「ひどい顔だな」



まさに淡々と。
八雲は目の前で膨れっ面をした晴香に向かって言い放った。


向かいあった定位置に座る晴香は、八雲のその一言に反応し、キッと顔を上げる。
女の子に向かってそんなこと言うなんて!その顔はそう言っていた。
そしていつもなら、失礼だと思わないの、と晴香が言うところなのだが、それは飲み込んだままだった。
言ったところでどうせ、手痛いしっぺ返しを受けることをよく分かっている。


その代わり、その垂れ目がちな瞳をキッと吊り上げ晴香は八雲を睨んだ。
口は、開かない。




はぁ、と八雲のため息が静かな室内に響く。




困ったように眉を寄せた八雲。
晴香はと言えば、再び口を真一文字に結んで、今度は眉を潜めて泣きそうな顔をしていた。





はぁ。
もう一度八雲の深いため息が聞こえた。






「君は何を怒っているんだ?」
「…怒ってない」





八雲の問いに、晴香もようやく沈黙を破ったものの、未だその眉を潜めたまま。

怒っているような、泣きそうな、そんな顔。




「君は嘘が下手だな」
「嘘じゃないよ」
「おまけに意地っ張り」
「八雲くんに言われたくない」




顔を見られまいとしてか、今度は俯いてしまった。
参ったとばかりに八雲は頭をかく。




一体、何がきっかけだったのか。




八雲はそっと思い返す。


たしか、部室に来た時は普通だった。
いつものように騒々しくやって来て、
今日あったことだとかをこちらまで釣られそうになるくらい楽しそうに喋っていた。
その内こいつが講義室に忘れ物をしたと席を立って。
その間に丁度依頼したいと女子学生が来た。
面倒ながらも、話を聞いていればそれは明らかに勘違いや気のせいに入る類の話で。
口八丁でうまく丸めて引き取って貰おうとして、
そういえばあいつが全然帰ってこないことに気付いた。

ドジなあいつのことだから、探し物をまだしているのかもしれない。

様子くらい見に行ってみるかと、その依頼者と一緒に外に出て。
そして丁度そこにこいつが戻ってきた。



それからだ。

こいつが何か言いたげで、でも口は開かず、しかめっつらしたり泣きそうな顔したりしだしたのは。








…あぁ、そういうことか。







そこまで考え、ようやく思い至った原因に、八雲は小さく笑った。




「さっきのは、ただの依頼者だ」




何となく照れ臭く思いながらも告げれば、晴香が勢いよく顔を上げた。

その顔は驚きで満ちていて、何で、と言わんばかり。

どうやら正解らしい。
あまりの分かり易さに、もう一度八雲は笑った。





「君がふて腐れてた原因はそれだろ」





確信を得てそう言えば、晴香は頬を染め口をぱくぱくとさせた慌てっぷり。

原因が分かったこと、何よりその原因に、八雲の心にじわじわと温かく擽ったいものが広がる。

嬉しく、思った。




「君のことだ、どうせ得意の早とちりで何か勘違いでもしたんだろ」
「ち、ちがうもん」




一体何を勘違いしたかは知らないが。

そう意地悪く、どうにも面映ゆい気持ちを隠そうと紡げば、
それとは打って変わって恥ずかしそうにもごもごとした晴香の声が聞こえた。




「別に依頼者だろうなっていうのは分かってたけど…」
「分かってたけど?」
「…だって、八雲くんがお見送りするなんて、なんか…」



私にだってしてくれないのに。

そう、最後は消えそうな声で、まるで拗ねたような口調で。






ああ、もう、全く何でこいつはこう…





ぽそぽそと俯いたまま話すその顔は八雲には見えなかった。
けれど、栗色の髪から覗くその耳の赤さが全て物語っていた。
思わず、その熱が伝染した。


頬が、熱くなる。
感情が、込み上げる。





「別に、見送った訳じゃないし、僕は君の様子を見に行こうとしただけだ」
「え?」
「学校内で迷子になってるんじゃないかと思ってね」
「ま、迷子になんてならないよ!」
「どうだか。それに…思うことがあるなら、最初から素直に言えばいいだろ、ヤキモチだって」




あんな悲しそうな顔をするくらいなら。
それは胸の内に留め、こちらが動揺していたことを隠して、わざと意地悪く笑ってみせた。


もっと反応が見たい。


照れ慌てふためくこいつを、ヤキモチじゃないもんなんて拗ねるこいつを、見たい、なんて。




加虐心を煽ったのは、君だ。









「だって…言えないよ」








けれど怒るという予想に反した、消え入りそうな声が返ってきた。
変わらずぽつぽつとした声。

見れば、俯けていたその顔を少し上げ、真っ赤に染め上げた頬にハの字に下げた眉、
恥ずかしさに潤ませた瞳でこちらを見上げて。






「別に私は、八雲君の…彼女、じゃないし…」





なんて、切なそうな顔をして、悲しそうに唇を噛み締めて。
なんかごめんね、なんて笑ってみせて。



ぐらり。



八雲の中の余裕など、敵うはずもなく。




ああ、もう降参だ。




素直に心の中で両手をあげて。





「なら、彼女になればいい」





そうすれば堂々とヤキモチを焼いてくれるんだろ?




そう完全に白旗を揚げた八雲が告げれば、
目の前の晴香は更に顔を染め上げた。


















こいびとからおひとつどうぞ


(よろしくお願いします、なんてあまりにも嬉しそうに笑うから)
(僕まで釣られて笑ってしまった)
















clap?









(2012/4/5)






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