*『心霊探偵八雲1〜赤い瞳は知っている〜』

「あなたでしょ。八雲の瞳をきれいだと言ったのは。」より生まれた3K。
文庫本P147〜、単行本P146〜の一心さんsideです。















この時間はいつも境内を歩いていた。
特にいつもと変わらない風景の中に、ひとつ変わったこと。

この時間帯に珍しい、若い女性が門前にたっていた。

寒そうに縮こまって
何やらご立腹のようで。


その姿を一目みた時に
何か感じるものがあった。
纏う何かが、似ていると思った。


そして、彼女がもしかして、という思いに至ったのだ。


それだけの理由だが、それで充分。




自分とは離れた所を転がっていく石を目で追った後、
抑え切れず期待に弾む思いをおどけた口調にのせて声をかけた。

そして、彼女が私の左目を覗きこんだあと、
確かに驚きはしたものの、
そこには奇異や畏怖が微塵も浮かんでいないことに気付いた。


やっぱり。


緩む頬を堪えて、
怪しまれないよう口を開いた―。










寺という場所がら、八雲は滅多に寄り付かない。
それ自体は別に責めるつもりもない。

ただ、あの子がどう思っていようとも、この家が、私や奈緒が、
あの子の帰る場所で在りたいし、迎えいれる変わらない存在で在りたいと思う。

そんな親心を知ってか知らずか、
八雲はたまに帰ってきても用事を済ませば顔も出さずに帰ってしまうことがある。


そんな八雲が、
本を借りに来たと一言言ったきり、私の向かいに腰を下ろしたのだ。



珍しい。



「本を探さなくていいのかい?」
「後で探すからいいんだ。」


さっさと帰ってしまうのに、今日に限ってどうしたのか。
落ち着きもないようだ。
その額にこさえた傷が関係あるのだろうか?



