リヴァイがどうやら風邪をひいたらしい。
それは本人から直接聞かずとも、誰の目から見ても明らかだった。
そして、風邪ごときで訓練を休むようなやつでない事も周知の事実で。
だから、まぁ、こうなったのも仕方が無いのかもしれない。
「おい、こりゃ一体どう言うことだ」
低く静か。
けれど不機嫌さ全開のその声に思わず苦笑した。
「まぁ、こう言うことだよね」
そう私が笑えば、こう言うことだよねじゃねぇ、と頭を鷲掴まれた。いたたた。
「だって!こうでもしないとリヴァイ休まないじゃない」
「ガキじゃねぇんだ、必要であれば休む」
「も〜、そんなことばっかり言って!皆なりの気遣いじゃないの」
「これを気遣いと言うなら、てめぇらの善意とやらは大層立派で押し付けがましいもんだな」
あぁ、もうこれは完全に不貞腐れてる。
ますます深くなる眉間の皺に溜息をついた。
こうなったのも無理からぬ事、であると同時に、リヴァイがこうなるのも無理からぬ事、なのだ。
壁外調査が2週間後に迫った中で、明らかに熱がありそうな様子で、それでも平然と仕事をしようとするリヴァイを休ませるにはこうするしか──そう、部屋に無理やり押し込め閉じ込めるしか──なかったのだ。ずばり、これは、
「監禁じゃねぇか」
「そうとも言うね!」
まさに考えてた名称が飛びてて、ぱちんと指を鳴らす。
ぎろりと睨まれ、また頭をぎりぎりと握られた。いたたたたた。
「…で、なんでてめぇも一緒に閉じ込められてんだ?」
「あぁ、それはリヴァイの看病役を仰せつかったからだよ」
またの名を抑え役、というのは黙っておく。これ以上やられたら頭割れる。
そうなる前にと、ようやくこちらも切り札をきった。
「とりあえず、これはエルヴィンも了承してのことなんだから、従うこと。分かった、リヴァイ兵士長?」
そう言いつければようやくリヴァイは諦めたように、分かった、とだけぼそりと呟いた。舌打ちつきで。
ベッドにリヴァイが横になる。
それを見届けて、毛布を何枚かかけてやる。
このままリヴァイが大人しく寝てくれればそれを見張っておくだけでいい。何て楽勝な仕事だ。…と高を括っていたのが間違いだった。
「…腹が減った」
ぼそりと不機嫌に呟き、何か寄越せと言われた。私はいそいそとこんな時の為にと机の上に用意しておいたスープを取りにいく。
若干冷めているが、まぁちょうどいいだろう。リヴァイ猫舌だし。
そしてスープの入った器をリヴァイに渡そうとすると、
「食わせろ」
と一言。
思わず固まってしまった。
「おい、さっさとしろ」
そう不遜な態度で言われ、ようやくはっと我に返る。
「い、いやいやいや、これくらい自分で出来るでしょう!?」
「てめぇは俺の看病役を仰せつかったんだろ?」
「そうだけど…!」
「なら、これもてめぇの役目じゃねぇのか」
「そう、なんだけども…!」
早くしろ、零れんだろうが。
そうせっつく声に、ぐっと歯を食いしばる。恥ずかしさで躊躇していることなどリヴァイはお見通しだろう。だってその目の奥が意地悪げに笑っている。
「何だ、てめぇはこんな任務も放棄すんのか?」
…その一言で、覚悟を決めた。
「はい!あ────んっ!!」
渾身の力で声を振り絞り、スプーンをリヴァイの口元へと運んだ。ただ、リヴァイの服に零そうものなら恐ろしいことになるのは必須なので、丁寧に。
それをしっかりと口に咥えたのを見てから引き抜く。リヴァイは軽く咀嚼して、満足そうに鼻で笑った。
「やれば出来るんじゃねぇか。良い子だ、アイリ」
「〜っそりゃあどうも!」
かぁっと顔に血が上った。
恥ずかしさが込み上げて、不意打ちの一言で死にそうだ。
何故、私がこんな目に合わなければいけないのか。
悶絶しそうなのを堪えていれば、容赦無く早く次、と言われた。
結局皿が空になるまで、私の悶絶はつづいた。
「ただ居りゃいい楽勝な役目だとでも思ったんだろ、馬鹿が」
「ハイ、ごもっともです、仕事を舐めていました、というかそんなに弱ってもこんな嫌がらせをしかけてくるとは思いませんでした、侮っていました、私が馬鹿でした」
ようやく辱めの食事タイムが終わり、薬を飲んだリヴァイの小言をうな垂れて聞く。
何だこれ、どうして病人に怒られているんだなんて今更考えても仕方が無い。
「大体てめぇは、」
「あーはいはい、熱はどうですか?」
これ以上の小言を言わせるものかと無理やり話を切り上げて、誤魔化すように額に手を添える。
触れた掌にじんわりと熱さが伝わってきた。これはしんどいだろうなぁと内心だけで零す。ほんと、無理するんだから。
「まだ高いね。あとは寝て治すしか…」
そう言いながら手を離そうとしたところで、ぱしりと手首を掴まれた。
そして、その取った手をリヴァイは自分の頬に当てがって。
「お前の手、冷たくて気持ち良いな」
そう、目を閉じて気持ち良さそうに呟いて。
突然のことに驚き、反射的に抜きそうになってしまったが、リヴァイがぐっと掴むのでそれは叶わなかった。
「もう少し、こうしてろ」
ああ、もうずるい。
命令口調なくせに、そんな柔らかい声だなんて、反則だ。
そんな穏やかな声で言われたら、私に逃げ道なんかなくて。
どきどきと心臓が煩くて、身体が火照って、熱くて。うん、と返すのが精一杯で。
「何だ、てめぇの方がよっぽど高熱なんじゃねぇのか」
そんな私の顔を見て、意地悪く笑って言われたその言葉に、私は更に発熱してしまった。
甘えたがり
私の手を握り締めるリヴァイを見て、ようやく気付いた。
「リヴァイ、弱ると甘えたがりになるんだね」
いつもじゃ考えられない言動は、私をからかうふりをしてその実、リヴァイなりの甘えだったのだ。
そこに気付くと、羞恥など飛んでって、リヴァイが可愛くて仕方なかった。
「リヴァイ可愛い」
「…うるせぇ」
バツが悪そうな顔に、私はまた笑った。
(この後からかい過ぎたリヴァイに、添い寝しろと引きずりこまれたのは、私だけの秘密だ)
clap?
真莉様へ
(2013/7/26)
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