帰宅した時から様子はおかしかった。

「八雲くんっ!おかえりなさい!」

そうエプロンで手を拭いながらバタバタと忙しなく出迎えに来てくれたその笑顔
はどこかぎこちなく、声のトーンはあからさまに高かった。
出会った頃から変わらない、何か本人に思う所がある時(それはほとんどトラブ
ルを隠し持っている時だ)の特徴。

「…ただいま。」

一瞬で訝しむ気持ちが沸いたものの、よくよく見ればその頬は赤らんでそわそわしていて。

思わず、その小さな額に手を当てた。そして熱でもあるのか?と聞けば、キョト
ンとした顔を一変させて未だ頬を赤らめ苦笑いしながら違うよと否定された。

そしてちらりと僕の顔を伺い見て何かを言い淀み、結局はご飯の支度できてるよ
、なんてパタパタとスリッパの音を立てながらこれまた慌ただしく走って行って
しまったのだ。
そこから今日はどうだった?なんて他愛ない話をしながら(ちなみに僕は今日も
熊がいかに熊だったかを教えてやる)夕食を用意する時も、ソワソワと落ち着きなく僕の顔をちらちら盗み見ていて。

そしてそんな様子にやっぱりトラブルを隠し持っているなと結論づけて、君が作
ってくれた夕飯を食べ終えてからじっくり聞き出すとするかと一人胸の内で呟い
た。

君を吐かせる方法なんて、僕はもう知り尽くしてる。



「あのね、」



そんな夕食後の愉しみに想いを馳せていれば、そっとお箸を箸置きに戻した君が
妙に改まった様子で声をかけてきた。


そして、どこか力強さを宿した、けれどひどく穏やかで優しい声音で続きを告げ
た。





「私達の、赤ちゃんができたの。」





僕の手から箸が滑り落ちた。














幸せを滲ませて













「…後藤さん。」

つい今しがた振動していた携帯をぱたんと閉じて、八雲は一歩先にいた後藤に声
をかけた。


「あ?何だよ。」


その呼びかけに当の後藤は首だけ振り返らせて、苛立った様子でじとりと八雲を
睨みつけた。
それもそのはず。
今日は久しぶりに舞い込んできた事件の概要を聞くために、八雲と二人連れ立っ
て依頼主の家を訪れていたのだ。
そして玄関前にたどり着き、さぁ行くぞと言うところで八雲は仕事そっちのけで
ジーンズから引っ張り出した携帯と睨み合いを始めてしまったのだ。


「おい、携帯いじってないで早く行くぞ。」

「後藤さんだけで行って下さい。」

「は?何でだよ!」



ここまで来て急に何を言い出すんだ。

後藤の声が裏返り、思わず馬鹿を言うなと顔をしかめる。



「別に話を聞くだけなんですから、これくらい後藤さんだけで出来るでしょ。」

「お前だって話聞かなきゃ分からないだろ!」

「どうせこの後は僕任せになるんだ。だったらこれくらい後藤さんだけでこなして下さい。」

「そう言って結局あれを調べろだ、これを用意しろだの俺を最後までこき使うじゃねぇか!」

「じゃぁ、後藤さんが僕の役回りをやってみますか?まぁ出来るとは思いませんけど。」

「それは…お前は考える、俺は動く。まぁ適材適所ってやつだな。」

「じゃぁ、僕は今いなくても大丈夫ですね。」

「は?っちょ、おい!どこ行くんだよ?」


くるりと踵を返してしまった八雲に後藤は弾かれたように慌てて声をあげた。

そのがなるような声に八雲は踏み出した足を止め、振り返らないままに煩わしそ
うに頭を掻いた。


「どこって、決まってるでしょ。」


そしてそう一言。

やれやれと言わんばかりの言葉に後藤はその背をキョトンと見つめる。


「決まってるったって…」


事務所に忘れ物でもしたのか、なんてピンと来ない推測を並べたてるうちに、後
藤はその背の違和感に気付いた。
顔は見えないその背は、どこか落ち着きなく纏う空気に違和感があった。
何より素っ気なさを装っているものの、その声はどことなく堅く強張っているよ
うにすら思えた。

