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もう少しだけ頼らせて



「黒尾、お前今日苗字のとこ寄るか?」
「そのつもりですけど」
「ならこれ頼むな」


担任からHRで配られた名前の分のプリントを受け取り鞄に仕舞って夜久と共に部室に向かう。


「苗字大丈夫なのか?」
「朝話した感じではな。けど、あいつが自分から休むって言う時点でそう良くはねーよ多分」


同じクラスであり幼馴染ということもあって学校でも名前と居る時間が長い俺にとって、今日のような日は落ち着くようで逆に落ち着かない日でもある。怒ったり笑ったりしながら1日に何度も俺の名前を呼ぶ声が無いだけでこうも違うものかとしみじみ思った。



·



朝練の為に早々に家を出て、辿り着いた部室の鍵を開けた時ポケットに突っ込んでいた携帯が鳴りだした。どうせ部員の誰かだろうと発信者を見ずに扉を開きながら無言で出ると、「クロ?」と俺である事を確認する不安そうな声が耳に届いた。


「名前か」
「うん。ごめんね朝練前だったでしょ、もう学校?」
「ああ、今着いた。つーか、こんな早くにどうした?」
「悪いんだけど先生に今日休むって伝えててくれない?風邪引いちゃったみたいで」


「へへへっ」と続ける名前の声は確かに少し鼻声で、熱のせいか寝起きだからか、その声はやたら弱々しく聞こえた。


「熱は?」
「まだ」
「すぐ計れ」
「あとで計るよ」
「今」
「眠いもん」
「お前実はもう計ったろ」
「……計ってないよ」


名前の作り出す不自然な間に確信を得て「何度あったんだよ」と聞くも名前は答えようとはしなかった。


「大丈夫だから!先生に伝言よろしくね。朝練頑張って」


最終的にはそう言われて一方的に電話を切られる。


「…あのバカ」


普段は甘えてくることが多く、適当にあしらえば “もっと構って” やら “幼馴染のこと気にしてよ” などと言ってくるくせに、本当に心配をかけると分かると頼ることをしようとしない。不器用かよ。


【無理すんなよ、帰りに寄る】


着替えを済ませそれだけメールを打って部室を出た。



·
·



そんなこんなで部活が終わった今、通りの薬局とコンビニで冷えピタや食欲が無くても食べ易そうな物を買い込み名前の住むマンションに向かう。道中電話をかけるが一向に出る気配がない。昼間に名前からあった返信には、


【試合近いし移ったら大変だから来なくていいよ。ありがとう】


とあったっきり何を送っても返信は無かった。一緒に行くと言う研磨には名前と同じように「移るから来るな」と言い聞かせて来たが、正直こういう時は研磨がいて電話を掛けた方が繋がる確率が高かったな。と後悔する。
寂しい話、俺には居留守を使えても研磨にはそうはしないからだ。

マンションに着いてもう一度電話をかけるがやはり出ることはなく、しょうがなく自分ちの鍵と一緒にキーチェーンにまとめていた一本の鍵を手にした。日頃は自ら押すことはないエントランスの解除キーの番号を押して中に入る。
名前が一人きりになった時、名前は俺と研磨に自分の家のスペアキーを渡し解除キーの番号を教えてきた。自分にとって一番頼りに出来るのは俺たちなんだと言った名前の願いだったから、普通なら考え難いその幼い行動を俺たちも素直に受け取ってこうして今も鍵を持っている。
滅多な事がない限り使うことのないその鍵で名前の部屋の鍵を開け、内側からのロックがかかっていればアウトなのでゆっくりと扉を開くと、心配を余所にそれはすんなりと開いた。


「相変わらずか」


不用心ではあるが俺たちに鍵を渡した時から名前はいつでも俺たちが入って来れるようにと内側のロックをかけないようにしていた。


「おじゃましまーす」


小声でそう言って靴を脱ぎ既に把握している部屋の中を歩く。リビングの電気はついていない、ということは自室か。名前の部屋の扉の前まで来て数回ノックをするも勿論返答は無く、そのまま扉を開けると薄く照らす間接照明でベッドに潜っている名前がすぐに分かった。


「おお、ぐっすりだな」


傍まで行って荷物を置き、名前の額に掌を乗せると思った以上の熱さに一体どれだけ熱あんだよ、と少し心配になる。袋から冷えピタを取り出し名前の額に貼ると、一瞬体を震わせゆっくりと重たそうな目蓋が開かれた。


