*6巻以降きっとこんな事があったにちがいない!という3K。
















「ふあぁ〜」


もう何度目になるかわからない欠伸。片腕はハンドルのままに大きく伸びをすれば、ごきりと鈍い音がした。


「ふぁ〜あ」


もうダメだ。
欠伸しかでない。

ちらりと助手席の八雲を盗み見た。こんだけ欠伸を連発しても「冬眠あけですか?」なんていつもの皮肉が飛んでこないもんだから、てっきり寝ているかと思いきや、じっと窓の外を見据えていた。



「何だ、起きてたのか」

「別に寝てるなんて言った覚えないですけど」

「あーそうでしたね!」


口を開けばこれだ。

が、さすがにその声には疲れが見える。
無理もない。


今日は陽が昇ってすぐの時間に半ば寝袋から引きずりだすように八雲を事件に引っ張りこんだ。
それくらい、急を要したのだ。
結果、今にも失われかけた命は守られ、犯人に逃亡される前に身柄を確保できた。
警察としては大手柄だ。

が、朝から引っ張り出された八雲の機嫌は一日通してすこぶる悪い。
恐らく石井が殺伐とした現場に残ると申し出て、八雲を送る役目から逃げ仰せたのはそのためだ。


正直俺だって申し訳ないと思う。


まず非常識すぎる時間だったのもそうだが、本当に寝袋からはい出てきたその格好のまま連れ出したのだ。
下はジーンズだったが黒のシンプルな無地Tの八雲はどうにも見慣れない。


それに何より、八雲は財布は元より携帯電話すら持ってきていない。


現場について早々、ポケットをまさぐり、しまった、と苦々しげに呟いた八雲に、携帯を忘れたのかと問えば「どっかの熊のおかげで」ともの凄く睨まれた。

「後藤さんちょっと携帯貸してもらえますか?」

そう少しの間の後、珍しく歯切れ悪く聞いてきたこいつにそれくらいお安い御用だと背広のポケットに手をつっこんで


「あ」


デスクの上に置きっぱなしだということに気付いた。


そこからもうけちょんけちょんに言われたのは言うまでもない。


携帯くらいで何だよ!と出かかった言葉は機嫌を損ねる訳にいかないのでさすがに飲み込んだ。
そもそも、こいつは携帯電話なんかに固執するタイプじゃなかった。
そんなもん煩わしいというくらいのスタンスだった。
全く、いつから携帯中毒の現代っこになったんだか。


とにもかくにも、日中のそんな一コマ以外は常に神経をすり減らすような空気だったため、気付けばとっくに月が真上に上がっていたのだ。

まだ騒然とする現場で、こいつはいい加減帰して下さいと頑なに言い続けた。

あまりの煩さと、強くは出れない立場から仕方がなく石井に任せて車へと乗り込んだ訳だ。


事件が終われば、もう関係ないと言わんばかりに八雲が去ることは多かったが、ここまでまるで焦っているかのように帰宅したがることはなかった。


──今にして思えば、日中だってどこか落ち着きなかった。
今更ながらに不審に思えて探るように隣に視線をむける。


真っ黒なサイドガラスには真剣に考えこむ八雲の顔が映り込んでいる。



何だ。
一体何を考えてる?
さっきの事件にはまだ裏があるというのか?



まぁ尋ねたところで素直に教えてもらえないのは分かっているので、そこからは眠い目を擦りながら運転に専念することにした。




そうしてようやく大学にたどり着き

「今日は悪かったな」

そう隣へ声をかけるが、八雲は未だ思案顔で外を睨んでいる。

早く帰せと喚いていたくせに。


「おい、八雲…」

「…僕一人だけ被害を被るというのはやっぱり納得できません」

「は?」

「責任とって下さいね、後藤さん」

「おい、何言ってやがる?」


全く話が読めない。


「だから、お茶くらいだしますよって話です」

「お茶だあ?」

「ええ。日夜市民の平和を守るためご活躍している後藤さんを労おうと思いまして」

「…断る」

「人の好意を無下にするもんじゃありませんよ」

「好意ならな」

「どういう意味です?」

「言葉通りだよ!悪意しか感じられねぇ!」

「はぁ…。お茶を出そうと思っただけでそんな事を言われてしまうんですね」

「あぁ?」

「やっぱり柄じゃないことなんてするもんじゃないですね」

「…」

「分かりました。もう金輪際…」

「あーもう!分かったよ!」

「最初からそう言えば良いんです」


このヤロウ!