きっと、長年付き合ってないと分からないような小さな違い。

そこで後藤はようやく思い至る。
八雲をこんな風にしてしまう、たった一人の人物を。



「…晴香ちゃんか?」

「…先に病院に向かったらしいです。」





身重の晴香が病院に向かった。

その意味がじわじわと後藤の胸のうちにも広がって、どこまでも照らしてしまう
ような、光零れるような喜びでいっぱいになる。


―─なるほど、だからか。


そんな事を口の中で呟けば、同時にたまらなく八雲が可愛くも思えた。
その身体から緊張とそして高揚とした思いが伝わってくるようだった。



「ったく、それを早く言え!」



思わず浮かんだ笑いをなんとか飲み込んで、こうしちゃいられないと後藤も踵を
返した。
そして八雲をさっさと追い抜いて、適当に路肩に停めていた車のドアを開け素早
く振り返る。目を見開いた八雲と視線がぶつかった。


「早く乗れ!」


その瞳は驚きに満ちていて。
けれど、その瞳はかつてのような、他人の優しさを疑うものではなくて。



「俺にとっちゃぁ、孫の誕生みたいなもんなんだよ!」



そう一言さらりと言ってのければ、途端照れ臭そうに目を伏せて、いつもの皮肉
も零さずに八雲も足早に助手席へと乗り込んだ。


ブォンとエンジンを吹かせて、車体が進み出す。



「…せっかく入った依頼、いいんですか?」

「いいんだよ!」

「所長の発言とは思えませんね。」

「うっせーな!素直にありがとうくらい言えねぇのか!」

「…ありがとうございます。感謝してますよ、ちゃんと。でも給料はきっちりい
ただきますからね。」

「ほんと可愛くねぇ奴だよ。」


出会った頃から変わらないその減らず口に呆れつつ、頭の中を駆け巡る赤い数字
に辟易しながら後藤は笑った。

持ちつ持たれつだろ、なんて保険に言っておこうかと思ったが、結局こればっか
りは仕方がないかと落ち着いた。


「…まぁ、何とかするしかねーか。お前も一家の大黒柱だしな。」

「ええ。家族が増えるんです、お願いしますよ。」そう穏やかにけれど力強く呟いた八雲を後藤は驚きを入り混じらせてちらりと見遣る。


その横顔はもっとオドオドしているかと思いきや、ひどく強く、迷いのないものだった。


小さい時から、こいつを見てきた。

思えばその横顔はいつだって前を見つめていた。全てに絶望し、諦め、色を無く
したこともあったが、結局どんなに捻くれていようとも、ひたむきに前を向こう
と、光を信じようとしていた。それは八雲の本質だ。だがその裏側は脆く危なっ
かしく、どうにも放っていられなかった。
でも今は。
いや、いつの間にか。
隣に座る八雲の横顔に迷いはなく、探していた光を確実に見出だしたその瞳は力
強さを宿していて。


――いつの間に、こんなに大人になったんだろうな。



「それより、無駄口叩いてないで急いで下さいね。」



・・・前言撤回。

ぼそりと零れた言葉は相変わらず横柄で、思わず言い返してやろうかと思ったも
のの、膝に置かれたその指がトントンと忙しなくリズム打ち、明らかにそわそわ
と落ち着きないその様を見ていれば腹の虫もすんなり収まって。


「…了解。」


フロントガラスに映りこんだどこまでも高く、突き抜ける青い空に目を細め、さらにアクセルを踏み込んだ。





















分娩中であることを告げるランプがぼんやり光る。それを見つめ、八雲は椅子に腰掛けていた。



「斉藤晴香の夫ですが…」


そう、車が着くや否や、思わず駆け込むように入った病院ですぐに居合わせた看
護師に告げた。

すると慣れた様子で

「まだ奥さん頑張ってますよ。」

まるで落ち着かせるようににこりと微笑み、すぐにこの場へ案内されたのだ。




後藤は八雲を入口に下ろし車を停めにいったまま、まだ来ていない。


八雲以外誰もいない分娩室前の廊下はひっそりと、ひんやりとした病院独特の空
気に包まれていて。そんな中、日中の微かなざわめきが遠くに聞こえて、まるで
夢の中にいるような気分になった。


今、自分がこの場にいること。
それが意味すること。
どれを取っても、現実味がなかった。


けれど、確かなこの高揚とした胸を締めるような想いが、全て現実だと物語っていて。

じっと見据えた扉の向こうを思えば脳裏に優しい笑みを浮かべた晴香の姿が過ぎった。


きっと、あいつは今頑張ってる。


八雲は握り合わせた手をぐっと強く握りしめた。

















プロポーズすると決めた時、全ての覚悟を決めていた。

それは過去も未来も含め、全部。



一生を共にすると言うことは、彼女を自分の人生に巻き込むということだった。
そして、そうなればいずれ自分を生み出したあの男と同じように、この血をまた繋いでいくという事でもあると。

