奪い胸の前で隠して「やだ!ヘンタイと一緒のなんて使えない!」と言われる始末。何なのこれマジで。

「名前、本当やめて。俺泣きたくなってきたから」
「ごめんごめん、冗談だってば」

笑って醤油を差し出す名前をジト目で睨むと「しょうがないなぁ。上、行く?」と茶目っ気たっぷりにウインクしながら二階にある俺の部屋を指差した。

「行くか、馬鹿!!」
「やだぁ、鉄朗くん顔真っ赤ー」

本当、こいつのこういうところ困る。
マジで恥じらいとか覚えて!