ケロリとした腹が立つ顔に本気でどついてやろうかと思ったが、寸での所で抑え込む。ここに石井がいれば間違いなくその頭にぶつける所だ。



仕方なく脇に車を停め、
歩きだした八雲に続く。

いつもなら早々に追い出すくせに今日は招き入れようとするなんて、気持ちが悪すぎる。

俺に対しては「用がないなら帰って下さい」としか言わない。
基本的にこいつはそうだ。自分のテリトリーに踏み入れられるのを嫌う。

いや、ただ一人例外がいた。
晴香ちゃんだ。
八雲は口ではなんだかんだ言いつつ彼女が来ると途端に嬉しそうにしやがる。

前に八雲の部屋を訪れた時、俺に対しては嫌そうにしていたくせに、晴香ちゃんが来た途端「暇だな」なんて憎まれ口を叩きつつその口許は優しい弧を描いていたのだ。

あれには驚いた。





ふいにピタリと八雲が足を止めた。

もう部室棟は見えているのに。


何だか八雲の背中が小さく見えた。



「おい、八雲。どうしたってんだ?」

「…何でもないです」



そんなあからさまに落ちたトーンで言われても説得力がない。


一体何なんだよ。


訝しみながらその背中を見つめていれば、やがて八雲は重い足取りで歩み始めた。


もう隠れ家はすぐそこだ。



尚も重い空気を纏い、一歩一歩黙々と進む八雲。
早く帰りたい、けど帰りたくない。そんな足取りに思えた。

そんな八雲の様子に次第に訝しむ気持ちより言い知れぬ不安が募っていく。



何かとんでもないものがいるんじゃ…




くたくただった疲労感も眠気も忘れ、妙な緊張感が沸いて来た。






そこからは八雲の足が止まることはなく、あっという間に映画研究同好会のプレートが掛かったドアの前にたどり着いた。


ここに何かあるのか?


じわりと滲むように先程からの緊張感が一気に高まる。





そして、ほんの一瞬。

八雲がため息を零し、一瞬の躊躇いを見せたかに見えたその後、がちゃりと一気にその扉を開いた。









「八雲君!」









途端中から聞こえた、叫びに近いような声。


予想だにしていなかったソレに、思わず肩が跳ね上がり心臓も止まりそうになってしまった。


なな、何だ!



それに対して八雲はというと、

「うるさい。近所迷惑だ。」

まるで予測していたかのように耳を塞いで顔をしかめていた。


いや、こいつは間違いなく分かっていたな。


八雲が目の前にいるせいで中の様子は見えないが、そんな言い方しなくてもいいじゃない!という尖った声でただならぬ雰囲気だけは分かった。




「…はぁ。君は今何時だと思っているんだ」
ぼそりと零しながらようやく室内に入っていく八雲に気後れしながらも続けば、やはりというか、何というか。



「何だ、晴香ちゃんじゃねぇか」



目尻に涙を浮かべ、憤慨した様子の晴香の姿があった。

勢いよく立ち上がったのだろう。
パイプ椅子がひっくり返っている。



見知ったその姿に先程までの緊張感はとけ、一気に脱力しそうになった。



が、それにしても。




「一体、何事だ?」




目の前の晴香はいつもは垂れ気味の愛らし目尻を今はきっと吊り上げて、口を真一文字に結んでいる。

その後ろには鬼が見えそうだ。



「やっぱり後藤さんと一緒だったんですね!」
「後藤さんからもこいつに言ってやって下さい」



くるりと同時に二人がこちらを向く。


…俺にふるな!


そう出かかった言葉は晴香の気迫に圧されて出終いだった。



「だ、だから何なんだよ!」



出来れば関わりたくない二人の様相に思わず声が裏返った。

しかし今の二人には俺なんて関係ないようだ。



「君はいちいちオーバーすぎるんだ」

「何よそれ!」

「やっぱり、と言ったってことは君だって後藤さんに僕が連れ回されてると予想できていた訳だろ」

「そりゃそうかなとは思いはしたけど…!」

「だったらそんな騒ぐことないだろ」

「そういうことじゃなくて!」



目の前で繰り広げられる言葉の応酬にただ突っ立って呆気にとられているしかない。



「昨日、今日の朝行くからって連絡しておいたのに八雲君が居ないから…」

「君は忘れ物を取りに来ただけだろう?別にぼくが居なくても用事は済ませられる」

「そうだけど!来てみたら、寝袋もそのままの状態で置きっぱなしだったし、」

「それは後藤さんが…」

「部屋の鍵も開いたままだし、携帯も机の上で…」

「おい、人の話を…」

「全然連絡もつかないし」

「…」

「…心配するに決まってるじゃない」



さっきまでの威勢の良さは見る影もなく、消え入りそうな言葉が静かな部屋に響いた。
晴香は目にいっぱいの涙をため、零さぬようぎゅっと唇を引き結び俯いてしまっている。



もう完璧に二人の世界だ。









「悪かった」






何だか居た堪れないような気持ちでソワソワしていれば、ぽそりと聞こえたソレ。
酷く穏やかで優しい声音。


驚きのあまり、ばっと反射的に顔をあげ思わず八雲の顔を凝視する。

…本当に今のは八雲が言ったのか?