それでも、もう彼女を手放す事などできなかった。

だから、決めた。


プロポーズと共に自分の覚悟も伝えた上で、よく考えて答えをだしてくれればい
い、そう委ねた。

すると、あいつは二つ返事ですんなり了承するものだから、ちゃんと考えろよと
呆れてしまった。
そんな僕を見遣り、きらりと目尻に綺麗な涙を浮かべたまま


「幸せになるのに、覚悟なんて要らないよ。」


そう、優しく笑ったのだ。

ただ、僕と居ることが幸せだと。だから覚悟することなんて何もないのだと。

また、救われた。
赦された。幸せにしたいと、強く思った。
けれどやっぱり臆病な僕は、保証も確証もないその言葉を伝えられなかったのだ
けど。



夢に想うことすら叶わないと思っていた穏やかで温かな日々の中。
自分と彼女の間に、命を望み始めたのは自然なことだったように思う。

そうして子供が出来たと聞いた時、溢れるように胸に生まれたのはやっぱり喜び
で、あと遠に覚悟していたというのに、少しの不安。

学生の時から変わらない、無邪気で爛漫なままの彼女の子供とあらば、それはひ
どく愛おしいものに違いない。
彼女の遺伝子を100%受け継いでくれればいいなんて思う程に。
けれど、同時にそれは僕の子供ということでもある。
この赤い眼を子供に課してしまうかもしれない。苦しみを背負わしてしまうかも
しれない。
それが、怖かった。
それなのに、
「八雲君に似たらいいなぁ。」
なんて愛おしそうにお腹を撫でるその姿にまた許されて。
出会って随分たった今でも、深い優しさを湛えた瞳で、僕の赤い目をきれいだと
笑う彼女が母なら、大丈夫だとも思えた。