「…ん」
「よっ、風邪引きさん」


ベッドの傍に座れば視線は丁度名前と同じくらいで、開き切らない眼が俺を捉えた。


「……クロ?」
「そ、名前ちゃんの大好きな黒尾くんです」
「ゴホッゴホッ…来なくて良いって、言ったのに」


俺の冗談に付き合うのもツライのか、咳き込む口許を押さえて困ったような顔をした名前は「ごめんそれ取って」とサイドテーブルのペットボトルを指差した。そこには飲みかけのスポーツドリンクと市販の薬の小瓶、体温計が置いてあるだけ。先程リビングを覗いたときもキッチンは綺麗なままだった。ということはつまり、食事を摂った形跡が無いということだ。


「ちゃんと食べてんのか?」
「…食欲ない」
「だからってまさかこれのみじゃないよな」


スポドリを渡しながら言うと、名前は受け取りつつも気まずそうに俺から視線を逸らす。


「名前、お前風邪なめ過ぎ」


思った通り買って来て正解だったな。コンビニの袋からレトルトのお粥や、エネルギーチャージ用のゼリーなどを取り出す。


「買って来てくれたの?」
「まともな物食ってない気がしたんですー」
「よくお分かりで」
「幼馴染なめんなよ」


最後に袋から取り出したカップのゼリーを名前に見せると怠そうな表情が少しだけ嬉しそうな表情に変わる。


「やった、桃だ」
「感謝していいぞ」
「あーあ、クロに借りがいっぱいになっちゃうな」
「ちゃんと覚えとけよ。あ、今食えるか?」
「うん、少しなら。薬も飲まなきゃだし」


その言葉を聞いてペラペラの蓋を開け一緒に付けて貰ったプラの小さなスプーンでゼリーを掬う。


「えっ、と…クロ?」
「ほら、早くしろよ」
「急に何でしょう、この至れり尽くせりは」


まさしく“あーん” の状態でスプーンを差し出す俺に名前は驚きの表情を見せる。頬が赤いのは熱の所為だろうけど。


「今日は甘やかし倒そうかと思って?」
「なんかその笑顔怖い」


怪しいものを見る眼を俺に向けるも「じゃあお願いします」小さくそう言って素直に従う名前の口にゼリーを運ぶ。


「ん、」
「美味い?」
「うん、薬よりも効きそう」
「そりゃあ良いこって」


そのまま半分くらい食べると名前は「もうお腹いっぱい」と言って手を合わせた。名前のお気に入りだ、普段なら独占してペロリと食べるくせにそれを残すってことは、やっぱ相当ツライんだな。そう思って残ったゼリーを掬う。


「じゃあ残りは俺が」
「ダメだよクロ移っちゃ、ゴホゴホッ!」
「こら、あんま動くな」


俺からゼリーを取り上げようとする名前がまた咳き込む。苦しそうにするその背中をさすると口許を抑えながらもう片方の手で俺の胸を押した。


「ありがと、ゴホッ…でも本当に移るからもう帰って」
「名前が寝付いたらな」
「ダメだってば。クロに移したらバレー部の皆に顔合わせらんない」
「男の子はそんなにやわじゃねーの」


そう言って困った顔をする名前に薬の小瓶と水を渡す。


「そんなに帰したいなら薬飲んで早く寝ろ」
「…移っても知らないから」
「素直じゃないねぇ名前は、本当は寂しいくせに」
「……」


薬を飲んでペットボトルの水を握りしめたまま俯くだけで、名前は何も言わなくなる。…あれ、今これダメだったか?


「名前?」
「寂しくてもしょうがないんだよ。お父さんもお母さんももういないし、いつまでもクロや研磨を頼るわけにはいかないもん」


「ずっと一緒に居れるわけじゃないしね」そう続けて笑った名前の表情が今にも泣き出しそうに見えたのは、風邪のツラさだけが原因じゃないはずだ。


「心構えとしては評価する。けど頼れる内は頼ればいいだろ」


ベッドに潜り目元から上だけを出して俺を見る名前の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「…上から目線」
「頼られる側だからな」
「なら、しょうがないか」


くすりと笑い寝返りをうって反対側を向いた名前が、小さく 「ありがとう」と言ったのが聞こえたが何も聞こえなかったフリをして、名前が眠りに着くのを静かに見守った。





−あともう少しだけ
君たちを頼る事を許してね−