小説 | ナノ


*『終わらない世界の片隅』と同ヒロイン過去話










一ヶ月後に、壁外遠征が決まった。



人類の自由を、外に出ることを望んで、覚悟して調査兵団に入ったと言うのに。

遠征日が決まって感じたのは、恐怖だった。










「いったぁあ!」

べちんっと派手な音とともに、頭部に衝撃が走った。

それはあまりにも突然で、ただただ混乱しながら振り向いた。


「何すんのよ、リヴァイ!」
「呼んでも気付かないお前が悪い」


そこには、いつにも増して仏頂面したリヴァイ様が。

いやいや、どう考えても暴力振るった方が悪い。

とは、ギラリと睨まれた私には言えるはずもなく。


「無視じゃなくって、考え事してたんですー」


口を尖らせ、批難めいた声を出せば鼻先で笑われた。


「その少ない脳みそでか?」
「失敬な」
「外でそんなぼけっとしてると、すぐ死ぬぞ」
「食事中だからぼけっとしてたんです〜」



まさしく今考えてた外の事を言われ、内心ドキリとした。それをごまかすように軽口を叩きながら席につく。あ、パンにスープかかってる。絶対さっき叩かれた時に零したんだこれ。
じろりと恨めしくリヴァイを睨むも、奴はそんな視線を気にも留めず私の正面の席についた。




「…てめぇ、さっきの訓練中だって上の空だったろうが」


どっかの隙でこいつのパンと交換できないもんかと狙っていれば、ぼそりと言われたそれ。

何だ何でばれてんだ。

私が訝しんでリヴァイを見れば、当たりか、と呟かれた。しまった鎌掛けられた。



「びびってんのか?」
「…別に」



どうしてこうも的確に突いてくるんだか。

リヴァイは本当に周りをよく見ている。
そしてこんな不遜で横柄な性格からはわかり難いが、人の機微にも聡く、実は優しかったりするのも知ってる。


うん、本当やっかいだ。

何が一番やっかいって、こんな奴に想いを寄せてる私がやっかいだ。





依然こちらを見ているリヴァイに気付かないフリをして、仕方なくスープがかかったパンを頬張る。あ、意外とおいしい。


「…パンっておいひーよね」
「口の中に入れたまましゃべんな」


汚ねぇ、と舌打ちされたが気にしない。
いつものことだ。


「だいたい一度に頬張りすぎだ」
「だってパン好きなんだもん」
「好きならもっと味わって食え」
「…味わってゆっくり食べてて、急にパンがなくなったらどうすんのさ」
「それはお前が落としたのに気付いていないか、食べたのを忘れたかだ、愚図」
「そういう事を言ってるんじゃなくて。しかもそれただの馬鹿だよね」



私が言いたいのはそんなことじゃなくて。
このご時世何があるか分からないってことだ。
急にパンが瞬間移動するなんて不可思議があるかもしんないし、はたまた深刻な食料難に陥ってパンを差し押さえられるかもしんない、…今この瞬間にも壁を破って巨人が入ってくるかもしれない。この100年無事だったからと言って、絶対など言いきれない。私達の生きる世界は仮初めだ。

だから、何も信じれない。
明日すら。






「…リヴァイ。私、一ヶ月後も生きてんのかなぁー」


滔々と胸を占めていた思いがつい、こぼれ出た。

しかし目の前のリヴァイからは何も返ってこない。



「死んだら終わりなんだよね」



それでも構わず言葉は口をついて出続けて。


「一ヶ月後に、またこうしてここに帰って来れるとは限らないし」


ああ、情けないのに止まらない。


「そうなったら、パンやお肉ももう食べれないし、笑うことも怒ることも出来ない、それに、」


何よりも、こうしてリヴァイと一緒に居ることも出来なくなってしまう。




そんな後の言葉は辛うじて音にならず、口の中で飲み込んだ。





「そうだな。てめぇは死ぬだろうな」




すっかり鬱々として、完全に負のループに思考が沈んでいれば聞こえたそれ。

じとりとリヴァイを見れば奴はいつもと変わらない顔でこちらを見据えていた。



「…ちょっとリヴァイさん。ここは励ますとこでしょ普通」
「俺は思ったままを言ったまでだ」
「だからって、今この空気で言うかコノヤローめ」


まぁこんな事をこの男に言うだけ無駄かも知れないが。

はぁ、とため息をついて
パンをまた口に放った。



「…生き抜く強い意思を持たない奴が、生き残れるはずがねぇ」



この世界はそんなに甘くない。


そう淡々と紡ぐリヴァイの声が頭に響く。



「てめぇのそれは死ぬ覚悟でもなけりゃ、ただの諦めだ」
「…うん」
「死にたくないなら生き抜く覚悟を持て、アイリ」



相変わらず手厳しい言葉。
けれど、そこに在るリヴァイの優しさに、私は気付く。



「それでも持てないなら、てめぇが愛して止まないパンの為に、一ヶ月後も戻ってくればいい」



それなら生き抜く気にもなんだろ、なんて。

愛想もなくぶっきらぼうな物言いだけど、それは下手な励ましや鼓舞よりよほど胸に響いた。

ああ、やっぱり。
リヴァイは、酷く、優しい。




「…パンの為って、やる気でないなぁー」
「知るか。それくらいは自分で考えろ」


あ、また舌打ち。
気にしないけども。


「じゃぁさ、帰ってきたら、二人でお茶しようよ」
「は?」
「何よ、ダメなの?」
「…だめじゃねぇが、」



私の唐突な約束の取り付けに、リヴァイは何だ急に、と眉ねを寄せていた。


「それなら、私も絶対帰ってこようって思えるんだよね」


そう、にっと笑って見せれば、リヴァイはほんの少し目を見開いて、ぽかんとして。
その表情が何だか新鮮で、何より急に強い気持ちや明日への希望が湧いてきた自分の単純さが可笑しくて、思わず小さく笑ってしまった。



「約束!」



そして念を押すように笑いかければ、リヴァイは視線をふいっと逸らして小さく、あぁ、と呟いた。
それが何だか照れ臭そうに見えて。


じわりじわり、胸が疼いた。



「今から楽しみだなぁー」
「…そりゃぁ良かったな」



そうして最後の一口を頬張り、パンを食べ終えた。


けれど、私にはまだまだ先の楽しみが在るのだと思えば、さっきの鬱々しさは完全に消えていた。




「約束、守ってねリヴァイ」
「…てめぇこそな」




一ヶ月後が楽しみだ。










そうして
始まる、明日


ふたりでいれば、きっと











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(2012/5/30)