小説 | ナノ
「おい、約束忘れんじゃねぇぞ」
「分かってるってば」
壁がけたたましい音を立てて唸る。
馬が人が駆ける。
その騒々しさの中で、何故かリヴァイの声だけはいやにクリアに聞こえるから不思議だ。
それと同時に、緊張感に満ちたこの空間でも変わらない姿に安堵する。
彼の言う、約束を思い出す。
“外から戻ったら、結婚するぞ”
それは先日、プロポーズとは思えない横柄さで言い放たれた言葉。
私は口いっぱいにパンを頬張っていて、口の中がぱさぱさだと水に手を伸ばしていた所だった。ムードもなけりゃ、タイミングも突然過ぎて。
けれど実にリヴァイらしいそれに、私は笑いながら二つ返事で了承した。
そう、約束したのだ。
「陣形展開!」
エルヴィンの声が轟く。
隊が一斉に別れてく。
一体、どれだけの人間とこのまま会えなくなってしまうのか。
この瞬間だけは、未だ言い知れぬ感情が占めて、苦手だ。
「行くぞ」
隣では班員に告ぐリヴァイの声が響く。
あぁ、リヴァイが逸れていく。離れてく。
そして、その刹那、リヴァイの瞳がこちらに向いた。
真っ直ぐと睨まれた。
「…っぷ」
まるで、忘れんじゃねぇぞとまた念押しされたようで、ぼーっとしてんじゃねぇと怒られたようでもあって、いずれにせよ、意外とねちっこく心配性の彼らしいと思った。
気を引き締めないと。
「行くよ!」
振り向かぬままに叫べば、後ろから、仲間の力強い声がした。
始まりは何だったか。
確か、一番最初の約束は、次帰ってきたらお茶しよう、だったと思う。しかも私から。
一種の願掛けだった。
同期であり、仲間であり、恋い慕う者であったリヴァイに対して。
一蹴されるかもと思ったが、リヴァイはすんなり承諾した。
初陣はそれを励みに死に物狂いで生き抜いた。
そして次は、まさかのリヴァイからの約束で。
“次帰ってきたら、俺と付き合え”なんて真顔で言ってくるもんだから、ただただ目を丸くした覚えがある。
確かあの時も死に物狂いで生き残った。
そうして、自然と互いに約束をする習慣がついて。
それは、何処に行こうとか、何をしよう、とか何をしろ(ちなみにこんな事言うのはリヴァイ。っていうか約束というか命令だよね)とか些細なものだったりもして。
ああそうだ。
次帰ってきたら、ヤるぞ、なんて言われた事もあったな。
うん。これは些細な事ではない。
そうやって、私たちは約束を、未来を、積み重ねてきた。
「…っかは、」
打ち付けられた痛みで息が出来ない。
私を払いそのまま振り上げられた、醜く大きな腕が、私を握る。
パキッ、嫌な音が自分の中から聞こえる。
必死に腕を抜いた。もがいた。
けれど、握る力の強さに動くこともままならなくて。
大きく開いた口が近づく。私達を喰らうためだけのその口が。
その歯についている赤は、私の仲間の血だ。
その舌についている布切れは、自由の翼だ。
恐怖と憎しみが支配する。
「リ、ヴァイっ…」
霞みそうになる意識の中で、頭を過ぎるのはやはりリヴァイだった。
死なないで、と言ったことはない。
死ぬな、と言われたこともない。
言えなかった。
その約束だけはしなかった。
ただそれでも言外にそんな思いを託して、明日を約束してきたのだ。
“約束、忘れんじゃねぇぞ”
ほら、またリヴァイが念押ししてくる。
「忘れ、ちゃ、いないっつのっ」
言外に、生きろと約束をしてきたのだ。
「っあぁぁああ!!」
ゴキリと大きく音がした。
口の中から鉄の味がした。
それでも、それでも、
「っ!!」
持てる力を振り絞って、その顔を切り付けた。
瞬間、手の力が緩んで。
重力に従い私は下に落下した。
そのまま地面に叩きつけられた身体は、ギシギシと軋んで。
何本も骨をやられたようで、解放されたと言うのに動けない。
あぁ、畜生。
そんな言葉すら血混じりで言葉にならなかった。
再び黒い影が重なった。
近づく気配に、遠くなる意識に、私は約束を破ってしまうのだと、ただ悔いた。
けれど。
「ごめん」
「てめぇは後で仕置きだ」
どうしてこの人はこんなにカッコイイ登場するかな、もう。
「兵長、増援来ました!」
「右2体に総出でかかれ!」
本当、ずるい。
寸での所で現れたのは、リヴァイで。
周りが一気に騒がしくなった様子から、どうやら増援が来てくれたのだと知った。
「アイリ、しっかりしろ」
抱き抱えてくれる腕がどうしようもなく心地好くて。
普段あまり聞くことのない、労るような優しい声が嬉しくて。
返事をしようと口を開けば、こぽりと血でむせ返った。
あぁ、霞む。
「…しゃべんな」
そっとリヴァイが頬を撫でる。
愛おしむように慈しむように。
こんなレアなリヴァイをしっかり目に焼きつけていたいのに。
どうにも瞼が重くて。
自然と視界まで滲んじゃって。
本当、どうしようもないな、私。
「なぁ、アイリ」
周りの喧騒が聞こえない。
リヴァイの声しか、聞こえない。
「次の壁外遠征から戻ったら、ガキでも作るか」
依然、私を優しく撫でたまま。
さらりと紡がれたその言葉を聞いて、ゆっくり理解して。感覚がなくて笑えたかは分からなかったが、私は小さく笑ってしまった。
もう、次の約束って気が早すぎるでしょ、とか。だいたい次は私の番だよね、とか、子供作ったら私一緒に戦えないじゃない、とか。
何より、今回の約束を果たす事が当たり前の大前提なのね、とか。
「異論は認めねぇ」
異論も何も言いたいことだらけよ、とすら今は言えない。
だから、だから、
「…帰るぞ、アイリ」
早く、元気にならないと。
白塗りの小さな一軒家の庭で、子供が走りまわる。
私はご飯出来たよ、と呼びかけて。
小さな子供はお父さん呼んでくる、と駆けてって。
そしたら、おい転ぶぞ、なんて言いながら、子供に手を引かれてリヴァイが席について。
子供と私は笑いあう。
そんな私たちにリヴァイも口元を緩めながら会話を聞いて。
そうして3人で、ご飯を囲む。
そんな。
そんな胸いっぱいの未来を思い浮かべて。
私の意識は沈んでいった。
終わらない
世界の片隅
あなたがいれば、それで
clap?
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
続き、書こうかどうしようか…!
(2012/5/25)
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