「その傷はどうしたんだ?」
「別になんでもない。」
「お茶でも呑むか?」
「いや、いい。」



それ所か、無表情を装ってはいるが何だか照れ臭そうにも見える。



「そわそわしてどうしたんだ?」
「別に、いつもと変わらないだろ。」



よく言う。
どこがいつもと変わらないのか。


少し訝しんでしまったが瞬時に悟る。


ああ、そういうことか。
やれやれ。世話の焼ける子だ。



「今日はせっかくだからみんなで夕飯にしないか?」
「…そうするよ。」



照れ臭そうにぶっきらぼうに返された言葉に思わず頬が緩んでしまう。


話したいことがあるなら素直に言えばいいのに。


それでも何だかそんな様子が喜ばしくて、彼のタイミングを待ってやりたかった。









八雲がいることがよほど嬉しかったのだろう。
奈緒は八雲から片時も離れずはしゃいでいた。

八雲は奈緒の相手をしながら表情を緩めていたが、
時折何かを言いにくそうにこちらを伺ってもいた。

きっかけを作ってやることも出来たが、奈緒がこれだけ喜んでいるのだからと、
あえて触れずに放っておいた。

普段、私や奈緒に寂しい思いをさせているんだから、
これくらいしても罰は当たらないだろう。





いつもよりも賑やかな食事を済ませ、
奈緒ははしゃぎすぎたのか八雲の膝の上に頭をのせ、
その小さな腕を腰に巻き付けるようにして寝入ってしまった。

時折八雲が奈緒の頭を撫でれば、奈緒が小さく身じろぐ。
もともと奈緒に対しては甘いが、
それにしても。




優しい表情をするようになったものだ。
穏やか、と言った方がいいか。




確か一月ほど前にも会ったが、あの時とは明らかに変わった。
今日顔を見た時から、その纏う空気が柔らかく、
少し晴々としたようなものになっていることに気付いていた。




「で、どんな良い事があったんだい?」




唐突に切り出した言葉に、八雲が驚いたように顔をあげた。
その顔には、どうして分かったんだと書いてある。



「私はお前の親だからね。それくらい分かるさ。」



そう笑えば、皮肉がとんでくることもなく、
ただ反応に困ったようにでも照れ臭そうに
「別に良いことなんかじゃない」とぼそりと返された。





愛情に慣れていない、いや、それを受け止めるのを恐れていた八雲。
自分には愛される資格などないと本気で思っている。

本当にささやかだか大きなこの変化。



ははぁ、さては。





「分かった。ガールフレンドでもできたんだろう?」
「なんでそうなるんだ。」
「なんだ、違うのか。」
「違う。そんなんじゃ、ない。」




やや伏せられた目を見て、
なんだ、あながち間違いじゃないんじゃないかと心のうちで呟く。
今それを口にだせばこの捻くれ者の機嫌を損ねることは明白だ。




「そんなんじゃないなら、一体何なんだ。」
「・・・」




押し黙ってしまったがここは気長に待つことにしよう。

そう思い、目の前のすっかり温くなった湯呑みに手を伸ばす。






「…きれいと」

「ん?」

「きれいと言われたんだ。」




この瞳を。



そう少し掠れた声で、消え入りそうな声で呟いた。
その瞳は潤んでいるようにも見えた。








―いつかお前の目が綺麗だと言ってくれる人が現れる。

―きっといる。









「…そうか。」




搾り出せた言葉に万感の思いがこもる。

ただただ胸に沸き上がるのは喜び。




ついに、では少し違う。
かと言って、まさか、という表現はもっと違う。


いつか現れる。
その言葉に、そうなればいいと希望を託したつもりもなければ、
現れるかもしれないと願望をかけた訳でもない。

現れる。そう確信していた。


私に八雲がいたように、明美ちゃんが現れたように。




ようやく、だ。
ようやく現れたのか。





「どんな人なんだ?」

「変わり者だよ。」

「それだけじゃわからん。」

「…それと、お節介。」

「お前のその額の傷も彼女が介抱してくれたのか?」

「……あと、トラブルメーカーだな。」

「で、かわいいのか?」
「それは主観の問題だろ。」

「そうか、そうか。かわいいのか。」

「話しを一人で進めるのは止めてくれ。」




照れ隠しのように眉ねを寄せている。

この捻くれ者をこんなにもほだしてしまうとは。






明美ちゃんも聞いているだろうか?


八雲の心に幾重にも重なった雲を、優しく取り払ってくれる人が現れたんだ。
八雲の、そのままの姿を、正面から受け止めてくれる人が。
きみと同じように。




彼女が、笑っているような気がした。










「ありがとう」



思わず零れた言葉。


それを、私に伝えようと思ってくれたこと。
そして話してくれたこと。


あと、まだ見ぬ彼女へ。






「何がだ?」


そう訝しげに頭を捻った八雲に、
ただ笑いかけた。















そんな先日のことを思い出し、改めて招き入れた彼女を見る。



「どうして、それを?」



不思議そうに真っ直ぐ見つめてくる彼女。

まだ幼さの残る顔立ちをしているものの、その声音には凛とした芯の強さを感じた。

くすりと笑みをこぼしてから身をのりだした。




「ここだけの話だがね…」

「叔父さん。それ以上よけいなことは言わなくていい。」




この一連の会話を、奴がどんなに喜んでいたかを教えてあげようとした所で、
ぶっきらぼうな声が降ってきた。




もう戻ってきてしまったか。残念だ。




些か苛立っている様子だが、照れ隠しだということはお見通しだ。




「邪魔せんでくれ。私は、もう少しお前のガールフレンドと話をしたい。」



茶化すように言えばぎろりと睨まれてしまった。

おお、こわい。



少し遊びすぎてしまったか、
そのまま八雲は少しやり取りをして
早々に出ていってしまった。


本当に愛想のないやつだ。


こっそりとため息を吐き出し、そんな八雲を慌てて追い掛けようとした彼女に声をかけた。




我ながら、親バカだと思うがあの子のことを解かって欲しかった。

これからも、どうか八雲をよろしく。

そんな思いをこめたかったが、どうにもフォローに説得力はなく感じて。
苦笑いを零してしまう。








だが、そんな心配は無用のようだった。




「分かっています。」




そう、彼女は満面の笑顔を浮かべたのだ。

まるで晴れ間のような、澄み切った空のような笑顔で。









大丈夫だ。



走り出ていく彼女を見送り、
そう浮かんだ思いもまた、希望でも願望でもない。

確信だ。






「―─君も、そう思うだろう?」





彼女がまた笑った気がした。





















追憶の空へ




















‐‐‐‐‐‐
一心さん書いていると優しい気持ちになって来る!
すごいぜ一心さん!

一心さんの親バカぶりと、可愛い八雲がかけて満足。もはや自己満足!


でもね、八雲は一心さんに一番に報告したかったと思うんだ。
きっとどこかで、一心さんの「きっといる」という言葉を信じていて
そう言った一心さんの想いも汲んでいたと思うんだ!!
だから、一心さんに言ったんだ!!
そいで、一心さんも泣きそうになるほど嬉しかったと思うんだ!!

ここはもう想像しただけで泣ける。悶える。


ほかの人から見た八晴が好きすぎる・・!






(2009/12/1)
(2011/2/3)





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