きっと、僕も、生まれくる子も怖いものはないと、そう思えた。
























「八雲!」

唐突に聞こえた呼び声に、ハッと我に返った。

「…病院内ですよ。」

走りよるその声の主を八雲が睨みつける。

暗にうるさいと批難を込めて。

しかし後藤はそんなこと気にもしない様子で八雲の前で息を少し上げたまま立ち
止まった。


「晴香ちゃんは?」

「まだ中です。」

「そうか、間に合ったか。」


ほっとした様子で後藤も八雲の隣にドカリと勢いよく腰掛けた。
ギシリと小さく軋む音が響き、八雲の椅子もつられて揺れた。


「敦子にも連絡してきた。奈緒と一緒にすぐ来るってさ。」

「そうですか。」

「敦子から恵子さんにも連絡しとくって言ってたぞ。」

「…助かります。」


…全く頭が回っていなかった。
どうやら思った以上に自分は冷静でないらしい。

思わず笑ってしまった。



「…不安か?」



ふと、突然にそんな声が聞こえた。

内心を見透かされたような問い掛けに少し驚きながら横を見遣る。



後藤は真っ直ぐ前を向いたままだ。



「俺は奈緒をうちの子にすると決めた時、正直父親になれるか不安でなぁ。」

「…僕も後藤さんに任すことが不安でしたよ。」

「うっせ!まぁ、最初から親になれる奴なんていない、なんて偉そうに言ったものの、自分に父親が務まるのかやっぱり自信はなくてよ。」

「…」

「けど、奈緒がうちの子になったあの日、そんな不安は一気に吹っ飛んだよ。」

「…どうして?」

「単純な話さ。それを覆っちまう程、ただ、幸せだったんだよ。」


懐かしむよう慈しむように目を細めたその横顔は、ただの父親の顔だとぼんやり
と八雲は思った。



「要は、"お前だから"じゃなくて、誰だって不安になるもんだって事だ。んで、
ついでに言っちまえば、子供の顔見た瞬間に自然と父親になれるもんだ。」

「…まさか後藤さんにこんなことを説かれる日が来るなんて思いませんでしたよ
。」

「俺もだ。」


ははっと威勢よく笑う声が、燻っていた煙りを撒いていく気がした。


「それに、お前は見てきたはずだろ?」

「何をです?」

「お前を育てた、立派な父親の姿だよ。」


その言葉に穏やかな笑顔を浮かべた一心の姿が浮かぶ。

紛れも無い、僕の父親。
愛してくれた。
全て赦し、分かち合って、解ってくれた。

あの頃はわからなかったことも、今はよくわかる。


そして――



「そうですね。…僕には良い父親が二人もいる。」

「ん?二人?」

「なんでもありませんよ。」



誰かなんて、絶対言ってはやらないけど。
























僕の世界を震わせて飛び込んできたその声を、その瞬間の事を、きっと一生忘れることはないと思う。











敦子さんや奈緒も来てすぐ、扉の向こうから聞こえた泣き声。

ほぎゃあ、ほぎゃあと元気よく、力いっぱいの赤ん坊のその泣き声は、空気を震
わし、そして僕の心も震わせた。


やったな八雲、なんて肩を叩かれ、おめでとう八雲君、と声をかけられ、良かっ
たねお兄ちゃんと手を握られた。
けれどそのどれも頭には入ってこなくて、ただ一心に心に刻みつけるようにその
声に耳を澄ませて、開かない扉をただ見つめた。


そしてようやく、扉が開いて、満面の笑顔で先生が出てきた。


「元気な男の子ですよ。」

その言葉に胸が熱くなる。
奈緒がはしゃぐように笑った声が聞こえた。

でも、今何より一番気になるのは。


「あいつ…妻は?」

「大丈夫ですよ、さぁどうぞ。」


その一言にようやく全ての緊張が緩んでいくのが分かった。



「早く行ってあげて、パパ。私たちは後でお邪魔するから。」


そうからかうような敦子の言葉に振り返った八雲は目元を微かに染めて、いつも
のようにガシガシと頭を掻き、踵を返した先生の後に続いて分娩室へと足を踏み入れていった。













先生に連れられ入った先には、分娩台の上で白い布に包まれた我が子をひたすら
に見つめる晴香の姿があった。
腕の中の子供を見つめる晴香の瞳は深い愛情を零れんばかりに湛えていて。その
顔は疲れが見えているものの、出産という母親の一番最初の勤めを見事果たした
力強さに溢れていた。


