小説 | ナノ


“死んだ”



目を逸らすことなく、ただ簡潔に告げられた言葉のなんと簡潔で軽いことか。
けれど、その重みのなんと重いことか。




今回の壁外遠征は、私たち人類に仇名すものを見つける、大事なものだった。
それが例え闇への一歩だとしても、人類にとっては大きな一歩。

その最も要となるエレンの護衛は、何よりも重要な任務であったし、
それを任されるということは、兵士として、何よりも誇り高いことだった。





みんなを、
リヴァイ班を、誇っていた。




前回の遠征で負った傷が癒えず、やむなく私は参加できなかったけれど。
皆には知らされていない陽動作戦ではあったけど、何度もともに戦って、そうして生き抜いてきたみんなを信じていたし、これを機に前進していくであろう人類の最前線で、またみんなと戦い続けていくのだろうとも思っていた。



なのに。



暗い面持ちで帰ってきた兵団の中にみんなは居なくて。



ただいまと笑うグンタの姿も
良い子に待ってたかなんて茶化すエルドの姿も
得意げに自慢げに討伐数を報告してくるオルオの姿も
それを煩わしげに見やるぺトラの姿も。



誰も、だれも。



堪らず『みんなは?』と駆け寄った私に、兵長はただ一言、『全員死んだ』と告げた。
















「アイリさん」
「やぁ、エレン」



病室を訪れると、こちらに気付いたエレンがベッドから身を起こした。



「あぁ、いいよエレンそのままで。ちょっと顔を見に来ただけだから」
「いえ、俺は全然平気です」
「そんなボロボロでよく言う」



強い意志を秘めたその瞳を見つめ返し、わざとらしく笑ってやれば、ばつが悪そうにその目は伏せられて。




「いえ、俺のこんな怪我なんか…」




吐き出すようなその声は、苦しげだった。
ぎりりとその唇は咬まれ、握った両の手は震えていて。
無力感と自責の念に彼は駆られている。




あぁ、まるで私の姿を見ているようだ、なんて。






「エレン、」
「すみませんでした」




顔を上げてと続けようとした言葉は、その悲痛な言葉で掻き消された。



「俺のせいで、俺のせいでみんなっ…」



その怒りも哀しみも混乱も焦燥も何もかもが溢れ出ているようで。



「俺があの時戦っていたらっ、もしかしてみんな、」




助かったかもしれない





そう続けようとした口を、片手でそっと覆った。
そしてその瞳を見つめる。




「エレン、みんなは死んでなんかいない」
「え…?」




私の言葉にその大きな瞳が揺れて。
困惑を浮かべて私を真っ直ぐに捉えた。




「だって、あなたが生きているんだもの」




静かに手を下ろし、エレンの瞳を見つめ返す。


あぁ、まだこんなにも幼いのに。
この世界は、残酷だ。



「参加してすらいなかった私には分からないけれど、あなたが言う“あの時”に戻ったとして、彼らが助かったという確証は?それであなたが死んでしまっていたら?」
「それは…」
「彼らだけでなく、人類の希望が潰えたら?」
「…」
「彼らには、そんなあなたを護ると言う任務があった。そして、そのあなたが今、生きている」




そうだ。

死んでなどいない。
消えてなどいない。


彼らは、
誇り高い彼らは、



「彼らの意志は、彼らの兵士としての誇りは、生き抜いた」



今も、生きている。





「エレン、あなたと共に」
「俺と、共に…」



にっこりと笑いかければ、
エレンは泣きそうな顔をした。



「そうよ。だからあなたが諦めた時、本当に彼らは死んでしまう」
「諦めた時…」
「更に言えば、これ以上あなたが弱音を吐いて、過去ばかり悔いることすら、彼らを踏みにじることになるのよ」
「…」
「私はそれを許さない」



そう言い放てば、
その瞳に力がこもる。

その奥が、燃え盛る。




「もちろん、あなたが死ぬことも」




分かっていた。
私が今、彼に対して放つ言葉こそ、残酷だという事も。

そして彼もまた、分かっている。
この世界に優しさなどないことも。




「この先もきっと、あなたの為に犠牲になる人が出てくるでしょう。それはもちろん、私だって」
「アイリさん…」
「けれど、だからこそ、あなたに止まることは許されない。許さない」



そう。
私にだってそれは許されないのだ。
彼らの分も、今まで礎になった人々の分も。



「何があろうとも進み続けなさい、エレン」
「…っはい」




力強い、精悍な声が静かに響いた。




この響きこそ、
彼らの貫いた意志であり、
先人達が繋いできた、命なのだ。



きっと、私の中にも。



ならば、いつか死ぬその日まで、






最果てで待っていて
(再び出会う、その日まで)










clap?








(2013/5/28)