「んで、土方のヤローが、」
「うんうん」
「マヨネーズごと吹っ飛んでいったんでさァ」
「まじでか!」




堪えきれないとばかりにあはははと盛大に笑えば、からりと晴れた空にやけに響いた。








ちょっとそこのコンビニまで行ってくる、そう銀ちゃんが寝そべっていたソファからおもむろに軽快に立ち上がったのが、かれこれ30分前。
暇だ暇だとぶーたれていた私も、すかさず行くと返事したのも同じく30分前。


そうして二人で家を出たのが確か25分前。


そして角を曲がった先、職務放棄した不良警官に出くわしたのが21分前。あれ?22分前だったっけ?




とにかく、出てすぐにこの井戸端会議は始まったという訳だ。









「その時の土方の顔ったら、ひどいもんですぜィ。この世の終わりみたいなこんな顔してるんでさァ」
「っぶ…!!」
「いや、こんなだったかな」
「ちょっ、あははは!!」




すっかり話がのってきたらしく、目の前の不良警官もとい沖田さんは土方さんの顔真似をしてみせた。そのあまりの酷さは優に私の想像を超えていて、私は腹を抱えて大爆笑。いや、かれこれ20分超、彼の話に笑わされっぱなしなのだけど。




「ホント、この世の者とは思えねェ。いや、いっそこの世の者じゃなくなればいいんでさァ。死ね土方…」
「お前が死ねェェエ!!」



ドガシャァッ、なんて派手な音とともに、突如横からやって来たパトカーによって沖田さんは吹っ飛んだ。

あまりの唐突さに笑いを引っ込めて目を見開けば、目の前に停車したパトカーの中から悠然と降り立ったのは件の鬼の副長で。




「あーこんにちは、土方さん」




青筋浮かべた土方さんににこりと笑いかければ、呆れたような視線を投げ掛けられた。




「こんにちはじゃねェ。やっぱりお前らか」
「え?」
「…俺のとこに善良な市民と名乗るヤローから、おたくのドS警官がいたいけな少女をたぶらかしてるってタレコミがあってな」
「たぶらかすなんてオーバーな」
「そう見える奴には見えるんだろうよ」
「はぁ…」




そういうもんですかねぇなんて呟いてるうちに、ずりずりと壁にめり込んでいた沖田さんを引きずって、土方さんは豪快にパトカーに放り込む。
沖田さん白目むいてたけど大丈夫かな、なんて思わず苦笑いを零してしまったが私にはどうしようもない。



そのまま運転席に乗り込んだ土方さんは、カチリと煙草に火を点し窓を開けて顔を出した。






「まぁ、アレだ」
「?」





そのまま去るかと思いきや、一旦言葉を切った土方さんに首を傾げる。





「お前も今から頑張れよ」
「え?何をですか?」





言葉の意味が分からず、更に首を捻れば、土方さんは苦笑いとも哀れみともとれる笑いを零した。

そして「これ以上は面倒見切れねェ」なんて煙草の香を残して今度こそ車を発進させ去ってしまった。



おたくの子を面倒見てたのは私ですけど。



そんなぼやきはエンジン音に掻き消された。






「ホントに嵐みたいな人達だったなぁ」



あっという間の出来事にようやく息をつき、もう家に帰るかなと踵を返した。




「…あ」




返して、気がついた。





銀ちゃん忘れてた。









「……」
「ぎ、銀ちゃん…」




冷や汗がたらりと頬を滑る。

振り返った先、壁によりかかるように銀ちゃんは腕を組み、そしてそれはそれは死んだ魚というか完全に屍と化した魚の目で私をじーと見据えていたのだ。





「えーと、あの、」
「……」





やばいやばいやばい。
本能がやばいと告げている。これは間違いなく怒っている雰囲気だ。


無理もない。
なんやかんやで30分近く銀ちゃんを忘れていたのだから。





「お待た、せ?」

てへっ、なんて笑ってごまかそうと試みるも、冷ややかな目に笑いは出ず。
蛇に睨まれた蛙状態。





「あの…ごめんね」




どうにも銀ちゃんの目を直視出来ず、そのブーツへと視線を落として謝った。


あぁ、私の馬鹿。


そんな嘆きは今更だけど。
落ちた沈黙がいたい。









「ハァァァ〜」





突如沈黙を掻き消すように頭上で聞こえた深い深いため息。
恐る恐る顔を上げちらりと見やれば、ボリボリと頭を掻きながら銀ちゃんがやれやれと首を振っていた。




「怒ってる、よね?」
「当たり前だっつの。銀さんを放って楽しそうに笑っちゃって、まァ」
「うん、ごめん」




銀ちゃんが口を開いてくれたことに内心ホッとしつつ、その言葉にそりゃそうだと更に後悔は押し寄せる。

30分もの間のけ者にされたら誰だっていい気はしない。




ああ、ほんと。





「銀ちゃんも仲間に入れてあげれば良かったね」





私としたことが。そう悔んで言えば、途端銀ちゃんは引き攣った顔を浮かべた。





「いやいやいや、私としたことがって、悔やむとこそこじゃないからね。別に銀さん、のけ者にされた事を怒ってるんじゃないからね」
「え?そうなの?」
「お前ね…」





呆れたようにまた嘆息する銀ちゃん。
じゃあ、他に何を怒ることがあるんだコノヤロー。







「自分の恋人が他のヤローと仲良くやってんの見りゃァ、誰だって腹が立つだろーが」






苛立たしげに首を掻き、視線を逸らして言い放たれた言葉。
それをようやく理解して。
照れ隠しだと分かるその仕種に胸がギュッとなった。





「あ、そういうことか…」




何だか急に気恥ずかしくなって。
顔が熱くなる。




「言われなくても察しろよなァ」
「うん、ごめん」
「分かればよーし」
「っていうかそれ、ヤキモチだよね?」
「っだァァ!だからお前はなんでそう、〜っ」




じっと見れば、銀ちゃんは困ったような怒ったような顔をして。

そして参ったとばかりに盛大なため息を零した。





「そうだよ、みっともねェくらいヤキモチ焼いてたんですゥ〜」





なんて、いつものようなおちゃらけた声音。
けれど、それは確かにいじけたような色を含んでいて。

銀ちゃんの顔をよく見ようと上げた頭は、銀ちゃんの大きな手でわしゃわしゃと撫でられてしまい叶わなかった。





「わわっ!もう!」
「おら、行くぞ」





そして髪を直す私を置いてスタスタと歩き出したその大きな背中。


きっと、照れてるんだろうな。


そんなことを思えば自然と頬が緩んで。
くすり、と笑いを零した。






「銀ちゃーん」
「ん〜?」






そしてその背中に叫ぶ。








「心配しなくても、私は銀ちゃんのものだよー!」







ずりっと銀ちゃんがずっこけた。












とっくに溺れてる


「ねぇ、タレコミしたの銀ちゃん?」
ふと、土方さんが言っていた言葉を思いだし、何の気なしに尋ねてみた。
すると。
「…しらねー」
なんて、ぶっきらぼうに返事が返ってきて。
けれど、ぎくりと跳ねた肩が全て物語っていた。














clap?






(2012/5/30)






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