小説 | ナノ


「アイリ」




名前を呼んで、ようやく、自分が今日初めて声を出した事に気付いた。
掠れて、喉がひりつくように乾いて、それでも構わずもう一度その名を紡いだ。

やはり、掠れた。




「…てめぇは呑気なもんだな」


人の気も知らないで。


そう鼻で笑って、目の前の綺麗なままの左腕を眺めた。
そしてその手に、触れた。



アイリ、また呼んでみたが、その手の冷たさは変わらなかった。




これだけしか残らなかった。たったこれだけが、この世界に残った、アイリだった。俺に残された、全てだった。





「アイリ」





その薬指に唇を寄せ、また、唯一の名を呼んだ。











最愛
彼女を間違えられるはずもなく。何より鈍く光る銀色のソレが、彼女だと証明していた。









clap?







(2012/6/19)