「あれ?リヴァイは?」
おはようなんて挨拶をしながら入った部屋には、いつもならどんな朝早くだろうときっちりとした兵服に身を包み、誰よりも早くコーヒーを啜っている筈のリヴァイの姿が見えなかった。
すると、まだ来てないよ〜、なんて少し気の抜ける声。みればハンジが眠そうにひらひらと手を振っていた。ついでに言うと、髪も少しボサボサだ。
「やぁ、おはようアイリ」
「おはよ、ハンジ。…今日も自分の班放ったらかしてきたの?」
「まぁね」
この古城に、さも当たり前のようにリヴァイ班の中にハンジがいるのは、もう見慣れた光景なので深くは突っ込まない。
エレンという存在が在る以上、ハンジを追い出す方が難しいことは調査兵団に身を置く物の常識だ。まぁ、そもそも追い出すどころかいてくれなければ巨人の解明など出来ないわけだが。
ただ、ハンジの部下達は苦労が耐えないだろうなと少し偲ばれ、ほとんど無意識にぽつりと漏らした。
「…ハンジの部下は大変そうだ」
「いやいや、おたくの兵長さまのが手が掛かって大変でしょ」
「リヴァイは潔癖な所を除けば、大体概ね手のかからないリーダーだよ」
「えー?そうかな?」
「そうよ」
なんてことない雑談をしながら、ペトラが差し出してくれたコーヒーを受け取る。周りを見るとどうやら皆揃ったようだった。…リヴァイを除いて。
「寝坊かな?」
珍しい、と零すと、全員が一斉にこちらを向いた。
「…何?」
なんとなくその目の言う所が察せられたが、思わず聞いてしまった。途端、ハンジがニヤニヤ笑う。
「え〜?昨晩一緒だった、とかじゃないの?」
「違います」
「そうか、それならアイリも一緒に寝坊してるか」
なら、単純な寝坊だろうね、
なんて、あははと明らかにからかいを含んで笑うハンジをじろりと睨む。
なまじ班員みんなに間柄を知られているだけに、真っ先に疑われるのも仕方が無いのかもしれないが。…それにしたって恥ずかしい。
「まぁ、理由はともかく、早く起こしに行ってやったら?」
お姫様のキスで。
なんて、そんな私の胸中など知るわけもなくハンジはトドメの一言を投げやった。ちらりとみた周りもニヤニヤとしていて。
はぁ、と深い溜息とともに肩を落とした。
「リヴァイー?」
コンコンとノックをするも中からの反応はない。
これはもう仕方がないな、と呟いてガチャリと扉を開け、勝手にお邪魔する。
確かに上官の部屋に入るなんて、一兵士にはなかなか出来るはずもない…恋人を除いて。
そんな事を考え、苦笑に近い笑みを含んでベッドに近づく。そこには規則正しい寝息を立てるリヴァイがいた。
「あらまぁ、気持ち良さそうに寝ちゃって」
思わず笑ってしまう。
寝ていてもどこか不機嫌そうに顰められた眉根が実にリヴァイらしい。
今までも散々寝顔を見てきたが、何度見たって見飽きないと思う。
「リヴァイー?」
まだ見ていたいという気持ちも手伝って、かける声は控えめだった。それでもやはり起きる気配はなくて。
そっと、その頭を撫でてみる。
優しく、優しく。
すると、ん、なんて小さく唸って身じろいで。
閉じられてた瞼がゆっくりと開いた。
「…おはよ、リヴァイ」
持ち上がった瞼の下の眼光が私を真っ直ぐと捉えたので、そう笑いかける。けれどまだ寝ぼけているのか、ひたすら私をじっと見つめて動かない。
あまりにも真っ直ぐ見られるので段々と恥ずかしくなってきて、誤魔化すように、えいっとリヴァイの頬を摘まんだ。
肉のついていない頬は、さして摘まんでも伸びない。
「まだ寝ぼけてんの?」
「…」
これまた照れ隠しに聞いてみれば、むすっとした視線だけが投げられる。そして、頬を摘まんでいた手首を急に掴まれ、引き寄せられた。
「わっ?!」
突然のことに抗えるはずもなく、されるがままに倒れこみ、そのままリヴァイに抱きしめられて。しっかりした胸板に押し付けられた。
「…ちょっと、寝ぼけてないじゃない」
「…うるせぇ」
精一杯の抗議は容易く一蹴されてしまった。寝ていたリヴァイの体温は高くて、寝起きの掠れた声が艶っぽくて、知らず自分の体温も上がる。
「リヴァイ、起きてよ」
それでもこの心地よさに飲まれるわけにはいかない。なんとか這い出そうとするが、リヴァイの腕はびくともしない。
「…どうせ寝過ごしたならあと少し寝たって同じだろうが」
「同じじゃないよ!」
なんて言い分だと喚けば、更にぐっと強く抱きしめられた。
「皆待ってるよ?」
「待たせとけ」
「…じゃあそう伝えるから、とにかく私を離して」
「無理な相談だな」
「私を道連れにしないでよ」
「…アイリ、お前は何しにきた?」
「何って、リヴァイを起こしにだけど」
「じゃあ、てめぇの任務を果たせ」
不遜に言われた言葉にリヴァイを見れば、それはそれはもう意地悪げに細められた視線とぶつかった。
「なぁ、アイリよ。恋人らしい起こし方があんじゃねぇのか?」
そして囁くように私しか知らない甘やかな声がして。
あぁ、全く、この人は。
「…しょうがないなぁ」
身をよじって首を伸ばして。
するとリヴァイも少しだけ顔を近づけてくれて。
そっと、触れるようにリヴァイの唇に口付けた。
眠れる野獣
「…これで目も醒めたでしょう?」
恥ずかしさを堪えてむすっと言えば、
「まだ足りない」
そんな熱の篭った声と同時に、今度は更に深く貪るように奪われた。
(それからというもの、リヴァイの寝坊が増えたのは言うまでもない)
clap?
秋様へ
(2013/7/8)
←