確かに、今日は真冬の冷え込みだと朝の天気予報で言っていた。


凍て付くような寒さ。
頬を撫でる風は刃物のように鋭く痛い。

マフラーに思わず顔をうずめてしまう。

少しでも気をぬけば、
途端に縮こまってしまいそうな身体を真っ直ぐと伸ばしながら
晴香は隣を歩く、自分よりも頭一つ大きい八雲を見据えていた。



「いいから使えって言ってるだろ。」

「いいわよ!そしたら、八雲君が寒いでしょ!」



先ほどからこの繰り返し。
呆れたようにその寝癖だらけの頭をがしがしと掻きながら言い放つ八雲に対して、
晴香はもはや意地になって叫んでいた。



「ぼくは寒くないって言っている。」

「私だって寒くないよ。」

「は〜。意地っ張り。」

「八雲君に言われたくない。」

「ぼくだって君にだけは言われたくない。」

「あー、そうですか!」

「それに、どうせ君はお約束のように風邪をひくにきまってるんだ。」

「ひきません!」

「いいや、ひくね。現にさっきクシャミしていただろ。」

「そ、それは…」



思わず、うっと言葉につまる。
そんな晴香を一瞥し、尚も八雲は飄々と続けた。



「あとで僕のせいにされたくないからこうして言ってるんだ」

「しないわよ!八雲君こそ後で君に貸したせいだって
 風邪をひいてから言うに決まってるんだから!」

「君と一緒にしないでくれ。」

「よく言うわよ!」



絶対ぶつぶつ言うに決まってるんだから。

そうぼそりと零した晴香に
八雲は左眉を吊り上げ、目を細める。

その深い赤に見つめられると、どうにもドキリとしてしまう。



「・・まぁ、でも、いらぬ心配か。」

「どういう意味?」

「何とかは風邪をひかないって言うからな。」

「どういう意味よ!」

「言葉通りだ。」

「失礼だと思わないの?」

「思ってたら言わない。」


よくもまぁ、抜けぬけと。



「じゃあ、風邪をひかないって言った八雲君だって“何とか”になるって事じゃない。」

「僕がいつそんなことを言った?君は数分前の会話も覚えてられないのか?」



・・・確かに。
風邪をひいても私のせいにしないと言っただけで、
風邪をひかないとは一言も言っていない。




「捻くれ者。」

「君のことか?」



八雲以外に誰がいる!



「大体、私だって風邪くらいひくもん。」

「へー?」

「何よ。」

「君みたいなのろまは寒さを感じないんじゃないのか?」

「失礼ね!私だって人並みの神経持ってます!」

「どうだか?だから今だって寒さを感じないんだろ?」

「すっごく寒いよ!」

「ほらな。」

「あ。」

「・・・」

「・・・」



しまった。
まんまと八雲のペースに乗せられてしまった。


晴香は思わず歩みを止めてしまったが、
一歩先で振り返る八雲の吊り上げられた口元に(それはもう意地の悪い吊り上げ方だ。)
バツが悪くなり、先ほどより速いペースで歩き出す。



「だ、大体、八雲君はいつも薄着すぎるよ。」

「別に僕が薄着だろうと、何だろうと君に関係ないだろう。」

「また、そういうこと言う!」

「・・・」

「もう八雲くんなんか、知らない!」



どうしてそんな言い方しか出来ないの!


なんだか、こうした瞬間に
八雲との距離が大きいような気がしてしまう。
怒りよりも、寂しさが勝り
思わず眼の奥が熱くなる。

更にペースを上げ、八雲より前に出た。



「・・・・」

「・・・・」

「・・・君が、」

「え?」

「君がくれたマフラーがあるから、別に寒くない。」



唐突に、背後からぼそりと聞こえたソレに振り返れば
照れくさそうに八雲が頬を掻いていた。



「…ふふっ。」

「…何だよ。」

「べっつに〜?」

「気持ち悪いやつ。」

「はい、はい。」



かわいいやつ。


心の声を読んだかのように八雲にぎろりと睨まれたが、
心を解していく温かさの前には全然効かない。

先ほどとは一変して、上機嫌になった晴香に
八雲は再び深く息をはいた。



「・・僕は本当にいいんだ。」

「え?」



隣に再び並んだ八雲を見上げれば、
バツが悪そうに頭をがりがりと掻き回し、
先ほどのように再び手袋を差し出してきた。

胸の奥がじんと熱くなる。



「でも・・・」

「別に君の為じゃない。僕にうつされたくないからだ。」



八雲くんがひいてしまえば意味ないじゃない。

そんな事を思ったが、それは口に出さずに飲み込んで
今度はそっと手袋を受け取った。



「ありがとう。」

「・・何度も言うが、君のためじゃない。」

「素直じゃないんだから。」

「それは君だろう。」

「別に、手くらい平気なのに。」

「こんなに冷やしてよく言うよ。」

「・・・心配性。」

「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ。」




照れくさそうに視線を逸らす八雲がおかしくて
更に頬が緩んでしまった。



そっと手袋をはめれば、
優しい温かさに全身が包まれるような気がした。私のその姿を見た八雲くんの表情も心なしか優しい。



もう一度、ありがとう、と口を開こうとした時だった。








「そんなことしている間に、早く入りなさい!
二人揃って風邪ひきたいの?」







がらり、と引き戸が開く音と同時に
敦子さんのよく通る声が響いた。




「あ。」



どうやら、とっくに目的地についていたらしい。


腰に手をあて、やれやれといった顔をする敦子さんの後ろからは
にやにやした顔の後藤さんが覗きこんでいた。
その足元では、そんな後藤さんを真似するように奈緒ちゃんまで。


ちらりと、八雲の様子を見て見れば、
その顔は無表情を装っているものの
どことなく照れたような、バツの悪い顔をしていた。
なんだか恥ずかしくて居たたまれない。

そして追い討ちをかけるように、再び敦子さんの声が響いた。




「ほら、そこの似たものカップル!早く!」




・・・あぁ、この火照った身体をもう少しこの冷気にさらしていたい。










似た者同士

「手袋なんかよりも、手をつなげばよかったのに!」

敷居を跨ぐと同時に、さらりと言われた言葉。
ぼんっと音がしそうな勢いで顔に熱が集まった。

その言葉に後藤さんはゲラゲラ笑い、
前を歩く八雲君の耳は赤かった


















‐‐‐‐‐‐
手袋かよ!というツッコミを是非とも入れて欲しい。
いやいや、手足の冷えは万病の元だからね。

うちの八晴&八雲ファミリーはこんな感じ。
やはり敦子さんは強い。


(2010/2/1)






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