*あの手とこの手の共有する温もりの続きです。
「じゃーん!」
陽気で快活でどこか誇らしげな晴香の声が響いた。
そしてそれに呼応するように、きゃっきゃと笑う声と、ぱちぱちと小さな拍手。
その声の主であり、音の主でもある奈緒は、机の上に並べられた料理に目を輝かせていた。
「今日は奈緒ちゃんも一緒だからはりきっちゃった!」
そう、トンッと最後の料理を置き、晴香は満足げに腰を下ろす。
卓上には、数種類のスパゲティーにハンバーグ、サラダやコーンスープがそれぞれ大皿に盛り付けられていた。
各々好きなものを好きな分だけ取る、バイキング形式。
今日は奈緒のリクエストを受け、全て晴香が腕によりをかけて作ったものだ。
奈緒はきらきらと料理を覗き込んでいる。
そんな待ちきれない様子の奈緒に晴香はくすりと笑いを零して、手を合わす。
それに倣ったように、いただきます!元気の良い奈緒の声が晴香の頭に響いた。
『どうかな?』
『すっごくおいしい!』
ぱくぱくと口に運び、満面の笑みを浮かべた奈緒は更にハンバーグへと手を伸ばす。食べる事にすっかり夢中の奈緒の姿は、先程の言葉が世辞ではないと物語っている。
良かった。
そう晴香も満足そうにはにかんで、ようやく自分もスープに口をつけた。
「あ、ねぇ八雲くん」
ふと、目の前に座る八雲を思い出し、顔を向ける。
ちょうど、きれいに巻き取ったスパゲティーが八雲の口の中に消えたところだった。
八雲は晴香の呼びかけに視線だけ合わせ、何だ、とその目で返事をしていた。
「どうかな?」
「何が?」
ニコニコと晴香が問い掛ければ、八雲はまたくるくるとスパゲティーを器用に巻き取り、口へと運ぶ。
何がって…!
そう晴香は呆れたような、むっとしたような表情を浮かべた。
「料理!どう?おいしい?」
それでもめげずに、期待を込めた眼差しで八雲を伺う。八雲の感想が、本当はすごく気になっていたのだ。
八雲はもぐもぐと口を動かしている。
そしてようやくゴクンと飲み込んだ。
「君にしては、まぁまぁじゃないか?」
そしてようやく口を開いて出た言葉に、晴香はがくりと肩を落とした。
「もうっ!」
「僕はちゃんと答えただろ」
しれっと言い放つ八雲に晴香は頬を膨らます。
八雲に手料理を振る舞うようになってから随分経つが、一度も素直においしいと言われた事がなかった。
捻くれた八雲の性格を考えれば、この言葉だけでも充分な褒め言葉なのだが。
それでも女心としては一度くらい『おいしい』と言われたい。
だが、これが八雲なのだと諦めるしかないようだ。
晴香はホントに素直じゃないんだから、とそう再び肩を落として、自分も手を動かし始めた。
『おいしいって!』
唐突に聞こえた奈緒の声に、うん、やっぱり今日は大成功だ。
なんて、一人自賛していた晴香のフォークが止まる。
『え?』
『お兄ちゃんが、おいしいって!』
にっこりと頭に響いたその声に晴香は首を傾げた。
『八雲くんが?』
『うん!』
『ホントにそう言ったの?』
『おいしいねって言ったら、おいしいなって言ってたよ』
ついつい訝しんで聞き返してしまった晴香に、奈緒はキョトンとして返す。
その顔は嘘をついてるものではなくて。
『あ、えっと、…そっか』
途端胸いっぱいに広がるくすぐったさに、晴香はえへへと笑う。
まさか、こんな形で奈緒にばらされるとは八雲も思っていなかったに違いない。
晴香は少し逡巡した後、頭の中で問い掛けた。
『ねっ、奈緒ちゃん!他に八雲くん何か言ってた?』
『うん!お姉ちゃん料理上手だねって言ったら』
『うんうん!』
『この間、砂糖と塩を間違えた煮物をたべさせられたけどなって言ってたよ!』
がくり。
まさかの答えに晴香はずり下がり、慌てて姿勢を直した。
『えっと、あの、それはね奈緒ちゃん!』
それは先日仕出かした大失態だ。
元々晴香は煮物には自信があった。
自信があった故にそんな間違いが起きていると思いもせず、ろくに味見もしないままに卓上に堂々と出してしまったのだ。
君はどこまでドジなんだ、と呆れた八雲の視線は今でも鮮明に覚えている。
まさかまだあれを根に持っていたとは。そしてそれを奈緒ちゃんにばらされるとは。
晴香はあわあわと弁解の言葉を探して狼狽えた。
『けど、失敗したりもするけど、お姉ちゃんのご飯はおいしくて好きなんだって』
「へ?」
思わず口から言葉が出てしまった。
『あっでもね、今日のも好きだけど、お姉ちゃんの肉じゃがが一番おいしいって言ってたよ』
屈託なく笑う奈緒の顔を見つめ、晴香は更に固まってしまった。
――あの八雲が…
「…さっきから奈緒と何を話してるんだ?」
「え!?あ、別に…!!」
急にかけられた言葉にハッとすれば、八雲が怪訝そうにじろりと見ていた。
ぶんぶんと慌てて顔を横に振り、あははと笑ってごまかせば、八雲もそれ以上追及する気はなかったらしく小さく息をついた後再び食事に戻っていった。
その表情はいつもと変わらない。
そしていつもと変わらず黙々とよく食べる。
いつもいつだって、残さずに。
ちらりと晴香は隣に視線を向ける。
奈緒がおいしそうにハンバーグを口に詰めていた。
『…今度、奈緒ちゃんにも作ってあげるね、肉じゃが!』
だって、煮物には、自信があるのだ。
緩み出した口元を隠せるはずもなく。
そう何とか紡げば、奈緒は嬉しそうに笑った。
『奈緒ちゃん、また女の子同士のお話しようね!』
肉じゃがも良いけど、今度は二人で甘味でも食べに行こう。
そう、頭の中で計画を立てながら口に含んだスープは、不思議とさっきよりもおいしく感じた。
がーるずとーく!
(奈緒、あいつと何話してたんだ?)
(ないしょっ!)
clap?
(2012/5/17)
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