触れるようなキスの後、いつものように八雲は早々に身体を離した。
そして私はそんな彼を引き留めるように
手を伸ばして、その頭を包み込んだ。
私の壊れてしまいそうな心臓の音が
聞こえることを承知で。
八雲はどこか、性行為を敬遠している節があったように思う。
いっそ忌まわしい行為であるかのように。
それは恐らく彼の出生や今まで見てきた数々の哀しい事件によるものからだと思う。
命を尊ぶからこそ。
優しいからこそ。
まるで自分という遺伝子を残すことを、恐れるように、
罪であるかのように。
恋人になってからも彼はなかなか触れてこなかったし、
何か触れる時やキスでさえも、それが罪深いことかのように優しかった。
私を傷つけないようにと、大事に思ってくれているからこそだと分かっていた。
でもそれと同時に八雲が自分自身を否定してしまっているようにも思えて悲しかった。
だからこそ、私は抱きしめた。
「…大丈夫だよ。」
ただ、包み込むように八雲を抱きしめ、その一言に想いをこめた。
鈍感で、デリカシーのかけらもない捻くれ者。
でもそうして私を守ってくれていたことも知っている。
だから。
「…誘ってるのか?」
いつものように厭味な物言い。
胸の中にいる八雲がどんな顔をしているのか分からない。
でもその奥底は震えていた。
「そうよ。女の子が勇気を出して、誘ってるんだから。」
そして、私の声も少し震えていたことは気付かないふり。
「知らなかったな。君がそんなに大胆だなんて。」
「私も、知らなかった。」
「声、震えてる。」
「恥ずかしいからね。」
「恐いんだろ。」
「八雲君が?まさか。」
「そうじゃなくて…」
「恐くなんか、ないよ。」
遮るように吐き出した言葉。
そこに嘘はない。
胸の中の八雲はただじっとしている。
「だから、八雲君も恐がらないで。」
口が上手くない私には
これ以上の術はない。
ただ、強く抱きしめた。
「君には、敵わないな。」
そう呟いた言葉と
ようやく私の背に回された腕に安堵すると同時に
そのまま後ろに身体が倒れた。
いや、倒された。
突然のことに強くつぶった目を開けば、
八雲が私を見下ろしていた。
「いいんだな。」
それは、私に言ったのか、彼自身に言ったのか。
返事の代わりに、私は笑ってみせた。
「っは、あ…」
身体が熱い。
身体を這う八雲の唇が、指が熱い。
触れられた箇所に火が灯るようだった。
「や、くもっ…」
吐き出す言葉は形にならずこぼれる嬌声はまるで歓喜に満ちているようで。
「、八雲く、んっ」
膨らむ羞恥心すら
痺れに変わる。
「そんな、声で呼ぶな。」
求める声に応えるように頬に添えられた熱。
霞む視界の中八雲を見つめればその顔はひどく優しく、切なげで。
思わず泣きそうになった。
「んっ…」
落とされた優しい口付けに
自然とシーツを強く握り締めていた私の手が緩む。
そして優しく解すように彼の手が割り入って。
上手く入らない力で握りしめれば、応えるようにぎゅっと握り返してくれた。
私の手を優しく包むその温度に
自然と目じりを涙が伝った。
「…いいか?」
労るように慈しむように
八雲は目を細めた。
私が返す言葉なんて
決まっているのに。
「大丈夫。」
大丈夫だよ。
八雲君だから、平気だともっと上手く伝えたいのに
搾り出せたのはそれだけだった。
心臓が全身を熱してうるさい。
「…震えてるくせに。」
くくっと喉の奥で笑われて
「もうっ!ムードがないんだから!」
そう頬を膨らませれば
口づけが降ってきた。
ああ、唇から溶けそうだ。
「ぼくも、緊張してる。」
そう、泣きそうに笑った。
「っ、あ」
全身を貫く痛みは
きっと彼の痛み。
「っ晴香」
「ぁあっ、ん」
でもね、八雲。
この痛みがあなたとひとつになれた喜びに変わるように
私はあなたの痛みをひとつずつ溶かしてあげたい。
「っ!」
「、ああっ!」
私は幸せなんだよ。
その痛みを
幸せに変えてゆきたい。
きっと二人でなら、大丈夫。そう言えばまた、君は能天気だなと笑ってくれるだろうか。
‐‐‐‐‐‐
きっと、ふっきれた八雲はオオカミになるに違いn(ry)
トンネルの事件の時、達也に怒っている八雲の台詞に、
八雲はきっと軽々しくやんないだろうなって。
あの侮蔑は、達也、ひいては強姦とかに向けられるものだとは思うけど、
それでもやっぱり性行為に対して思うものはあるんじゃないか、と。
傷つけるだけの行為だと思ってるとしたら、悲しいな、というお話し。
命を重んじるからこそ、
相手に優しいからこそ。
そして、自分みたいな人間をつくりたくないとか思ってるんだ。
晴香ちゃんのおかげで大分変わったけど、自分はそんなんしちゃいけないとかまだ思ってるんだ。
でもでも晴香ちゃんと変わっていけばいーよ!
幸せになればいーよ!
どんどんやっちま・・げふんっげふんっ!!
(2011/2/7)
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