小説 | ナノ


生きる為に必死に必死に戦って。
そうしてるうちに、憧れのリヴァイ兵士長の目に止まり、その下で働くようになった。


実際の兵長は、世間が言うような完全無欠の英雄、とは違った。


小柄で潔癖で粗暴で神経質。


ただの一人の、人間だった。




「オイ、ペトラ。無事か?」
「…っはい!」



そして部下想いの人だった。

そんな人間臭い英雄だったからこそ、皆リヴァイ兵長を慕い、信頼していた。




私は、兵長を心から尊敬していた。
それは、どこか、恋慕にも似ていた。



けれど、知っていた。





「ペトラ、アイリを見なかったか?」
「アイリさんですか?見かけてませんが…」
「…会議だって言っておいたのに、どこ行きやがったアイツ」




兵長を、ただの人間に最もさせる、人を。




「リヴァイ、行った?」
「アイリさん!隠れてたんですか?」
「だってさ、私を連れてく必要のない会議なんだよ。行ってやる必要もないね!」




アイリさんは、兵長の右腕と呼ばれていた。
いつも隣にいた。
いつも、兵長が、穏やかな瞳を向ける、ただ一人の人だった。


そして、私はその人をちりりと羨望しながらも、




「それよりペトラ、リヴァイ居なくなったし、休憩しよ!」
「…ふふっ、はい!」





リヴァイ兵長と同じくらい好きだった。















「ペトラ、下の奴を介抱しろ」
「え!?兵長っ、」
「俺は残りを片付ける」



いつもより低い声で、有無を言わさぬ口調で、兵長は指示を残して駆けていった。


だって、そんな、



「アイリさんっ!」



下では、アイリさんが、血に塗れていたのに。


一目でその傷の深さが分かるほどの血の海で、アイリさんはそれでも立ち上がろうとしていた。

しかし、膝を立てることも出来ず、ぐらりと崩れたその身体を寸での所で抱き抱えた。






「アイリさん、アイリさんっ!」
「ペ、トラ…」
「しっかりして下さい!」



こぷりと口から血を流し、アイリさんは、ヘマしちゃった、と笑ってみせた。

そして虚ろな視線を周りに巡らせ



「リヴァイ、は?」



心配そうな声で、その名を呼んだ。




「兵長は、戦ってます」




そう告げた自分の声音に、兵長への批難の色が滲んでいたことに、驚いた。

だって、そうだ。
上から、兵長も気付いていたはずなのに。


頭では、分かってた。
私情なんかではなく、より効率の良い方法を取っただけだと。それが最善なのだと。兵長が何も思わないはずがないと。

けれども、真っ先に駆け付けない兵長を、非情だとも思った。



そして、私は自分の視界がぼやけてることにも、気付かされた。




「良かっ、た…それで、良いの、」
「アイリさん喋らないで!」




必死にアイリさんの腹部を、肩を押さえる。
ありったけの力で、止まれ止まれと願っても、湧き出る紅は消えてはくれなくて。


あぁ、ダメだダメだ。お願いだから。






「リヴァイを、お願いね」



掠れる声でアイリさんが呟いた。

あの人、すごく頑張っちゃうから、と。

その言葉に驚いてアイリさんの顔を見れば、穏やかに笑っていた。



そうか、アイリさんは、この人はもう、




「そんなっこと、言わないで下さいっ!アイリさんじゃなきゃ、」


アイリさんじゃなきゃ、
誰が兵長の心を支えてあげるんですか。
誰が、兵長を、ただの人間にしてあげるんですか。





涙でぐちゃぐちゃになる視界で、爛漫に笑うアイリさんと、それを呆れたように、けれど優しく見つめるリヴァイ兵長の姿が浮かんだ。




私は、そんな二人が、好きだった。








「アイリさん、もう少しだけ待ってて下さい」



血に沈むアイリさんに、そう声をかけ。
ペトラ、と困惑したような、その大好きな声を背中に聞いて。


私は駆けた。











「兵長っ!!」


廃墟と化した崩れやすい軒に上がり、有りったけの声を張り上げた。

ゆっくりと向かってくる10m級に向かおうとしていた兵長が驚いたように振り返る。



「…アイリはどうした?」



そして、その顔を見て、私は悟った。
この人も、全て分かっているのだと。




「兵長がついていてあげて下さい」
「俺はお前に命じたはずだ」
「私ではなく兵長がいてあげるべきです」
「…じゃぁ、誰があいつらを殺るんだ」
「私が行きます。増援からの煙弾も見えました」
「到着までに時間がかかる。んな事より早くアイツを、」
「っ兵長じゃなきゃ、ダメなんですっ!!」


じゃないと、きっと深く深く後悔する。
心を殺したまま、あなたは人であることすら捨ててしまう。




兵長の声を遮るように張り叫んだ声は、辺りに響いた。


上官に、ましてリヴァイ兵長に声を荒げたのは初めてだった。

けれど、目の前で必死にその身も心も削りながら、まるで目を背けようとする兵長に、私は訴えることしか出来なかった。



兵長は、口を噤んで、じっと私を見つめていた。




「行ってくださいっ!アイリさんは、もうっ…」




そこまで告げて、後は言葉にならなかった。
ボロボロと涙ばかりがこぼれ落ちた。





兵長の瞳が、小さく揺れた。





そして、



「…そうか」



そう、消え入りそうな言葉で一言呟いた。

その声だけは、泣いているようだと思った。






「…すまなかった、ペトラ」



そしてはっきりとした言葉を残し、兵長は踵を返して私の横を駆けてった。

去り際に、後は頼んだ、と残して。








10m級がもうすぐそこまでやって来ていた。

これ以上、近づけてなるものかと、柄を握り締める。
これ以上、あの二人を裂かせるものかと、唇を噛み締める。


そして、浅く息を吐き、私は駆け出した。








走り出す直前。

ちらりと振り返った視界の片隅で。


その身体を真っ赤に染めながらもアイリさんを強く強く抱きしめ、その首もとに顔を埋めた兵長の後ろ姿が見えた。


それは、間違いなく、ただの一人の、人間だった。









残酷で鮮明で美しかった

そして世界は
たった一つの色を失った










clap?













なんかこんなのばっかですみません!
(2012/6/2)