用意していた台詞も出てこず、八雲は立ちすくむ。


幸せだと、素直にそう思った。


胸のうちに、喜びが溢れていた。爪先から頭のてっぺんまで幸福感で満ちていた




「八雲君」



八雲の存在に気付いたらしい晴香が、弾んだ声で呼ぶ。
その声に意識を戻された八雲が、応えるように小さく微笑み歩み寄る。


「…頑張ったな。」


そしてくしゃりとその頭を撫でた。

もっと気の利いた台詞の一つでも言えればいいのに。
けれど、この言葉しか出てこなかった。
その一言すら震えてしまいそうだった。



「うん。この子も頑張ったよ。」



頬に滑り落ちてきたその手にくすぐったそうに目を細め、晴香はそう満面の笑顔で腕の中の小さな我が子を差し出した。
小さな小さな、いのち。
温かで眩しい存在。


そっと、八雲は自分の腕の中に抱き込んだ。


そして確かな重みを自分の腕に感じた瞬間、
彼女も、この子も、自分が守っていくのだと強く想った。



「八雲君似だよね!」

「そうか?僕は君似だと思うが。」



八雲に寄り添うように、晴香も台に身を預けたままその腕の中を覗きこむ。


泣き止み静かな寝息を立てる我が子の目は閉じたままで、その色は分からない。

でも、もう八雲はそんなことは気にならなかった。


瞳の色など、どっち似だろうと、関係ない。
僕と、君の子供だから。
ただ、愛おしい存在に変わりないのだから。

不安も迷いも、もうなかった。




「ドジでおっちょこちょいな所が似てなきゃいいんだけどな。」

「無愛想で捻くれてても困るよ。」


そうお互いにちらりと見遣り、そして吹き出すように笑いあった。
眠る我が子を起こさないように、静かに穏やかに。






「後藤さん達も呼んでくるよ。」

「皆来てくれてるの?」

「ああ。学校も夏休みだからな、奈緒も一緒に来てる。」

「奈緒ちゃん叔母さんになっちゃったね。」

「大喜びするよ。…後藤さんなんて、孫の誕生と同じだって仕事放り出してたからな。」

僕は熊がこの子のおじいちゃんだなんて、真っ平ごめんだけど。

そう八雲は笑った。
それがただの照れ隠しだと晴香も分かっていた。


「…うれしいなぁ。」


そして目に静かに涙を浮かべて呟いた。
幸せを噛み締めているその表情は、今にも泣きそうで。

八雲はそっとその頭に唇を寄せた。
同じ、気持ちだった。







生を受けたことを喜んでくれる人がいる。
これから先もこの日を愛おしんでくれる人がいる。
見守ってくれる人がいる。


一人なんかじゃ、ないのだ。



誕生するということは、
愛されるということで。
生きるということは、
愛していくということで。




きっと、僕も――…











「ありがとう。」


髪に唇を寄せたまま呟いた。


この子を産んでくれて。
僕を愛してくれて。



「こちらこそ!」



そう晴香ははにかんだ。
すっかり大人びたその表情に一瞬目を奪われ、
ごまかすように晴香の腕へと我が子を戻した。

そして晴香が愛おしそうに目を落とした隙に、
八雲は覗き込むようにその唇を晴香に重ねた。




「君も、この子も、幸せにするよ。」




誓いのように、そう告げて。

頬を染め、驚きにうろたえた晴香に意地悪く笑ってみせた。

保証も確証もないけれど、自信はあるから。



「僕も父親として頑張るよ。」

「八雲君・・・」

「僕がおっちょこちょいな母親のカバーをしないといけないからな。」

「〜っもう!」



小さく頬を膨らませた晴香に、堪らず八雲は吹き出した。



そして腕の中の命を愛おしそうにもう一度見遣った後、
ようやく外で今か今かと待ちわびているであろう後藤達を呼びに向かった。





その瞳に幸せを滲ませて。


















HAPPY BIRTHDAY
世界が君にとって優しさに満ち溢れたものでありますように。












俺達を呼びにきた八雲は、入れ替わるようにそのまま外へと出て行った。

入った先には幸せそうに微笑む晴香ちゃんと、穏やかに眠る新しい命。
すやすやと眠る小さなその子は、少し眉間にシワを寄せ、周りの歓喜の声に迷惑そうに微かに唸った。
その姿が八雲そっくりに見えて、思わず吹き出した。


ああ、あいつらの子供なんだな。


そう改めて感じて、どうにも目の奥が熱くなる。

敦子は優しく晴香ちゃんを労って。
奈緒はちいさな赤ん坊を優しく見つめて。

溢れるその温かな光景に
口許が緩んだ。


今この瞬間を、誕生を、皆が祝ってる。

…だと言うのに、あの野郎はどこで油を売ってるんだか。

この場で一緒に晴香ちゃんやこの子と共に祝われるべきもう一人をそろそろ呼びにいくかと、静かに部屋を後にした。



どうせ、気恥ずかしくて入ってこれないんだろうとその姿を探すものの、見当たらない。

廊下にも待合室にもどこにもいない。

一体どこに行ったんだか。

そして非常口のマークがついた階段が目についた。





年々落ちてきた体力に悪態づきながらなんとか上ったその先は開け放された屋上だった。


そうして眩しい屋外に足を踏み出せば、降り注ぐ太陽の光にくらくらして。
真っ白だった視界が色を取り戻し、顔を真っ直ぐ戻せば、ようやく離れた所に八雲を見つけた。


外に向かって置かれたベンチに腰掛けて、こちらに背をむけている。

仕方がねぇなと声をかけようと近付いて、そして、気付いた。




頭を俯けたその肩が、小さく震えていた。





声をかけようと上げかけた手を下ろす。


ただ、音もなく静かに震えるその背中は、今この瞬間を心に刻んでいるようだった。


──噛み締めて、いるんだろうな。

ふと空を仰ぎ見る。夏空は、突き抜けるように高く、青く。まるで、空までも祝ってるかのようだった。
いや、きっとあの向こうで祝ってるに違いねぇ。

そう思えば、空が笑っているような気がした。





「・・・おめでとう。」

心からの祝福を。






八雲に気付かれぬよう、そっと踵を返して、出口へ向かった。









clap?





‐‐‐‐‐‐
八雲、誕生日おめでとう!!
ということで、八雲への誕生日プレゼントとして幸せな未来予想図を。


元は、先生にお子さんが生まれたと聞いて書きはじめたお話です。
なので男の子設定!
ぶわっと広がった幸せを全部詰め込もうとしすぎて
何だかゴチャゴチャしちゃいましたが、書いてて私が幸せだったから満足だ!


八雲に幸あれ!
(2011/8/3)






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