唐突に寒さを感じて、意識が急浮上する。
身体はぶるりと寒さを主張するが、意識は未だふわふわとまどろみ、心地良さの中にいて。
出来ればもう一度そのまどろみの世界に沈みたい。
寒さなど無視してしまおうと、単に動くのが面倒な思考が結論づけて。
身体を少し丸めて、固く目をつむり直した。
そして、ふわり。
何かが優しく自分に覆いかぶさって、じわじわと温かさが服越しに伝わってきた。
「…ちゃんと布団かけなきゃ、風邪ひくよ」
ゆっくりと重い瞼を開ければ、優しいセピア色の瞳とかちあった。
そしてその瞳はやんわりと微笑んで、まるで子供に言い聞かすように穏やかで甘やかな声でそう言った。
「…僕は君と違って、そう簡単に風邪なんかひかない」
起きぬけの自分の声は、思ったよりも低く掠れて聞き取りづらい。
だがちゃんと聞こえたらしい目の前のこいつは、むっとした顔をして膨れっ面。しかしすぐ何かを思いついた子供のような顔になる。
本当に、表情豊かで、思わず口許が緩んだ。
「何とかは風邪をひかないって言うもんね」
そして、揚げ足取りが出来たことが嬉しいのか、ふふんと誇らしげに笑ってみせた。
僕の反応を待つそのわくわくした表情に、応戦するのもどうでも良くなって、そんな余裕を見せるこいつの腰へと手を回し問答無用で引き寄せた。
別に何も返せなかった訳では、ない。
ぎし、とベッドのスプリングが軋む。
同じ布団の中にいたと言うのに、触れたこいつの温かさと言ったら。
距離がゼロになるようにその温もりを引き寄せた。
温かい。
「わっ、少し身体冷えてるよ。八雲君ってば、布団はらっちゃうんだもん」
胸元に擦り寄りながら、もうっ、なんて少し批難めいた声がくぐもって聞こえた。
なるほど、今しっかり自分に掛かってる布団は、どうやらこいつがかけ直してくれたらしい。
それだけのことで、じわりと胸の奥が温かくなる。
「別に、冷えてない」
「寒くて起きたくせに」
口をつく素直でない言葉に、すかさず反論された。
出会った頃はこのおしゃべりな口を黙らせられたのに、最近はこうして負けじと食いつくようになった。
いつだったか、八雲君と一緒にいればそうなるよ、と笑っていた。
それだけの時間を過ごしてきた。
そしてこれからも、君の口は達者になっていくんだろう。
「学生の頃…八雲君、よくあの部室で寝られたね」
「…あぁ、」
そういえば、と思い出す。
大学に住み着いて、季節関係なく寝袋で過ごしていたあの頃。
騒々しい君と出会った場所。
「寒くて寝られなかったんじゃないの?」
「いや、そうでもなかったな」
「え?じゃぁ八雲君昔は寒さに強かったんだね」
「昔はって、何だよ」
ごそっと動く気配がして、胸の中から抜け出たこいつは同じ枕の上に頭を横たえた。至近距離で真っ直ぐにこちらを見つめてきてキョトンとしていて。それがどうにも照れ臭くなって、あと離れた隙間がやっぱり寒くて、再びぐいっと引き寄せた。
「離れるな。寒い」
そんな言い訳めいた事を告げれば、くすりと笑った吐息が首筋をくすぐった。
「ほら、寒がりじゃない」
そう、笑った。
あぁ、確かに。
昔は寒いのに、慣れていたから。
独りの部屋も、眠りに落ちる時もそして目が覚めた時も、ずっと寒くて、それが当たり前だったから。
でも、今は。
「そうだな」
温かさを知ってしまったから。
だから、その温かさを手放せなくなっただけ。
その寂しさが恐くなっただけ。
そっと背中に腕が回された。
背中にもその体温がじわりと広がる。
「こうすると、もっと温かいね」
そんな眠さを含んだ優しい声が聞こえた。
じわり。
温かい、何もかも、全てが。
「おやすみ、八雲君」
「…おやすみ」
目が覚めてもこの温もりが在るのだと、
なぜだか泣きたくなった。
おはようから
おやすみまで
君のことを
好きでいるよ
(なんて特別で愛おしい、日々の幸せ)
clap?
(2010/3/19)
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