11th | ナノ
まず、思ったのは。
やってしまった、ただこれだけだった。
ずきりずきりと脈打つ痛みや、くらくらと揺れる頭も今はどうでもいい。
こんな失態ーー訓練中に立体機動装置の扱いミスで落下、なんて姿を兵長に見られてしまったことの方が、大問題なのだ。
「…っつ、」
あまりの痛さに声が出ない。
周りの皆が駆け寄ってくる音がする。
訓練で良かった。
これが外ならば、間違いなく巨人に喰われてた。
それを思わず想像して、ぞっと身震い。
けれどそれよりも、この失態でもしもリヴァイ兵長に呆れられたら、あまつ班から外されたらと想像した方が、もっとぞっとした。
正直、指名されたからと浮かれすぎていた。
「アイリ!」
ぼやけた頭には周りの声などただの喧騒にしか聞こえなかったと言うのに、どうしてこうも兵長の声は真っ直ぐいつでも突き抜けて届くのか。しかもその声音は怒るというより、心配そうで。
ああ、兵長、私消えたいです。
そんなことを思いながらも無事を伝えようと身体を動かすが、強かに打ち付けた身体は力が入らず、またぐったりと地にへばりつくはめになる。いや、もうほんと、消えたい。これじゃあエレンに示しがつかないじゃないか。新兵だってこんなミスしない。
「てめぇはどこまで愚図なんだ。頭打ってる奴が無理に動くんじゃねぇ」
舌打ちつきで放たれた言葉に、ごもっともですと声なく頷く。
するともう一度舌打ちされて、大丈夫そうだな、なんて呟きの後に突然の浮遊感に襲われた。
「っ!?」
驚いて目を開けば至近距離に兵長の顔。
膝裏と背中に回された腕に、自分の現状を把握した。把握して、狼狽える。
「!?っああああのっ、」
「うるせぇ」
降ろしてください、なんて言葉の前に低く不機嫌な呟きと、じろりとするどい瞳に睨まれた。
あまりの近さにぐっと言葉を呑み込むと、兵長は満足そうに前に視線を戻して。
「また落下したいのか?」
「したくありません…」
なら、しっかり掴まってろ。
なんて声が降ってきた。
歩きだした兵長の腕の中は安定していて、配慮されているのか、揺れもなくて。
「…すみません」
「そう思うなら、こんなミスしてんじゃねぇ」
「…はい」
咎める口調は、どこか柔らかくて。
あぁ、ほんとに、もう。
私よりもほんの少し小柄だというのに、全く動じず私を抱き抱える強さだとか。
触れた箇所の温かさだとか。
たまに降ってくる、真っ直ぐな視線だとか。
「…じゃねぇと、こっちの心臓が止まるだろうが」
部下思いの、優しい所、だとか。
もう、痛みなんて、どっか行ってしまって。
鼓動が煩くて、身体が熱くて、呼吸が苦しくて。
「…痛むか?」
「…はい」
ほんと、好きすぎて、心臓痛いです。
甘やかな棘
「こんなミスがねぇように、てめぇは俺直々に鍛え直してやる」
そう普通なら死刑宣告のような言葉も、今はただただ、嬉しかった。
大事をとって一日休みをもらい、次の日訓練に参加した。
皆に迷惑を掛けたことを謝れば、
「お前が落ちたのをみた兵長がすごい顔してた」とか、
「もの凄い速さで、誰より早く駆けつけてた」とか、聞いて。
そんなことを聞いてしまえば堪らずまた心臓がぎゅっとなって、苦しくて。
無意識に胸を押さえれば、「おい、まだどっか痛むのか」なんて兵長に見つかって、詰め寄られ、そうしてまた医務室に行かされるはめになったのは、また別のお話。
clap?
ゆん様へ
(2013/7/8)
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