ぞくぞくと爪先から頭まで走り抜ける寒気。それに共鳴するかのように鈍く頭の奥底を殴られているような脈打つ痛み。
八雲は思うように力の入らない身体を狭い寝袋の中で僅かに縮こまらせた。
今朝方起きた時から身体はだるく、頭は霞がかったように重かった。ずきりと小さくこめかみも痛んだ。
風邪をひいたのかもしれない。
そんな事をぼんやりと思いはしたが、午前中には1コマ講義が入っている。このくらいの不調なら大丈夫だろうと特に気にはせず、来ていた服の上からいつものYシャツに腕を通し、コートを羽織り、部室以上に寒く冷たい風が吹きつける外へと足を踏み出したのだった。
しかしそれがまずかった。
席についた時には頭ががんがんと痛み寒気も止まらず、講義の内容がほとんど頭に入らない、ただ苦悶の時間を過ごすはめになった。
そうしていつもの倍以上に感じる長い時間を経て、ふらつく身体でようやく部屋まで戻ってきたのだ。
早々に寝袋の中に潜りこんだのは言うまでもない。
倦怠感と気持ち悪さに、もぞもぞと八雲は寝返りをうつ。
喉はひりつくように痛み、声もうまくでない。
「水…」
掠れる声で呟き、渇きを訴える身体に応えようと身体に力を込めるものの少しだけ持ち上がった上半身はあっけなく崩れた。
寝袋から手を抜き出すことも叶わない。
仕方なくぎゅっと目をつむる。
寝てしまえば楽だ。
そう思ってもひりつく喉のせいで呼吸も苦しく、尚も増す寒気にそれすらも叶いそうになかった。
熱がまだ上がってるな。
気を紛らわせるようにそんなことを冷静に分析し、ならば上がりきるまで堪えるしかないかと半ば諦めるような気持ちで息を吐き出した。
――あいつ…
ふと、ぼんやりと熱に浮かされる脳裏に浮かんだのは、あいつの顔。
いつも気付けば傍にいる、お人好しのトラブルメーカー。
思い浮かぶだけで何だか心穏やかになるその顔は、ニコニコと脳天気に笑ってる。
――来なきゃいいんだが。
そんなことを朧げに思う。
きっとあいつはぼくを見て、まるで自分の事のように心配そうに泣きそうな顔をするんだろう。
あいつのそんな顔は見たくない。
そしてあのお節介は、「こんな寒い部屋にいるからだよ」なんて小言を言いながらも、ぼくの世話を焼こうとするに違いない。
なんだか忙しなく動く様が思い浮かんで、口元が自分で分かるくらい緩んだ。
「――ッごほ、」
咳まで出だした。
ひりつく喉には咳もつらい。
こうなるとあいつが来たとして考えられる結末は
“お約束のように風邪がうつって寝込む”が妥当だろう。
そして「八雲君のせいだよ」なんて文句を言って、口を尖らせるに違いない。
容易にその光景は想像できて、小さく笑ってしまった。
「だから、来るなよ」
そう誰にともなく呟いて。
頭の中で尚も消えないあいつの姿にどうにも気持ちが落ち着いて。
身体が少し楽になったようにさえ感じた。
ゆるり、と、眠気がやってきた。
――本当は、会いたい。
思わず浮かんだ想いは、気付かないふりをした。
寝て起きたら。
きっと熱も下がって、いつものように騒がしくやってくるであろう彼女をいつものように迎えられるだろう。
だから、早く治さないと。
彼女が笑顔でやってくる様を思いうかべれば、じわりと心が温かくなって。
ふわふわとした心地よいまどろみが全身を包んだ。
そして漸く、ゆるゆると八雲は深い眠りに落ちていった。
大丈夫。
(彼女のことを思い出せば、何だかそれだけで安心した。)
clap?
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た、楽しかった…!!
ちょっと、晴香に看病されるシリーズを書きたくなりました(`・ω・´)
(2011/4/9)page top