そんな思いで見つめたその顔は困ったように眉ねをよせて、気恥ずかしそうにバツが悪そうな表情を浮かべていた。
そして晴香を見るその眼差しは、優しく、愛おしむような柔らかいものだった。


驚いた。
心底、驚いた。


そんな八雲の声を聞いた事もそうだが、何よりこの捻くれ者が素直に謝ったのだ。
俺には謝るなんて死んでもしないようなやつが。





「…約束しただろ」

「…」

「僕はどこにも行かない」

「…うん。信じてるよ。信じてるけど、不安になるんだもん」

「だから、悪かったって謝ってるだろ?携帯があれば連絡したさ」

「…うん、分かってる。八雲君が帰ってきた。それだけでいいの」





開いた口がさっきから塞がらない。

約束?どこにも行かない?

この八雲がそんな約束をしたっていうのか?




「それにしても、まさかとは思ったが…」

「何?」

「こんな時間まで待ってるなんてな」

「だって心配で…」

「こんな時間に、誰が出入りするか分からないこんな所にいるなんて君は無用心すぎる」

「八雲君のせいでしょ」

「…心配する僕の身にもなってくれ」

「え?」

「何でもない」




…ああ、もうダメだ。
これ以上は無理だ。





「お茶」




ようやく割り込ませた言葉に二人がピタリと動きを止めて振り返る。

その顔は驚いていて。


本当に俺の事忘れてやがったな。




「…後藤さんいたんですか」

「お前がついて来させたんだろ!」

「あ、お茶なら私が煎れますよ」

「いや、もういい」



正直、これ以上この新婚家庭のような空気の中にいるのは遠慮したい。
というか、これ以上見せつけられてたまるか。




「俺はまだ仕事が残ってるから、茶はまたでいい」

「そうですか。残念です」



心にもないことをよくもまぁ。


このむず痒い空気の中それでも事の成り行きを見守っていた自分がバカみたいだ。


でも、まぁ。



「あー、何だ、晴香ちゃん。悪かったな」

「あ、いえ、そんな後藤さんが謝ることなんて…!」

「いや、心配かけたみたいだからな」

「謝るのは僕にでしょ。後藤さんのせいで僕は踏んだり蹴ったりだったんです」

「あーそりゃ悪かったね。今度からお前さんを借りる時は嫁さんに許可貰ってからにするよ。」

「なっ…!後藤さん何言ってるんですか!」



こうして八雲のことを何より気にかけてくれる人がいること。
そして八雲もそれに応えるようになったこと。


それが嬉しいと素直に思えた。


誰かを大切に思うことで何より自分に無頓着で、省みることのなかった八雲自身が自分を少しでも大切にするようになった。


本当に大した進歩だ。



だから、こんなのを見せつけられるのも意外と悪くない。




「何ニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い」

「…そういう所は変わらないんだよな」

「何の話です?」

「何でもねぇよ」




腑に落ちない様子の八雲に背を向けて。


今日という一日を潰させちまったせめてもの詫びに早く二人にさせてやろう。


手をかけたドアノブからひやりと冷たさが伝わって、がちゃりと開いたその隙間から夜の外気が頬を撫でた。

暗いその世界に身体を滑りこませて。



「ごちそうさん」



扉を閉める前、別れの言葉の代わりにそう声をかければ、二人が揃って首を傾げたのがみえた。



恐ろしいカップルだと思わず苦笑を零し歩き始めれば、すっかり冷え込んだ夜風が身体を包む。



冷える。
が、寒さは感じない。

どっかの誰かさん達の熱気にあてられたかな。



そんな事を考えれば
自然と頬が緩んで。

来た時よりも何だか足取りが軽くなった気がした。












見上げた月が笑って見えた。

それはまるであのおっさんのように暖かで。
あの末恐ろしいカップルを、ずっと優しく照らしてくれればいいなんて、柄にもなくそんな事を思った。









clap?




‐‐‐‐‐‐
晴香に怒られようとも、石井さんの携帯から晴香にかけるという選択肢は全くなかった八雲さん。この後、照れながら晴香を家まで送り届けて二人でもじもじすればいい。
そして後藤さんは尻に敷かれた八雲に自分を重ねて、敦子さんに会いたくなってしまえばいい!

あの約束の6巻以降、八雲はちゃんと約束を守っているに違いないと思うんだ!そしてその中で、こういう止むを得ない場合もあるに違いない。
その止むを得ない場合の時は、八雲はずっと晴香ちゃんのことばかり気になっちゃって事件どころじゃなくて、晴香ちゃんは八雲が心配で心配で泣いてしまうに違いない!!
最終的に、次同じ事をやらかしたら、八雲ともども後藤さんも怒られるに違いない!!!

そんな妄想の産物のため
短編な気がしなくもないが3Kで。



なんだか3K好評っぽくって(とか言って私の願望だったらどうしよう)嬉しいです。






(PCup2011/3/10)








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