夜を共にするようになって、
知ったことが幾つもある。
例えばその腕の中の温かさや、力強さ。
普段の眠そうな瞳が妖艶に、狩りをする獣のそれに変わる瞬間。
行為の中に見せる、熱い吐息や、私を見つめる切なげな瞳。
ただ、ただ、愛おしい。
曖昧だった関係に
ようやく恋人同士という名前がついてからというもの
それまでお互いが空けていた距離を埋めようとするように
私たちはお互いを求めあった。
八雲はそれまでの戸惑いが吹っ切れたように、私に心のうちを触れさせてくれるようになったし
そしてまた、壊れ物に触れるかのように、
私の心のうちにも触れようとするようになった。
初めて肌を重ねた日、緊張で小さく震える私に
ぼくも緊張してる、と泣きそうに笑った顔を忘れない。
「幸せ、だなぁ」
情事の後特有のけだるさにまどろんでいると
ふつふつとそんな思いが沸き上がった。
そっと八雲の胸に当てた額を離し
見上げるようにその寝顔を見つめれば
「ほんと、きれいだよね」
思わずこぼれた。
長い睫毛に、整った鼻筋、陶器のようにきれいな肌。
女の私がうらやましいと思うほど。
でも、眠っているその顔は安らかで子供のようだ。
「ん…」
八雲が小さく身じろいだ。
しまった。
起こしちゃったかな。
そんな風に思いつつ
「八雲君、起きたの?」
そう声をかけるものの返事はなく
代わりに穏やかな寝息が聞こえた。
くすり、と起こしてしまわぬよう小さく笑う。
「安心、してくれてるのかな」
そうだと良いな。
今は穏やかに伏せられたその左目。
その下に隠されているのは燃えるような赤い瞳。
きれいだと今でも変わらず思う。
でも、八雲にとってはそうじゃない。
彼はあまり夜眠れないようだった。
これは夜を共にするようになって、少ししてから分かったことだった。
夜何度も起きてしまうようだった。
その日、喉の乾きに目を覚ました。
動こうにも、八雲にきつく抱きしめられていて動けない。
どうしたものかと苦笑していると
八雲が小さく唸った。
それから頭上で深いため息が聞こえた。
「八雲君?」
突然の私の声に驚いたのか、その腕が緩む。
少し身体を離して
八雲を見上げた。
「…起こしたか?」
「ううん。私も目を覚ましたところ」
そう笑えば
八雲も優しく笑う。
未だ、彼のこんな表情にどきまぎしてしまう。
「八雲君、眠れないの?」
「ああ。夜は…」
そこで八雲はふと言い淀んだ。
小首を傾げつつ
「夜は?」
続きを促せば
少しの沈黙の後に
「夜は、特にうるさいんだ。」
そう困ったように笑った。「あ…」
すぐにその言葉が示す意味が分かった。
死者の魂が見える。
それは八雲の意思に問わず昼夜関係ない。
まして声まで聞こえるとなると、気が休まることがないんだろう。
常にそれを感じるということが
どれほどの苦痛か
私には計り知れない。
世界が静まるなか
浮き立つ陰はどれほど深いんだろう。
今更になって
彼が日中でもよく寝ていたり
常に眠そうにしていた理由が分かった。
私はそんなことにも気付けなかった。
「何で君がそんな顔をするんだ。」
笑いを含んだ声でそう言われ、返す言葉を懸命に探す。
でも言葉は見つからなくて、
八雲に抱き着くことしか出来なかった。
八雲の身体が少し揺れたことで
彼が笑ったことは分かった。
そして、八雲はひどく穏やかな声で言った。
「でも、君が隣にいるだけで、夜が優しく穏やかなものになった」
そう、柔らかく言ったのだ。
「え?」
「…ぼくは君のせいで疲れてるんだ。もう寝るぞ。」
「なっ!誰のせ…」
「ほら、うるさい口を閉じろ。」
「もうっ!」
そんな憎まれ口のすぐ後に聞こえたのは
静かな寝息。
その寝息に、私は泣きそうになった。
「…、ん」
再び八雲が身じろいだ。
悪い夢を見ているのだろうか。
それとも彼を呼び起こそうとするものがいるのだろうか。
寄せられた眉間を見て
私はもぞもぞと上に移動し、
八雲の頭を優しく抱きしめる。
すると八雲も私に擦り寄ってきた。
猫みたい。
笑いを噛み殺し
子供をあやすように
その頭を撫でてやれば
また定期的な寝息が聞こえた。
そっと安堵の息を吐く。
「八雲君…」
胸の中の彼は穏やかな顔をしている。
きっと深い深い眠りの中だ。
優しく、何にも苦しめられない、夢の中にきっといる。
「おやすみ、八雲君。」
どうか世界が優しいものでありますように。
それが例え夢の中だけだとしても
私はその穏やかな時を守りたい。
おやすみ、愛しい人よ。
夢を見た。
誰かがそっと撫でてくれて、
優しく名前を囁いた。
‐‐‐‐‐‐
いや、八雲は睡眠とってたっていつだって眠いんだ。
というか、眠いのに理由なんてないんだ!
とかいったら、この話全否定なんだけども。
もしかしたら、こういう苦悩もあるんじゃないかってお話。
要するに、夜眠れないのは晴香のせ(ry)
(2010/2/7)
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